軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十話

ユリアの一族が持つ固有スキル【心蝕】の検証から早くも三日経ったその日。

俺はセルリー様の研究室近くにある隠し部屋にいた。

修行のために作られたそこで何をしているかと言えば、ユリア達が眷属を生み出す過程の観察。どの程度の魔力でどのようなサイズの眷属が生まれるのか、小中大の異なる大きさの魔石を使って試してもらったところだ。

ラファールの魔法によって部屋の天井間際に留まる俺とユリアの側には精霊達の姿があり、皆思い思いの態勢でくつろぎながら生み出された眷属達の様子を見守っている。

「こいつらを消すことはできるのか?」

「自死や休眠を命じることはできますが、一度生み出した存在を消すことはできません。完全にこの世から消したいなら倒す必要があります。これだけの数になると休眠させるだけで精一杯なので、終わらせる時はドイル様か精霊様達でお願いします」

「わかった。弱点は火でいいのか?」

「はい。見た目通り植物型の魔獣なので、半端な威力の水魔法や土魔法は成長を助ける糧になります」

ユリアとそんな会話を交わしながら眼下に居並ぶ魔獣を眺める。外部からの魔力を使い生み出したお蔭か、今のところ魔獣達はユリアに従順だ。

「今の状態をどのくらい維持できる?」

「一時間くらいかと。それを過ぎれば大きい個体を制止させておくことは難しいです」

「そうか」

現在生み出してもらったのは大中小をそれぞれ五体ずつ、計二十五体で皆多少大きさが違う。

一応、手加減していたのか……。

パッと見る限りサナ先輩を襲った魔獣よりも大きいサイズが七体ほどいる。そのことから、あの時のユリアにサナ先輩を殺す気はそれほどなかったのだなと思った。

――オォォォォオ。

様々な大きさの魔獣が風鳴りに似た音を発しながら居並ぶ姿はある意味壮観で、共にその光景を見下ろしている精霊達も感心したように声を上げた。

「木がいっぱい」

「これだけ生い茂っていると森のようだわ」

「魔獣でできた森なんて人間が入ったら即死よね」

フィア、黒猫姿のティエーラ、アルヴィオーネが順に感想を述べれば、ユリアがなんてことはないといった様子で答える。

「実際、村の周りには森に紛れるように何体か配置してありますよ。他種族に村の存在を気が付かれる前に捕まえなければならないので」

「捕まえた者達はどうしてるの?」

「気絶させてから森の外に。殺してしまうとその者の仲間や親族が傭兵や冒険者を雇って敵討ちや原因を排除しようしますから」

「ふーん」

質問しておきながらアルヴィオーネの返事は大変そっけないものだった。しかしユリアは気にしてないのか感情の読めぬ目で自身が生み出した眷属達を眺めている。

「徹底しているな」

「――人の仲間意識は侮れないと学びましたから」

ぽつりと零せばユリアは苦笑とも自嘲とも言えぬ笑みを小さく浮かべ、そっと目を伏せる。寂しげともとれる彼女の姿に余計なことを言ってしまったかと後悔するが、一度口に出した言葉は決して戻らない。

慰めるか流すか逡巡していると、近寄ってきたラファールが場違いな台詞を口にする。

「愛しい子もユリアも大丈夫? 生き物を浮かしたままでいるのは初めてだから体調が悪くなったりしたらちゃんと言って?」

悪意のない表情でそう告げられ、俺達の間に漂っていた緊張が霧散した。

変化した空気にユリアへ目を向ければその顔に苦笑がはっきりと浮かんでいる。その姿に先ほど垣間見た翳りはなく、呆れた雰囲気を纏う彼女に俺はそっと胸を撫で下ろした。

「『生き物』で一括りなのね……」

「まぁ、精霊からすればそんなものなのだろう」

消え入りそうな声で零された呟きに小声で応えれば、驚き顔を上げたユリアと目が合う。僅かに見開かれた紅玉を小さく笑って視線を逸らせば、次いでラファールと視線がぶつかった。

「どうかした? 愛しい子」

「いや、なんでもない」

首を傾げるラファールにそう答えた俺は、アルヴィオーネの腕に抱かれている黒猫姿のティエーラを愛でているフィアを呼ぶ。

「フィア」

「なに?」

「こいつらを片づけたいから力を貸してくれないか?」

呼び声に応え近寄ってきた彼女と目線を合わせるようにしゃがみ込み、駄目もとでお願いしてみればフィアはすんなり頷いた。

「いいよ。焼けばいい?」

「――ああ。火魔法は得意じゃないから助かる。ありがとう」

「ドイルは特別だから」

快諾してくれたことに少し驚きつつ礼を述べれば、フィアはそう言って笑う。そして次の瞬間、炎の波が魔獣達を呑み込んだ。

抵抗するどころか声を上げる間もなく魔獣達は消え去り、消し炭一つ残らぬ床にわずかに残った火の粉がハラハラと舞い落ちる。ラファールが守ってくれたのか、俺やユリアの頬や髪を熱風が撫でることもなかった。

「終わった」

「あ、ああ。ありがとう」

「どういたしまして」

嬉しそうにそう答えたフィアを撫でながら、俺は動揺をひた隠す。

――圧巻の威力だな。

少女の外見をしていても彼女は精霊なのだと改めて実感した。同時に、一瞬で魔獣を消し去った威力に僅かな羨望を抱く。お爺様やジンと戦うたびにも感じていたが、やはり火属性の適性が高いのは戦いにおいて有利だ。

ラファールやアルヴィオーネ、ティエーラに不満があるわけではない。彼女達と契約できたことは身に余る光栄だと思っている。しかしやはり、火の精霊の持つ攻撃力が羨ましかった。

――なんと言っても火属性の魔法はマリスと戦う時に相性がいい。

フィアの魔法に絶句しているユリアを盗み見ながらそんなことを考える。

「なにあれ。あんなの喰らった私死んじゃうって……」

微かに聞こえるユリアの言葉は切実だった。

恐れ慄いている姿に今はそっとしておいてやろうと思い、俺は目を逸らす。すると様子を窺っていたらしいラファールが側に寄って来て尋ねる。

「下に降りる?」

「頼む」

ラファールの問いかけに頷きながら、俺はそっと目を閉じた。

***

――翌日。

俺は談話室で、グレイ様やクレアそれからバラドとジンと一緒に穏やかな時間を過ごしていた。

「こうしてドイル様やお兄様と過ごすのは久しぶりですわ」

皆が着席しバラドが入れたお茶に口を付けたあと、机に座る面子を見渡したクレアがそう話し出せば、次いでグレイ様が口を開く。

「ドイルが色々と忙しくしていたからな」

「すみません」

含みのある眼差しと共にそう告げられたので肩をすくめながら答えれば、グレイ様は俺にだけわかるように一度クレアを見た。どうやら未だに贈る髪飾りを決められず、俺が悩んでいることを知っているらしい。

ルツェかジェフかソルシエか、それとも――。

グレイ様に情報を提供しそうな者達を思い浮かべながらバラドを見れば、目が合った。その際バラドは極々自然な笑みを浮かべていたが、三秒と待たず俺から視線を逸らす。

一連の行動でグレイ様へ現状を伝えたのはバラドだと確信する。思わずため息が出そうになったが、俺はそれを寸前のところで呑み込んだ。

クレアやグレイ様の前でため息を吐くわけにはいかないからな……。

鋭い幼馴染二人の表情に変わりないことを横目で確認した俺は、気を取り直してリヒターさんから報告書と共に届けられた紫水晶を思い浮かべる。

歪みなく磨かれた紫玉は白濁もなく透明度の高い美しい逸品で、クレアの黒髪に合うだろうなと思えた。しかし、どのような形に加工するかが問題だった。

親指の先ほどの玉はメインにするには些か小さく、添えるには品質が良すぎた。指輪にすれば丁度いいのだろうが、今贈るのは早すぎる気がする。

いっそ簪のような形にしようかと思ったのだが、それはルツェに止められた。美しい玉なので水晶自体に穴を開けたりするのは勿体ない、台座を作ってはめ込む形のデザインにするべき、だそうだ。

髪飾りに詳しいわけでないからそんな難易度高いことを言われても困るというのに……。

艶やかな黒髪を眺めながらそんなことを考えると、計ったかのようにクレアの声が聞こえた。

「ドイル様」

俺を呼ぶ声にハッとして顔を上げれば不安そうな表情を浮かべた彼女が見えて、焦る。

「ど、どうした?」

「お茶にお誘いしたのは、ご迷惑でしたか?」

「そんなことはない。なぜそう思ったんだ?」

悲しそうに眉を下げたクレアに即答するし、理由を問う。

「難しいお顔をされていた気がしたので……」

クレアのその答えに「しまった」と思う。どうやら考え込み過ぎていたようだ。

髪飾りについて考えるあまり目の前にいるクレアをおろそかにしてしまったことを悔いながら彼女の言葉を否定するべく俺は口を開く。

「ちょっと考え事をしていたんだ。すまない」

グレイ様から痛い視線を感じつつ、どうにかこれで誤魔化されてくれないかと願う。

一秒、二秒と沈黙が落ちる。時間にして数秒、しかし体感的には長く辛い間にゴクリと息を呑んだところでクレアがゆっくりと口を開いた。

「――それならば、安心ですわ」

逡巡の末、彼女はそう言いながら微笑んだ。どうやら誤魔化されてくれることにしたらしい。

深く追求しないでくれたクレアに心の中で感謝しつつ、俺は言葉を紡ぐ。

「心配してくれてありがとう」

「婚約者の心配をするのは当然ですわ」

そう言って胸を張る彼女に笑みを返す。するとクレアはこの話は終わりだといった様子で、話題を変えた。

「お兄様はともかく、ジン様やバラド様は舞踏会にどなたかと参加されないのですか?」

「俺はともかく、とはどういうことだ」

そう言ってグレイ様が目を細めるが彼女は意に介さず話を続ける。

「お兄様の場合、お誘いした途端たちまち婚約者候補ですもの」

「……まぁな」

苦々しい表情で応えたグレイ様にクレアは勝ち誇った顔を浮かべた。そんな兄弟のやり取りに安心したのか、バラドが口を開いた。

「私はありとあらゆる事態に備え、ドイル様の側で控えている予定です」

そう誇らしげに応えたバラドにとって今度行われる『舞踏会』とはなんなのだろうか。城や他国で開催されるわけでもないのに、お前は一体何に備える気なんだと問いたい。

しかし俺がバラドに声をかけるよりも先にジンが話し出したので、過った疑問には蓋をした。

「私はグレイ殿下の護衛です!」

「別に、意中の相手がいるのならその日は自由にしていいぞ」

元気よく告げられた言葉にグレイ様がニヤリと笑ってそう返せば、ジンは慌てふためく。

「い、いえ! ぜひ護衛させてください!」

その必死な様子に、グレイ様の護衛を理由にご令嬢の誘いから逃げたのだなと悟る。グレイ様を見れば訳知り顔で頷かれたので、俺とクレアとバラドはジンへ生暖かい視線を向けた。

己に視線が向けられたことで焦ったのか、ジンは視線を彷徨わせる。話題を変えるためのネタになるものを探しているのだろう。

そして何かを思い出したらしくハッと表情を変え、俺に問いかける。

「そういえば、ドイル様に尋ねてきてほしいと言われたことがあるのですが」

「なんだ?」

「先輩がユリア殿に舞踏会の同伴を願いたいから、お誘いしていいかドイル様に聞いてきてほしいと仰っていました!」

ジンの口から突然出てきたユリアの名に目を見張ると時同じくして、昨日の出来事を思い出す。

ジンならばフィアが見せてくれたあの魔法も習得できるのだろうか……。

生まれる過程や使用した魔力量に比例する個体の能力差といった眷属の検証結果から、一瞬で魔獣を消したフィアを思い出しながらそんなことを考えたのがいけなかった。

「――ドイル様?」

ゾクリとする声でクレアが俺を呼ぶ。ハッと我に返った時にはもう手遅れだった。彼女の冷たい眼差しと視線が絡む。

「殿方がユリア様を誘われたら困るのですか?」

困る、と思ったが馬鹿正直に答えたらまずいことになるのは俺でもわかった。

監視対象であるユリアは、俺かセルリー様、もしくは精霊の誰かと共に居なければならないし、そもそも彼女は人の姿をしているが魔王の末裔だ。生徒が好意を寄せるのは種族的にも立場的にも不都合である。

しかし現在学園内で詳しい事情を知っているのは俺とバラドとグレイ殿下とセルリー様だけであり、クレアやジンには人外であることやユリアが置かれている立場について説明していない。

決してクレアが問うているような疚しい感情があるわけではないが、説明することはできない。となると、なんて答えるのが正解なのか。

そう逡巡したのは一瞬だった。しかし迷った俺をクレアは決して見逃さなかった。

「なぜ返答を迷われるのですか」

「いや、その、私的には困らないが、別に問題があるというか……」

「学園関係者は見回りの教員以外は参加するもしないも自由だと伺っておりますが、ユリア様にはどのような参加できない理由があるのでしょう?」

口ごもったのがまずかったらしく、先ほどの話題とは違いクレアは追及の手を緩めなかった。

「最近ユリア様がドイル様のメイドのようにふるまっているとお噂になっているのを知っておられますか?」

「いや、」

「セルリー様のメイドが何故最近になってドイル様に尽くしているのか。ドイル様がご説明くださるまでは黙っていようと思っておりましたが、今お話しいただけますか?」

悲しいような、怒っているような、なんとも言い難い表情を浮かべクレアはそう俺に問う。しかし、彼女が求める答えを口にすることはできなくて。

「それは、出来ない」

そう答えたのが決定打だった。

今にも泣きだしそうな表情を浮かべたクレアは唇を噛みしめる。そして、

「~~っ、ドイル様なんてもう知りませんわ!」

そう言って席を立つと部屋を出て行ってしまった。

あんまりな展開に一瞬呆けるも、扉が閉まる大きな音で我に返った俺は慌てて立ち上がる。

「クレア!」

「――待て。俺が行く」

クレアを追いかけようと踏みだした俺をグレイ様が止める。掴まれた腕に募る苛立ちに任せ座ったままのグレイ様を見下ろせば、強い光を宿した碧色の瞳が俺を見据えた。

「問答中に俺達に助けを求めなかった姿勢は評価してやるが、今追いかけてクレアになんと声をかける気だ?」

もっともな指摘にギリッと歯を噛む。そんな俺にグレイ様は淡々と言葉を続けた。

「――あれでもクレアはずいぶんと我慢していた。七不思議の解明を終えた辺りからユリアと共に居る時間が増えた理由を俺は聞いているが、クレアは知らないからな。たいそうやきもきしていたが、あれは王女として教育を受けているから己には聞かせられない事情があると察していた。だから大人しくしていたというのに、お前ときたら何をやっているんだ? 髪飾り探しやマリス達の件にかまけてクレアを放置して、久方の逢瀬だというのに上の空。それも一度やらかしたすぐあとに、今度はクレア以外の女の名前をきっかけに黙り込むとは話にならん!」

叱咤の言葉と共に掴んでいた腕を投げ捨てたグレイ様は、ガタンッ! と大きな音を鳴らしながら席を立つと俺を見据えて叫んだ。

「ユリアに関して説明できないのは仕方ない。しかしお前はその分、側にいる時間を増やすなりすべきだった。そうすればクレアだってお前を信じて我慢しただろうに、埋め合わせるどころか泣かせてどうするんだ、馬鹿者が!」

そう言い捨てたグレイ様はフンッ! と鼻を鳴らして顔を背ける。

「行くぞ、ジン!」

「は、はい!」

グレイ様は苛立ち露わにジンを呼び立てると、荒々しい動作で部屋を出ていく。

「ドイル様……」

気遣わしげな表情を浮かべたバラドが何か言っているが、耳に入らない。

振り返ることなく立ち去ったグレイ様の背と、しきりにこちらを気にしながらも殿下を追っていったジンを俺は呆然と見送った。

二人の姿が視界から消えると同時に浮かんだのは、去り際に見えたクレアの顔。堪えきれなかった涙を零しながら出て行った彼女が何度も浮かび、グレイ様の言葉が頭を巡る。

やがて開け放たれていた扉が動きだし、クレアが出て行った時よりも大きな音を部屋中に響かせながら閉じた。

――バタンッ!

しかしそれでも、俺はその場から一歩も動けなかった。