軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十五話

「完成です!」

「ああ。ありがとう」

最後の一つだった装飾品をつけ、衣装の完成を告げたバラドに礼を言って、鏡の前へと移動する。

グレイ様とクレアの兄妹喧嘩勃発から早三日。

オブザさんとの再会にドキドキしつつ、レオ先輩達やシオンに簡単な礼儀作法を指導し、それぞれの衣装を用意してすごした三日間は、あっという間だった。

なんだかんだと慌ただしかったここ数日を思い出しながら、枠に細やかな蔓と葉の模様が彫られた姿鏡の前に立ち、己の服装に問題がないか確認する。

バラドが手伝ってくれたのだから、問題ないのはわかっている。しかしそれでも、じっとなどしていられなかった。

……小学校の授業参観とかを思い出すな。

オブザさんとの再会を目前にしている所為か、落ち着かない気分にそんなことを思う。

日々の成果を早く見てほしいが、友人達といる己を見られることがどこか照れくさく。こんなこともできるようになったのだと誇らしく思う気持ちと、こういった時にかぎって失敗してしまったらどうしようという緊張感。

待ち遠しいような、来ないでほしいような。

舞台に立つわけでもなし、たいしたことはしないというのに無駄にそわそわしてしまう。

浮足立つ己にどうしようないなと胸中で笑いながら鏡を見れば、映っているのは普段と違う己の姿。金とエメラルドのような宝石で飾られたボトルグリーンの衣類を纏い、前髪を上げ整えられた姿が、なんだか気恥ずかしい。

学園じゃまずこんな恰好はしないからな。

ボタン一つみても金がかかっているとわかる衣装は、着ているだけ背筋が伸びる。

しかし鏡に映る己を見るかぎり、衣装に着られているといったこともなく。着なれぬ衣装にこそばゆい感覚はあるものの、これならば舞踏会で恥をかくこともないだろう。

見目よく生んでくれた母上に感謝しながら、鏡の前から離れる。

そして振り向いた俺を迎えたのは、感嘆の息を零すバラドであった。着飾った姿を目に焼き付けているのか、瞬き一つせず俺を見詰めている。

「素敵です、ドイル様」

「そうか」

「はい!」

熱の籠った声で呟いたバラドを流しその奥を見れば、惚れ惚れした表情で俺を見ているリェチ先輩達とシオンがいた。

「若様、滅茶苦茶モテそうだな……」

「「貴公子! って感じですね、ドイルお兄様」」

「先輩達もお似合いですよ?」

シオンの言葉は聞かなかったことにしてリェチ先輩達に笑いかければ、二人は嬉しそうに姿鏡の前へと向かっていく。一方、無視されたシオンは不満そうだ。

「無視すんなよ、若様」

「モテそう、といわれてどう答えろと?」

「でも自覚してんだろ?」

「……答えにくい話題をふるな」

肯定しても否定しても嫌な奴になりそうな質問にそう言い捨てて、奥でお茶を飲んでいるレオ先輩の元へ向かう。

着飾り静かにお茶を飲む姿は中々様になっており、少々荒々しい雰囲気だがどこぞの騎士の子弟といってもとおりそうだ。

まぁ、本人は着なれない衣装に落ち着かないのか、大変居心地悪そうな表情を浮かべているが。

「レオ先輩」

「……なんつうか、さすがだな。着なれてるっつぅか。俺達と違ってすげぇ似合う」

「ありがとうございます。レオ先輩もお似合いですよ」

「服に着られてるって感じだけどな――そうだ。お前も飲むか? つっても、用意したのはローブだが」

「いえ。というか、そろそろ時間です。移動しましょう」

「もうそんな時間なのか」

俺を正面から眺め感嘆の言葉を発した後、矢継ぎ早にお茶を勧めるレオ先輩の誘いを断る。出発を告げれば眉間にしわを寄せるレオ先輩の姿は、不安そうだった。

どうやら緊張しているらしい。肝の据わった先輩にしては珍しい態度だ。

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ、レオ先輩。俺もバラドもいますし、何かあればグレイ様が何とかしてくれます」

「っていわれてもなぁ……」

やけに強張っている先輩に驚きつつ、緊張が解れるようそんなことを言ってみる。それでも浮かない顔をしているレオ先輩が安心できるよう、俺はさらに言葉を続けた。

「今回の舞踏会はそう大きくないですし、先輩達は踊らなくてもいいので美味しい食事でも楽しんでください。公爵子息と王太子殿下と王女がついているんです。余程の粗相でないかぎり貴族達もなかったことにしますよ」

「「ごちそうですよ、兄貴!」」

俺の言葉にいつの間にか戻ってきたリェチ先輩とサナ先輩が続く。浮かない顔をしているレオ先輩とは対照的に、先輩達は大変うきうきとしている。

舞踏会という未知なる舞台に目を輝かせた二人を前に、俺の胸に不安が過る。レオ先輩よりもこの二人の方がやらかしそうで心配である。

「確かに緊張もしてっけどな? それ以上に、俺は、お前らが仕出かさないかが不安なんだ!」

「「えー? 大丈夫ですって!」」

そう思ったのは俺だけではないらしく、レオ先輩は不安いっぱいな表情で叫んだ。レオ先輩にしてはやけに緊張しているなとは思ったが、どうやら別の心配があったらしい。

慣れない服装と舞踏会という場に動揺をみせるレオ先輩には驚いたが、その原因がリェチ先輩達なら納得である。

どこまでも自由な二人がこうもうきうきしていると、何かやらかしそうな気がする。なんだか俺も不安になってきた。

軽い調子でレオ先輩に大丈夫だと言い張る二人に、無事に舞踏会を終えられるだろうか、と懸念したその時。バラドがすっと先輩達の間に割って入る。

「ドイル様、レオパルド先輩。ご心配なさらず。舞踏会中は私が片時も目を放しませんので」

「「え」」

笑顔で宣言したバラドに、リェチ先輩とサナ先輩が固まる。

同時にレオ先輩の顔に明るさが戻った。

「おお! そりゃ、安心だな。ローブ相手なら此奴らも大人しいし」

「お任せください。着飾り完璧なお姿のドイル様に恥をかかせるような真似は、このバラドが断じて許しませんので」

「「えー」」

バラドの力強い決意が籠った言葉に、レオ先輩が笑みを浮かべる。これで安心だと晴れやかな顔をするレオ先輩とは対照的に、リェチ先輩達は大変不服そうである。

しかし二人が不満そうだからといって、口を挟む気など欠片も沸かず。バラドが見ていてくれるなら問題ないなと、俺も胸を撫で下ろした。

懸念が解消したところで、そろそろ行かなければならない時間である。舞踏会が始まるまでは時間があるが、クレアを迎えにいったりしなければならないからな。

「行くか」

「はい」

「そうだな」

「お、やっとか」

難色を示す二人を流しそう告げればバラド、レオ先輩、シオンの順に了承の意が返ってくる。そんな彼らに頷き、俺はリェチ先輩とサナ先輩の背を押した。

「ほら、いきますよ」

「「ちょ、ドイルお兄様!」」

まだ話は終わっていないと抗議の声を上げる二人を宥めつつ、俺達は部屋を後にする。

オブザさんとの再会まであと少しだ。

色鮮やかな紅の絨毯に、金を主体に宝石を散りばめ飾られた王と王妃の椅子。

両陛下が座す椅子と合わせるように、装飾の要所に金や宝石が使われた調度品。

頭上にはきらきらと眩い光を放つ豪奢なシャンデリア。

その奥に見える天井には、豊穣を祝う神々と精霊達の宴が描かれている。

厳かな雰囲気のあった謁見の間とは打って変わり、王の権威をこれでもかと主張する絢爛豪華な大広間に俺達はいた。

舞踏会に相応しく煌びやかに飾られた大広間の端には、料理人達が腕を振るった美味しそうな料理や菓子が美しく盛り付けられており、その合間には清潔そうな制服を着込んだ従者やメイド達が、華奢なグラスが沢山並べられた盆を片手に、笑顔で飲み物を配っている。

見るからに高そうなグラスの山を片手に、一縷の隙もない笑顔と動作で飲み物を配る彼らは流石王城勤めである。またそんな彼らの影に隠れ、不審な動きをしている者はいないか目を光らせる騎士達の気配の消し方は一級品だ。

そんなプロフェッショナルな彼らのお蔭で、華やかなドレスを纏ったご婦人方と正装で身を固めた紳士方は楽しそうに語らい、舞踏会の開始を今か今かと待っている。

華やかな空気を楽しむ彼らを横目に、そわそわする己を叱咤する。次から次からと挨拶にやってくる貴族達に笑顔を向け続け、どれほどの時間が経っただろうか。

二十組を超えたあたりで取得したスキル【微笑みの仮面】がなければ、すでに笑みを模ることさえ難しくなってきた。これも招待者の務めとはいえ、正直辛い。

せめてもの救いは、早めについた賓客をもてなすための舞踏会ということで全体の数が少なく、訪れているのも大半が城勤めの貴族達か当主代理ばかりで緊張感が少ないことである。

とはいえ、この大広間を寂しく見せない人数はいるわけで。

始終笑みを崩さず、慣れた様子で彼らを捌くグレイ様とクレアを心から尊敬する。

「ドイル様、現在グレイ殿下に挨拶されているのはグラマー男爵です。ご本人は現在宮廷魔術師としてお勤めで、役職はまだありません。去年ルツェ達が合宿でお世話になったエレオノーラ先輩のご親戚にあたります。昨年ご長男もお生まれになり、現状に不満もなく無害かと」

「わかった。クレア、大丈夫か?」

「はい。大丈夫ですわ」

こちらに歩いてくる貴族の情報を耳打ちしてくれるバラドに了承の意を伝え、クレアに声をかける。俺とは違い、こういった場に慣れているクレアは余裕そうだ。

俺も頑張らないとな。

疲れなど少しも感じさせない、晴れやかな笑みを見せるクレアに笑い返し、俺も気合を入れ直す。

それにそろそろ国王陛下や賓客達がやってくる。彼らが来れば舞踏会も開始されるので、この挨拶地獄からも解放される。もうひと踏ん張りである。

「こんばんは」

「こんばんは、グラマー男爵。この度は舞踏会へご参加いただき、ありがとうございます」

「! これはこれは。私のような末席の者までご存じとは……」

「エレオノーラ先輩にはお世話になっておりますので、ご親戚の方のお顔と名前くらいは存じておりますよ」

バラドの情報を元に微笑みを浮かべ先手を打てば、グラマー男爵は目を見張り俺を見る。

このとおり先ほどから大変助かっているのだが、そういえばバラドは何処からこの情報達を得たのだろうか?

四六時中俺の側にいるというのに、考えてみれば不思議な話だ。

「公爵家継嗣様の記憶に留めていただいているとは、光栄至極にございます。遅ればせながら、このたびご良縁、心よりお慶び申し上げます。信頼厚いアギニス公爵家とのご縁談、国王陛下並び王太子殿下もお慶びのことと――」

ふと過った素朴な疑問に蓋をし、若干感動した様子のグラマー男爵が紡ぐ祝いの言葉をクレアと共に聞いていく。

そうしてしばらくの間、やたら褒め称えるグラマー男爵の言葉に頷いていると、大広間の空気が変わるのを感じた。

楽しく語らっている紳士淑女も、給仕するメイドや従者の笑顔も変わらない。しかし、先ほどまでは完全に気配を消し去っていた騎士達の空気が、僅かに固くなり存在感が増している。

ちらりとグレイ様を見れば軽く頷かれたので、俺はグラマー男爵へと視線を戻す。話を切り上げ別れの言葉を告げようとしたが、同様に空気の変化を感じとっていたグラマー男爵に先を越された。

「――舞踏会が始まるようなので、そろそろ御前を失礼致します。このたびの御二人の御婚約、心よりお慶び申し上げます」

「ありがとうございます」

「ありがとうございますわ」

丁寧な礼を取り立ち去るグラマー男爵に、俺とクレアも礼を告げる。俺が口を開くよりも早く話を切り上げた男爵に、優秀な人なのだろうなと思う。

……グラマー男爵か。覚えておこう。

若き魔術師の背に、エレオノーラ先輩の血筋は優秀な人が多そうだなと考えながら、俺も姿勢を正す。

同時に、大広間の扉が音もなく開かれてゆく。いつの間にか移動していた騎士達が扉を守るように並び立ち、部屋の変化に気が付いた人々は会話を止め、静かに跪く。

音もなく開かれた大広間の扉の先。

父上を筆頭にした近衛騎士達に囲まれて歩く、その方々に俺やグレイ様、クレアも跪く。

国王、王妃両陛下のご入場だ。

皆が静かに敬意を示す中、両陛下は近衛騎士達に守られ進む。

雄々しくも緩やかに歩まれた両陛下は、威風堂々とした出で立ちで玉座につく。

そして。

「皆、面を上げよ。この度、第三王女クレアとアギニス公爵家継嗣ドイルとの婚約が相成ることとなった。正式な発表はまだ先だが、すでに二人を祝うために各国の使者達が我が国を訪れている。今宵は彼らをもてなすための席故、彼らに失礼のないよう楽しんでくれ」

「それでは、賓客のご紹介をいたします。ヴェスト国より――」

王の言葉が終わり、一人また一人と立ち上がっていく。

そして全員が立ち上がったところで、宰相が賓客の名を読み上げ始めた。

舞踏会の始まりである。

「始まったな」

「はい」

「東国の使者様がドイル様の大叔父様と剣のお師匠様でしたよね?」

「そうだ」

大広間に徐々にざわめきが戻る中、グレイ殿下とクレアが小さな声で俺に問う。二人に短く答え、俺は読み上げられていく賓客の名に集中した。

「――東国より、ウィンカル・フォン・グラディウス侯爵様」

聞こえてきた人の名に扉を注視すれば、父上とよく似た金髪と赤銅色の髪が目に入る。

優しげな雰囲気は変わらないが、白髪と皺が増えたウィン大叔父様と、同様に年を重ねた風体ではあるものの、鋭さを増した気迫を纏うオブザさん。

賓客用の席に真っ直ぐ向かうその人達の姿を目で追えば、思い出深い赤土色の瞳が俺を捉える。

視線がぶつかったオブザさんは目を見張った後、俺の隣に居るグレイ様とクレアに視線を走らせる。

そして、もう一度俺に視線を戻すと、柔らかく微笑んだ。