軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十四話 オブザ

漆黒の鞘から、刀を引き抜く。

抵抗なくすらりと姿を現した刀身に浮かぶは、重花丁子と呼ばれる華やかな刃文。

現役時代に集めた素材と伝手を使い、ドイル君に貰った口止め料に色をつけて打ってもらった一品だ。

俺の師匠がそうしてくれたように、いつか弟子ができたら剣を贈ってやろうと思い、大事に保管していた龍やらなんやらの素材も使ってしまったが、まぁいい。

ドイル君との出会い以降、沢山の子供達に剣を教えてあげた。しかし、彼以上に才能豊かで、思い入れの深い子はいない。

俺の迂闊な行動で、追い詰めてしまった幼い子。

茨の道を一人進み自力で這い出てきた彼の、記念すべき日を祝うために贈る品だ。謝罪の意も込めた品なのだから、これでも足りないくらいだ。

ドイル君と出会ったあの日から、早七年。

後悔も懺悔も数えきれないくらいした。ふとした拍子に彼を思い出しては、軽率だった己を恥じた。罪悪感を誤魔化すために、沢山の子供達に剣を教えたりもした。

本音を言えば、ドイル君と顔を合わせにくいという気持ちはある。どの面下げてとも思う。しかし、それ以上に成長した彼に会いたいと思った。

恨まれ、罵倒されてもいい。

ドイル君が大切に想う人達の側で、笑っている姿を一目見られれば満足だ。

まぁ、欲を言えば、軽率だった七年前のことを謝って、許してもらって。この刀を受け取ってもらいたい。

そして、俺を剣の師匠にでもしてくれれば最高だ。

ウィンが贈った純白の刀と対になるように作らせた漆黒の刀を眺め、成長したドイル君の姿を思い描く。

金も素材も伝手も、俺が持つ最高のものを使い誂えた刀だ。その性能は、アギニス家の家宝であったエスパーダにも勝るとも劣らないはず。

彼には二刀流の適性もあったし、きっと役に立つだろう。叶うなら、まだ開花していないドイル君の才能を、俺が開花させてあげたいと思っている。

剣のスキルなら俺は沢山持っているし、中には自己流では取得が厳しいスキルもあるから、是非教えてあげたい。彼なら、きっとすべて取得できるだろう。

そんなことをつらつらと考えながら刀身を鞘に戻し、紫色の絹で丁寧に包む。

三日後の舞踏会が楽しみだ。

間近に迫ったドイル君との再会に胸を弾ませながら刀を箱に仕舞い、ソファに腰かけ先ほどからこちらを睨んでいるウィンを振り返る。

「なぁ、ウィン。ドイル君は喜んでくれるかな?」

「しらん」

「しらんって、つれないなぁ。君の可愛い又甥の婚約祝いに贈る品なのに」

不機嫌そうな表情を浮かべ俺を睨むウィンに、刀が入った箱を見せながら問えば、冷たい答えが返ってくる。

苛立ちの籠った冷たい声色だが、ここで勘違いしてはいけない。ウィンは決してドイル君が嫌いなわけではない。大好きなアメリアお姉様からの最後の贈り物を快く贈っちゃうくらいには、ドイル君が大好きだ。

普段は遠く離れた東国にいるため関わりがないが、ウィンはドイル君をかなり気にかけている。まぁ、実の弟のように可愛がっているアラン殿の一人息子なので、当然といえば当然だが。

そんなドイル君に関わる話だというのにこれほど冷たいのは、ひとえに俺の行動が気に入らないのだろう。俺がドイル君にしたことを考えれば仕方ないが。

「まだ、怒ってるのか?」

「当然だ」

俺の問いかけに即答したウィンに、眉を顰める。

……困った。この調子では、折角の舞踏会を留守番させられてしまうかも。

まぁ、ドイル君も婚約式が終わるまでは城内にいるそうなので、三日後の舞踏会に出なくても近いうちに彼との再会は叶うだろう。

しかし折角ならば舞踏会という華やかな場で、王太子殿下や王女様の隣に立つ彼と会いたい。自己満足にすぎないが、俺は表舞台で笑うドイル君をこの目で見たい。

さて、どうやってウィンを宥めようか。

留守番を言い渡されては困るので、ご機嫌な斜めなウィンを見ながらしばし思案する。

ドイル君が周囲に己の適性を打ち明けたと知ったのは、今から一年くらい前のこと。同時に、あの日は俺の行いがウィンに知れた日であった。

あの時のウィンの怒りは凄まじく、ドイル君がエスパーダで魔王を討伐したという連絡がくるまでは、毎日何処からともなく飛んでくる矢を避けるという、とてつもなく気の抜けない日々をすごした。

ウィンが怒りを解いて話を聞いてくれたのは、それからさらに数ヶ月経ってからで。

アラン殿からひっそり教えられた王女様の救出劇と、王城でのドイル君の宣言が助けてくれた形だ。

『手紙の内容から察するに、近いうちにドイル君とクレア王女の婚約式が行われる。連れてってやるから、支度を手伝え』

不服そうな表情で、そう告げたウィンに諸手をあげて喜んだのはいうまでもない。

それからの日々はあっという間だった。

ドイル君への土産を用意し、当主が長期間国を出ることに反対する一族の者達を黙らせ、この機にマジェスタの貴族と親しくなりたい者達の妨害を躱す日々。勿論ウィンが留守にする間、グラディウス家に何も起こらないよう、身辺整理や周辺各位への根回しも行った。

そうして、ようやくマジェスタへの旅路へ出たわけだが。

そういえば、マジェスタまでの道のりは驚くほど順調だった。お蔭で余った食材を王都の市場に卸したり、これが存外良い値で売れたりと色々あったわけだが、そこらへんの話はまぁいいだろう。

今の問題は、ドイル君との再会が近づくにつれ下降の一途を辿っているウィンの機嫌だ。

俺への怒りが再発したというだけではなそうなウィンは、マジェスタへの道中、時折思い悩んでいるような顔をしていた。それはマジェスタの王都が近づくにつれ顕著になり、アギニス家についてからはさらに頻度が増えた。

アラン殿と会った時はいつもどおりだったので、ドイル君が関係していることは確かなのだが、一体何をここまで思い悩んでいるのだろうか?

あれだけやらかした俺ならばまだしも、ウィンはドイル君と顔を会わせても気まずいことなどないだろうに。

そんなことを考えながらウィンの様子を探るも、東国を出発してから今日にいたるまでの間さっぱりわからなかった原因が突然わかるわけもなく。

三日後にはドイル君との再会が待っているというのに、当のウィンがこの調子では困るということで、此処は思いきって直接聞いてみることにした。

「俺ならまだしも、ウィンは何をそんなに思い詰める必要があるんだ?」

「何を、だと?」

俺の言葉に、ウィンがゆらりと立ち上がる。

据わった目でキッと俺を見据える彼に「あ、これはやばいかも」と思ったが、時すでに遅し。ウィンは俺の前に仁王立ちになると、ビシッと音が聞こえそうな勢いで刀が入った箱を指さし言った。

「そもそも、お前はどの面下げてドイル君にそれを渡す気なんだ? それも俺が渡したエスパーダと対になるような、漆黒の刀だなんて俺への嫌味か。あの時、お前がドイル君の適性を教えくれていたら、エスパーダを渡すだなんて嫌味な真似をせずにすんだものを! 渡す時、いやに受け取りを渋るなとは思ったんだ。高価なものだから遠慮しているのかと思い少し強引に渡したが、槍の適性がなくて思い悩んでいる子に適性のある剣を贈るなんて嫌がらせのようなものじゃないか! お前の所為で、俺までドイル君に合わせる顔がないわ!」

部屋の外に声が漏れないよう、押し殺した声で言い切ったウィンに「それか!」と心の中で納得する。

そういえば、あの時ウィンはドイル君にエスパーダを少々強引に譲っていた。勿論その行為にドイル君への悪意や敵意は微塵もなく、むしろほぼ好意だったはず。

しかし言われてみれば確かに、あの時期のドイル君に剣を贈るというのはかなり嫌味な行為だ。

「本来なら、お前を締め上げ当時のことをすべて吐かせた上で、アラン達に突き出したいところだ! そうされるだけの非がお前にはある。それをしないのは単に、金を渡してまで口止めしたがったドイル君の心中を酌んでだ! だというのに、これ見よがしに刀なんぞ用意して、どの面下げてその刀をドイル君に渡す気だ? 久しぶりに会うのに、ドイル君に疎ましそうな目で見られたりしたら、俺は立ち直れる気がしないっ!」

そういって崩れるようにソファに腰かけたウィンは、この世の終わりの様な顔を浮かべている。

アラン殿やドイル君の言動に一喜一憂するさまは、血縁関係があるとはいえ異常なほどである。しかし古い付き合いである俺は、ウィンが何故アラン達にここまで激しい反応を示すかを知っていた。

だからこそ、ドイル君に嫌われているかもしれないという想像だけで凹みきっているウィンに、僅かばかり罪悪感を抱く。同時に、彼を慰めるための言葉を考えた。

ウィンのお姉様一家に対する思い入れは深い。

彼は腹違いの自分を大切に育ててくれたアメリア様をとても慕っていたし、その息子であるアランのことは実の弟のように思っている。

武門を誇るアギニス家に生まれながら、戦うことが嫌いな己にいつだって悩んでいたし、アメリア様がゼノ様と結婚される際、これ幸いとすべての責任を姉夫婦に押し付けてしまったことを後悔していた。だというのに、幼いアラン殿がアギニス家に相応しい槍の才能を示した時、これで万が一にも自分がアギニス家を継ぐことはないと喜んでしまったらしい。

そしてそんな己が嫌で、知られたくなくて、逃げるようにマジェスタから遠い東国のグラディウス家に婿入りし、その所為でアメリア様の死に目に間に合わなかったどころか、葬儀にも出席できなかった。

ウィンがアラン殿を必要以上に気にかけ、可愛がる理由にはそういったことに対する罪悪感も含まれているのだと、昔聞いたことがある。

彼にとってアギニス公爵家は愛しい家族である一方で、罪の象徴だ。

本来であれば、己が継ぐはずだった重責から逃げだしたことを、未だに後悔している。

だからウィンは何かと彼らを気にかけるし、彼らが幸せであることを常に願っている。そして彼の一家に受け入れられることで、胸に巣食う罪悪感から逃れているのだ。

アメリア様からエスパーダを受け取った時、ウィンは嬉しい反面複雑そうであった。武門を誇る家が嫌で逃げ出す己に、家宝の剣を受け取る資格があるのか悩んでいたことを知っている。

将来アギニス公爵家を継ぐだろうドイル君にエスパーダを渡すという行為は、ウィンからすれば罪悪感の軽減でもあったはず。

そんな己の自己満足が、ドイル君を傷つけたかもしれないとなれば、思い悩むのも無理はない。

ウィンにはきつかっただろうな。

ウィンの悩みはよくわかった。

それにそう言った事情を抜いたとしても、グラディウス家の者達がアギニス家に嫉妬するくらいには、彼はお姉様一家が大好きだ。

そんなウィンからすれば、ドイル君から嫌われるというのは死活問題なのだろう。

しかし、その悩みは必要のない悩みだ。

話を聞く限り、ドイル君は現在エスパーダを愛用しているという。件の魔王を両断したのだってエスパーダだとウィン自身が言っていた癖に、彼はそんなことも忘れているらしい。その話を聞いたから、俺も土産に刀を選んだというのに。

もしドイル君がウィンのことを憎んでいるのなら、意地でもエスパーダは使わないように思う。立場的にも代わりの武器はいくらでも手に入るのだし、エスパーダまでとはいかずとも、アギニス家の武器庫には名刀が沢山あるはずだ。なにも、嫌いな人間から無理矢理渡された刀を使う必要はない。

それは少し考えればわかること。

しかし、切羽詰まったウィンはそこまで頭が回らないらしい。

俺はどうだか知らないが、ウィンが嫌われているということは恐らくないだろう。

そう思ったので、俺は思ったままをウィンに告げてみる。

「ウィンが嫌われている可能性はないだろう?」

「そんなこと、会ってみないとわからないだろう! たった一回しか会ってないのに、その一回が最悪だったんだぞ!?」

「でも、そのドイル君が今愛用しているのは、ウィンが贈ったエスパーダだろう? 武器なんてよりどりみどりの彼が、わざわざ嫌いな人間から渡された武器を使い続けるとは思えない。模擬戦でも合宿でも使っていたってことは、彼はエスパーダが気に入っているってことだろう。七年前はともかく、今のドイル君がウィンを疎ましく思うことはないと思う」

「……そう、だろうか」

俺の言葉を噛み砕くようにしばし考え込み呟いたウィンの顔に、僅かに明るさが戻る。表情は未だ半信半疑なようだが、俺の言葉に少し希望が持てたようだ。

少し浮上したウィンに、俺はさらに畳み掛けるように言い募る。

「そうだよ。それに、ドイル君が俺達を本気で恨んでいたら、アギニス家の人達もこれほど快く泊めてくれないって。ここの人達、ドイル君のことかなり大切にしているし」

「そう、だな」

「それにそもそも、君の大好きなお姉様一家はそんな心の狭い人達じゃないだろう?」

「当然だ!」

力強く即答したウィンに、やれやれと肩の力を抜く。

お姉様一家が関わると、浮き沈みが激しいのは出会った時から変わらないウィンの悪い癖。まったくもって手のかかる昔馴染だ。

まぁ、今回ウィンが沈んでいたもともとの原因は俺だけど。

ようやく平静を取り戻してくれたウィンにほっと胸を撫で下ろしつつ、また考え込んで沈まれても困るので、俺は気を紛らわすためにある提案をする。

「なぁ、ウィン。大通りにドイル君が考案した色紙の専門店があるらしいから、見に行かないか? 色紙を使った細工物とかも沢山あって、今大人気らしいんだ。一番人気はドイル君が婚約者に贈った紙薔薇だって。奥方様のお土産とかにいいんじゃない?」

市場に余った食料品を売りに行った時耳に挟み、行ってみたかったから丁度いい。ウィンのいい気晴らしにもなるだろう。

途中で話に加わってきた紙工房の職人さん達も、ドイル君が考案した色紙がどれだけ素晴らしいのか力説していたし、本人に会う前に、彼が考案したものがこの地に根付き、多くの人に影響を与え、親しまれている様子を目にするのも悪くない。

そんなことを考えながら提案してみれば、案の定ウィンは喰いついてきた。

「ドイル君の……」

「そうそう。会った時の話の種になるし。一目見ておかないか?」

「そうだな。いくか」

「じゃぁ、他の奴らも呼んでくるよ」

「俺はセレナさんに外出を伝えてくる」

「了解」

少しうきうきした様子で、セレナ殿に外出を伝えにいくウィンの背を見送り、息を吐く。

舞踏会まで後三日。

後三日間もウィンの機嫌に気をつけなければならないと思うと正直うんざりするが、まぁこれもドイル君と再会するためだと思えば、頑張れなくはない。うん。

……それにしても枯れない愛の花とは、ドイル君もなかなか洒落たものをつくるじゃないか。

あんなに小さかった子が、愛しい女性に花を贈るような年頃になったのだと思うと感慨深い。

当時からセレナ殿やアラン殿に似た美少年だったし、彼はさぞかしいい男に成長しているのだろう。

見目も、中身も。

「きっとお前も気に入る」

東国でも三指に数えられる名匠となった友人が『最高傑作だ!』と称えた漆黒の刀が入った箱を一撫でして呟けば、楽しみだとでもいうようにカタンッと箱の中で刀が跳ねた。