軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十三話

『……ねぇ。あなたと契約したら、私にも器を作ってくれるのかしら?』

「勿論!」

あ、と思った時にはもう遅かった。

力強い己の声と思わず握っていた拳に恥ずかしくなり目を伏せるも、一度出た言葉は無かったことにはならない。己の現金さに思わず苦笑いである。

……やってしまった。

セルリー様から教わった知識を俺だけが利用し、水の精霊と契約するのは少々狡い気がした。

力を借りる対価としてはかかる負担が極端に少ない方法故に、簡単に契約できるとわかっていても、己から水の精霊に契約を持ちかけていいものなのか思い悩んだ。

しかし、水の精霊の力は堪らないほど魅力的。

そんな状態だった所為か、水の精霊からかけられた言葉につい即答してしまった。しかも、常にないほど力強い声で。

恐らく今の一言で、俺が水の精霊の力を魅力的に感じていることが、本人にも伝わっただろう。力強い俺の返答を聞き、にんまり笑った水の精霊がいい証拠だ。

「あら、愛しい子と契約するの?」

『だって、その器があれば人間と同じ生活ができるんでしょう? 色々なものを食べて飲んで、お掃除や裁縫なんかしちゃったりして』

「……そうね。出来ると思うわ」

『人と同じような生活をしたい』と口にした水の精霊の言葉を聞き、ラファールは数度手を握っては開く動作を繰り返し、頷いた。

そんなラファールの手に熱い視線を注ぎつつ、水の精霊はゆっくりと語る。

『森で魔獣を追いかけ回している見ない生き物がいると思ったらあっという間に独自の文化をつくり発展していく人間達を、私この土地でずっと見てきたの。仲間達が人間達を嫌がって森に移り住んでも、変わり者だと敬遠されるようになってもずっと。住処を破壊する人間なんて仲間達のように嫌ってもいいはずなのに、なんだか目が離せなくて。彼等の行動や感情を理解し難いと思いながらもずっと、ずっと見ていたの。己の存在が消えかけるのを感じても人間達から目が離せず、離れがたかった。その内、彼等の中に混ざってみたいと思うようになって……それが人でいう「羨ましい」という感情だと理解するのに、百年かかったわ』

過去を思い出しながら切々と胸の内を語った彼女は、そこまで言い終えるとそっと目を伏せる。しかし次の瞬間、ドキリと心臓が跳ねそうなほど強く、はっきりした視線を俺に寄越した。

『――――数日間でもいい。人に混じって、人の中で生きてみたいの。その願いが叶うなら、私はこの身が朽ちても構わない。貴方が私の願いを叶えてくれるのなら、すべての力を貴方に捧げるわ』

深い執着を隠そうとしているのか、熱い言葉を口にしたくせに、ごっそりと感情抜け落ちた顔で俺を見つめる水の精霊に、部屋の中が静寂に包まれる。彼女の言葉を聞き、表情の変化を見ていたラファールや俺は勿論だが、水の精霊の声も聴けず目視も出来ないバラドやシオンさえ、水の精霊がもたらした空気の変化に呑まれ息を殺していた。

……流石、力の薄い王都でもその身を保ち続けた水の精霊殿といったところか?

静寂の中、不意にそんなことを思う。

感情を押し殺した水の精霊は作り物めいているのに何処か儚く、しかし片時もそれない視線が彼女の秘めたる情熱を感じさせる。

目の前の水の精霊を見ていると、溶けだしたばかりの清らかな雪解け水や、触れるのを躊躇わせるほど透きとおり静寂に満ちた碧い湖、木々も人も建物もすべてを飲みこむ激しい濁流が思い浮かんだ。

水はその場面や時々によって、その表情を激しく変える。命の水という言葉あるほど人が生きていくには必要不可欠な存在でありながら、時にその激しい力でいとも容易く人の命を奪う。

同様に、目の前にいる精霊は人に寄り添う者でありながら、容易く人を呑みこむ強さと激しさを持っている。俺に甘いラファールとは違い、一歩間違えばその力にのみこまれそうだ。

……俺の内心もバレバレなことだし、これ以上の会話は意味ないな。

無駄な駆け引きをして彼女を怒らせるのは得策ではないと判断した俺は、熱い視線を寄越す水の精霊に契約を持ちかける覚悟を決める。

いくら取り繕ったところで、先の一言で俺が水の精霊の力を欲しているのはバレバレである。ならばこれ以上格好つけて平静を装うのは、無意味というものだろう。

綺麗ごとを並べたところで、結局俺は力が欲しいのだ。精霊の方から乗り気な提案をしてもらえるなど滅多にないことだし、素直に認めて彼女にお願いするとしよう。

「――王都ができるより前から在り続けた貴方の力を、俺は大変魅力的に感じています。俺の適性から考えても、ラファールの風と貴方の水が揃うのは正直美味しい。器を作るには少々時間がかかるので、器が完成するまでは仮契約という形でいかがでしょう?」

『仮契約でいいの?』

「対価を用意できないのに、力だけ借りるのは虫がよすぎるので」

本契約でなく仮契約を申し出た俺に、水の精霊は首を傾げる。そして俺の返答を聞いて、きょとんとした表情を浮かべた。

仮契約は簡単な繋がり。すなわち、俺が呼んでいるのを彼女が感じられるようになる程度の契約だ。例えるなら、俺が水の精霊の家に電話をかけられるようになる感じ。そこに強制力はなく、呼びかけに応じるか応じないかは彼女次第だ。

『……貴方、本当に珍しい子ね。大抵の人間は精霊と契約した途端力を使いたがるし、がつがつしているものなのに。私自分でいうのも何だけど、強いわよ? 今はこんなだけど全快すれば森にいる同族達が束になってきても勝てると思う。だから皆戻って来いって煩いし。貴方だってこの力が欲しかったんでしょう?』

「それは否定しませんが……俺にはすでにラファールがいますし、そこまで切羽詰まっている状況ではないので」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。でも、もっと頼ってくれていいのよ? 愛しい子」

「十分頼ってる。それに『女性には誠実に』と母上とメイドに厳しく躾けられているので、貴方の悲願に付け込んで使役するのは気が引けます」

俺の言葉に嬉しそうに答えたラファールに微笑みかけて、水の精霊に視線を戻す。精霊の力は魅力的だが、その力に溺れたくはない。一先ず仮契約としたのは、その為の線引きである。

精霊との契約において、どれだけの力を借りられるかは基本精霊側の善意によるものだ。気が向けば少ない対価で、気が乗らなければとんでもない対価をかせられる。ラファールのように無償で力を貸してくれることは珍しく、奇跡に近い僥倖だということを忘れてはいけない。

人から与えられる無償の好意や善意は当たり前にあるものではなく、大切にしなければならないものなのだから。

「完成したら器を渡す代わりに本契約していただいて、その後はその都度要相談ということで」

『本当におかしな子ね、貴方』

器以外にも対価は払うといった俺に、水の精霊はなんともいえない表情を浮かべていた。

信じられないが嬉しくもあり、納得いかないもののどうしていいかもわからない。好意的に受け取るべきか、裏があると疑うべきか迷う。

概ねそんな感じなのだろう。様々な感情を浮かべ、複雑そうな表情で俺を見る水の精霊の仕草はとても人間じみている。

人間が羨ましいというだけあって、彼女には人間に近い感情がすでに芽生えているのかもしれない。

人に混じって生活する水の精霊を思い浮べ、「違和感ないかもな」などと考えながら、俺は彼女に問う。

「こういう人間は嫌いですか?」

『……まぁ、嫌いではないわ』

俺の問いかけに困ったように笑った水の精霊に、返事代わりに微笑む。

多くの好意と優しさに生かされてきた分、俺には大切にしたいものがある。そこに人も精霊もない。

しかし俺が辿ってきた道を知らない水の精霊の目には、彼女の提案に喰いつかない俺は不可解な人間に見えるのだろう。それは仕方のないことである。その辺りはおいおい知っていって貰えばいい。

人に憧れ、人の中で生きることを望む彼女となら、上手くやっていけるだろう。

少し人とはずれたラファールと、人間臭い水の精霊。これからずっと一緒にいることになる二人がこの国に与える影響を想像して、なんとなく口元が緩んだ。

「では契約成立でよろしいでしょうか?」

『いいわ。そうね……仮契約だし、私の仮名を復唱すればいいわ。貴方なら聞き取れるでしょう? 私の仮名はアルヴィオーネよ。さぁさぁ、早く!』

「ちょっ、まっ――」

契約方法を提示した水の精霊の言葉に頷けば、ラファールが表情を変え焦ったように立ち上がる。そんなラファールの急変に驚いたものの、一度言いかけた言葉は止まらなかった。

「アルヴィオーネ」

告げられた名を口にした瞬間、水の精霊が艶やかに笑む。

『稀有な人の子。折角だからその儚い生涯の間、私のすべてを貴方に捧げてあげるわ』

水の精霊改めアルヴィオーネが告げた不穏な言葉と、慌てふためくラファールに何かやらかしたかと不安になった瞬間、俺と水の精霊の間に光が生まれ、弾ける。

瞬く間に膨れ上がった光は勢いよく弾け、水飛沫の様に宙を舞う。そして、ひんやりとした感触と共に降りそそいだ。

同時に俺とアルヴィオーネとの間に、深く強い繋がりが生まれたのを感じる。

「え?」

感じた繋がりに驚き、慌ててアルヴィオーネを見れば彼女はしてやったりといった表情を浮かべていた。隣にいるラファールは、額に手を当て頭が痛いと言いたげな表情を浮かべている。

ラファールも意外と人間じみた動作をするな…………って、そんなことは今どうでもいいんだよ!

現実逃避しかけた己を呼び戻し、今できたばかりのアルヴィオーネとの繋がりに意識を集中させる。

精霊との繋がりを感じるのは、契約したのだから当然のことである。

しかし、今。アルヴィオーネと俺の間に生まれた繋がりは、従属の契約を交わしているラファールとの間に感じている繋がりと同等のものであった。

それはすなわち、アルヴィオーネという名は目の前にいる水の精霊の真名であり、今交わした契約が従属の契約であることに他ならない訳で……。

「ずっと側にいた私ならまだしも、貴方は今日会ったばかりでしょうに。確かに愛しい子はとっても素敵だけど、そんな簡単に真名をあげてよかったの?」

『いいの! 貴方だって『契約したら?』って勧めていたじゃない』

「そりゃ勧めたわよ? 契約できれば愛しい子も嬉しいだろうし、貴方だってずっと人の中にいても消える危険がなくなるもの。でも、何も私と同じ契約をしてとはいってないわ。私はいいけど、従属の契約で本当にいいの?」

俺の考えを肯定するかのような二人の会話に、唖然とした。

え、なに? 俺、今、従属の契約交わしたのか? この水の精霊と? ラファールだけでもありえないほどの幸運だと思っていたのに? 実際セルリー様にも珍しいといわれた契約を? え、まじで?

脳内を駆け巡る疑問に、なんだかとんでもない事態になっているのでは? という感情が生まれる。二つの属性の精霊に好かれ、従属してもらえるなど幸運なことなのだが、混乱しすぎて素直に喜んでいいのかもわからなくなってきた。

しかし、俺が突然の事態に困惑している間にも、二人の精霊は己のペースで話を続けていく。

『私もこの子気に入ったし、これで長年願い続けた夢も叶うもの。後悔はないわ!』

「そう? まぁ、貴方がいいならいいけれど」

「いやいや! よくないからな!?」

俺の混乱を他所に、納得ムードの二人に思わず突っ込む。「なんだか今日は突っ込んでばっかりだな!」と思いつつ二人を見れば、つぃと目を細めたアルヴィオーネと目があった。

『なぁに? ラファールはよくて、私じゃ不満なの?』

「め、滅相もない!」

『そうよね』

不満そうな表情を浮かべたアルヴィオーネに、「あ、不味いかも」と感じるや否やズシッと場の空気が重くなる。見るからに機嫌を悪くしたアルヴィオーネに、慌てて否定の言葉を口に、彼女はコロッと雰囲気を変えた。

「愛しい子をいじめちゃ駄目よ?」

『いじめてないわ。ちょっとからかっただけよ。これからずっと一緒なんだし、この位の戯れは大目に見て頂戴』

「もう!」

『そう怒らないの。それよりも、私に何か用事があったんでしょう? そっちはいいの?』

「え、ええ、まぁ。そうですね」

抗議するラファールをあっさりかわし、晴れやかな顔で話を進めるアルヴィオーネに乾いた笑いしか出てこない。

なんというか……自由だ。

『何が聞きたいの? 肉屋のマークが近所の雑貨屋のアンナに片恋中だけど、アンナは年下好きで七つ年下の花屋のケインに夢中らしいって話?』

「いえ。その話は道端に落ちている石ころ並みにどうでもいいです。俺が聞きたかったのは何故貴方が森に向かうのを早めたのかと、水辺近くに落ちていたコレについて何か知らないかです」

『そう? ケインには昔から想い人がいて、その子はマークに懸想しているからどうやら四角関係らしいって肉屋と雑貨屋と花屋の奥さん達は盛り上がっていたのに』

以前アインス達から聞いた噂話の詳細を語りだそうとしたアルヴィオーネをばっさり切って、本題を告げる。

本人達にとっては一大事だろうが、他人の恋路など俺は欠片も興味ない。というかそんなもの、精霊に態々聞く内容ではない。

まだ話したそうなアルヴィオーネを無視して、俺は亜空間から残しておいた虫の包みを取り出し、広げて見せる。するとアルヴィオーネは話に乗ってこない俺につまらなさそうな顔をしながらも、『貸して』といって俺が差し出した例の虫を受け取った。

『これは……』

「見覚えが?」

『見覚えも何も、これ町の外れの水辺にあったんでしょう? 私、これが嫌で今年は早めに移動したのよ。あの男私がいるのに、これと似たようなもの沢山水の中に捨てていったのよ? それも春先くらいから何度も何度も! 初めはこんな大きい幼虫じゃなくて羽虫の様な本当に小さな虫達だったけど、だんだん大きくなってきて。今年の春先にきたばかりだったから、しばらくすれば居なくなると思って早めに森に移ったわ。それにしても、私の住処の一つを、こんな汚い魔力と死骸で汚すなんて失礼しちゃうと思わない?』

「! 男の顔を見たんですか?」

件の虫を見た途端顔を歪めたアルヴィオーネに尋ねれば、彼女はその時の憤りを思い出したのか、立て板に水といった感じで不満を吐き出し始めた。

当然その内容に、俺は息をのむ。

王都内の水辺という水辺を己の住処にしているアルヴィオーネならば、何か知っているだろうとは思っていたが、まさか犯人自身を目にしたことがあるとは思わなかった。これならば実習中に犯人を上げることも可能かもしれないと、はやる気持ちを抑え俺は話の続きを促す。

そんな俺の態度になんとなく話の内容を察したのか、バラドが出掛ける準備を始めたのが視界の隅に映った。

『見たもなにも……さっきも見かけたわよ? あの男ようやく捕まったのね。騎士服着た人間に剣を突きつけられていて、いい気味だったわ!』

その光景を思い出したのか、満足そうに笑ったアルヴィオーネの言葉に、俺は息が止まった気がした。