作品タイトル不明
第百四話
偶然なのか、必然なのか。
予期せぬ再会に僅かな緊張感が漂う店の中。
俺の声に反応し振り向いた男は、驚愕を露わにアイスブルーの瞳を見開いていた。
同時に俺との出会いを思い出し、「これはやばい」と感じたのだろう。
ゼノスにシオンと呼ばれていた傭兵は、先ほどまで浮かべていた笑みを引きつらせ、退路を探すべく視線を泳がせ始める。
よほど己の腕に自信があるのか、俺達の存在など気にも留めず己の目的を果たそうとしていた先ほどまでとは大違いの反応である。
……とっくに何処かに逃げたかと思っていたが、武器を変えていたとはな。
どうりで『ハルバートの男』に関する情報があがらない訳である。
ハルバートとアイスブルーの瞳。
特徴的な二つの要素がありながら、今の今までまったく情報がなかった。
特に身の丈以上のハルバートは目立つので、近隣国や国内に居ればすぐわかるはずだった。それ故に、この男はとっくに何処か遠くに逃亡したものだと思っていたが、武器を変え堂々とマジェスタの王都を闊歩していたとは恐れ入る。幾ら仕事だったとはいえ、第三王女誘拐に加担したというのに大した度胸だ。
「ははは、元気だったか?」
「お蔭様で。お前、シオンというのか。姓はなんという?」
緊迫した空気の中、沈黙を破ろうとしたのだろう。大変わざとらしい笑い声をあげながらシオンが話しかけてきたので、俺はその問いかけに答えた後、逆にその姓を問う。
偶然の再会に自然と口元が緩む。しかしそんな俺とは対照的に、名がばれた上に姓を問われたシオンは、息をのみ頬をひきつらせている。
そんなシオンの様子に、俺の口元がさらに緩んだのはいうまでもない。
このタイミング、しかもゼノスの店で、ゼノス本人の言葉によって此奴の名がわかったのは大きな収穫である。
偽名の可能性も高いが、ゼノスの様子を見る限りマジェスタでは『シオン』の名で活動しているとみてよさそうだ。いつからマジェスタにきていたのか知らないが、あの事件からこれまでの間、此奴が何処で何をしていたのかは『シオン』の名とアイスブルーの瞳、大剣の剣士という情報で辿ることが可能だろう。
此処で会ったが百年目って、な。
逃がす気はさらさらない。その上、万が一逃がしても店の外にはアインス達が待機しているので心配ない。あいつ等なら俺が命じるまでもなく、シオンを追ってくれるだろう。
シオンを捕まえて、あの時の依頼者や経緯を洗いざらい吐いてもらうのは決定事項だ。此奴の持つ情報はエーデルに対し、きっといい手札になる。
ついでにゼノスも連行できるし、俺にとってこれ以上ない、素晴らしいタイミングでの再会である。
「いやぁ、公爵様に名乗る程のもんじゃねぇし……」
「謙遜するな――折角また会えたんだ。ゆっくり、お茶でもしながら、色々聞かせてもらおうか」
どうにかこの場を切り抜けようとしているシオンに、自然と口端があがる。
若干の動揺が見えるシオンに笑みを深め同行を求めれば、俺の目的がわかっているシオンはジリと後ろに下がりつつ、さりげなく片手を腰に佩いた剣へと移動させる。
「こちらの傭兵とお知り合いですか? ドイル様」
「婚約者殿を迎えに行った時に出会った、ハルバートの男だ」
「!? それは」
シオンの行動に対し俺もエスパーダに手をかけたことで、今まで静かに動向を見守っていたガルディが俺に尋ねる。そしてその問いかけに俺が答えたことで、『ハルバートの男』に覚えのある者達は、一斉にシオンへ視線を向けた。
無論その中にガルディも含まれており、彼は俺の言葉を理解するとすぐに扉の前へと移動し、出口を塞ぐ。
この中で、あの時シオンの顔をみたのは俺だけだ。
バラド達は遠く離れた場所からみていただけだったので顔まで知らず、目の前にいるシオンとハルバートの男が同一人物だとわからなかったのだろう。
『ハルバートの男』という言葉でようやく俺の態度に合点がいったバラド達は、シオンから視線を外すことなく一年生を後ろに下げたり、武器に手をかけたりとそれぞれできることを行動に移す。
そんな俺達にゼノスが「騎士様方? 一体シオン様が何か……」と戸惑いの声をあげる中、俺はゆっくりとエスパーダを鞘から抜いた。
瞬間、同様に剣を抜いたシオンは、背にしていたカウンターに手をかけ飛び越える。
「わりぃ、ゼノス! 裏口借りるぜ!」
「シオン様!?」
「待て、シオン!」
ゼノスを突き飛ばし、カウンターの奥に見えていた作業室へと駆けだしたシオンを追う。雑然とした作業室をしなやかな身のこなしですり抜けバンッ! と裏口を蹴破ったシオンを追いかけ外に出れば、狭い路地を走るシオンの背が目に入る。
「【氷壁】!」
「ちっ」
シオンの行く手を氷の壁で塞ぐも、舌打ちと共に大剣であっさりと砕かれる。
そして再び走り出したシオンを攻撃しながら追う。
「止まれ!」
「止まったら、捕まえるんだろう!?」
「当然だ!」
建物を深く傷つけないよう水や風属性の刃を飛ばし、一本道では氷壁で行く手を阻む。どれも簡単に流し払われるが、それでもその都度一瞬でも足を止めなければならないシオンは、少しずつ狭まる俺との距離を時折確認しながら、苦々しい表情を浮かべていた。
「俺は傭兵として仕事をしただけだ!」
「傭兵だろうとなんだろうと犯罪は犯罪。しかもお前が加担したのは重罪だ!」
「最初は演習の護衛だったんだ! しばらく護衛やってたら、あの仕事に誘われたんだよ!」
追う者と追われる者。
互いの主張を叫びながら走る。
幸いなことにこの界隈は職人の卵が多いので、遅くまで練習している者が多い。その為、鉄を打つ音や何かを砕く音などで騒がしく、俺達の声に集まる野次馬の姿はなかった。
それをいいことに俺は攻撃の手を強め、シオンとの距離を徐々に詰める。
すると、攻撃の手を強めた俺にこのままでは埒があかないと思ったのか、今まで走ってきた道よりは幾分広いところでシオンは足を止め振り返った。
「俺だって流石にあの仕事はやりたくなかったんだ! 捕まったら首はねられちまうからな! でも『ここまで聞いた以上、断ったらどうなるかわかってんだろうな?』って、脅されて仕方なくだなぁ!」
「その割には、嬉々として俺の邪魔をしてくれただろう!」
「ぐっ! そりゃ、お前、悪かったって! 最悪な仕事に巻き込まれたと思っていたところで、あの姫さんが俺なんざ足元にも及ばない強い男がくるっつうから! 心弾んでもしかたないだろ!?」
切り結びながらの問答の末、シオンはそう叫ぶ。
そして金属がかち合う音を響かせ、真っ向からエスパーダを受け止めると、俺と向かいあった。
――これは分が悪い。
ギリギリ合わさった互いの剣に、心の中で舌打ちする。
今シオンが手にしている大剣の質はあまりよくない。恐らく、この大剣はマジェスタで傭兵業を営む為の偽装とみていいだろう。
以前持っていたハルバートは、門外漢な俺から見ても素晴らしい一品だった。ハルバートがシオンの本来の得物とみてまず間違いない。
大剣と刀というだけでも力比べするには分が悪いというのに、本来の武器がハルバートである男と俺では力比べの結果など目に見えていた。
「そもそも『強い奴がくる』なんて理由で、第一級の犯罪に加担するなんざ、馬鹿か!? あの混乱に乗じて逃げれば済んだ話だろう!」
「その言葉はもう聞き飽きるほど、聞いたぜ!」
長くは持たないなと己の状況を考察しつつ、聞いたばかりの行動理由を批判すれば、シオンはうんざりといった表情でそう吐き捨てる。
そして予測していたとおり、力任せに俺を押しのけた。
――馬鹿力め。
軽々俺を吹っ飛ばしたシオンの腕力に心の中で毒づきつつ、剣ごと弾かれた衝撃を殺す為、飛退く。そして勢いを殺しきる為にくるくる回りながら着地した俺は、すぐさま体勢を整え、シオンに対峙した。
「大人しく捕まれ、シオン。どんな経緯であろうと、知っていて加担した時点で自業自得だ」
「断る!」
しかし俺が体勢を立て直した時にはすでに遅く。
俺の最終通告をきっぱり拒絶したシオンは、そういうや否や大剣を地面に突き刺していた。
「今回は俺の勝ちだ! 【陥穽】!」
地面に突き立てられた大剣が纏う尋常ではない魔力に、「これは不味い」とその場から飛退こうとするも一歩遅く。
飛ぶ為に力を込めた足は、地を蹴るのでなく踏み抜いた。
そして一瞬の浮遊感に襲われた後、大してかわらない高さだった視線がシオンの肩、胴体、足と瞬く間に下がり、次の瞬間には黒一色に染まる。
落ちた、という認識と時同じくして降りそそいだ砂を耐えきれば、上から差し込む茜色の光。
「じゃぁな、アギニス公爵! 縁があったら、また会おうぜ!」
聞こえてきた明るく愉しそうなシオンの声と、次いで聞こえる足音。丸く開いた穴から見える茜色の空を見上げながら、俺は実際に砂を噛んだ。
離れゆく足音を聞きながら、ジャリとした感触と口に広がる土臭い味に砂を吐きだし、一縷の望みをかけて穴から這いでる。
幸い穴自体は大した深さではなく、氷で足場をつくればすぐに出ることができた。俺は穴の中に十秒といなかっただろう。
しかし、穴から這い出て周囲を見渡すも、すでにシオンの姿は何処にもなく。
してやられた!
笑顔でこの場を去っただろうシオンの姿を思い浮べ、臍を噛む。
油断した。彼奴が持っている武器が大剣だった為、正面からの攻撃は警戒していたが、まさか足元を狙うとは。
感じた魔力と大剣を地に突き刺したことで、地属性かそれに連なる系統の攻撃がくることは予想できた。だから、地面から何か出てくるのかと身構えたというのに、土の棘で貫く抜くでも、壁をつくって視界を遮断するでもなく落とし穴とは想像すらしなかった。
流石傭兵、意表をつく上手い攻撃だ。
シオンは俺と真っ向勝負をする気など、さらさらなかった訳だ。
本当に、いい度胸している!
シオンを攻撃しながら走っていた道中、アインス達が頭上を飛んでいたのを確認したので、彼奴の居場所はほどなくわかるだろう。見失う心配は元からないので、シオンに逃げられてもよかったといえばよかったのだが、それとこれとは話が別である。
おちょくられた訳ではないと理解しているものの、沸々と湧き上がる苛立ちにエスパーダを握り締める。
彼奴は傭兵。義理は大切にするが、結果がすべての世界で生きている奴だ。正々堂々真っ向勝負など求めてないし、する気もない。
そもそも奴らは己の命ありきなので、やばいと思ったら逃げの一手を打つことに躊躇はない。罠や奇策で勝てるなら、喜んで使うだろう。
そのことを忘れ、シオンと剣を交え戦う気だった俺が愚かだった。そう頭で思う一方で、最後に聞いたシオンの明るく愉しげな声に苛立つこの心はどうしたものか。
子供騙しの様な方法でしてやれた己が恥ずかしく、悔しい。
こんなこと、グレイ様には絶対報告できないな……。
スキルを使い作られた穴だったとはいえ、落とし穴にまんまと落とされた挙句、上手く逃げられたなんて報告してみろ。アインス達を押し付けられた日以上に、笑うに決まっている。
落とし穴にはまった俺を想像し笑い転げるグレイ様を思い浮べながら、俺は身についた砂を魔法で除去して、シオンが開けた穴を塞ぐ。
氷より使い勝手が悪いので普段あまり使わないが、この時ばかりは土属性に適性があってよかったと思う。
グレイ様は勿論、落とし穴に落ちて砂まみれになった姿をバラド達に見られるなど俺のプライドが許さないからな。
『ドイル様。さっきの男はアインス達が追っていて、住処がわかったらドライが報告にきます。これでよかったですか?』
「よくやった。指示もなく偉いぞ」
『ドイル様が追いかけていたので、追った方がいいのかなって』
俺が落とし穴に落ちた証拠隠滅を終えた頃、バサバサと肩に降り立ったツヴァイの言葉に耳を傾ける。
追ってくれていることは既にわかっていたが、期待の浮かぶツヴァイの目に応え、労わるように羽を撫でる。
その際、褒め言葉に照れつつも嬉しそうにすり寄るツヴァイの姿に、アインス達も帰ってきたら褒めてやろうと心に決める。
部下を育てるには褒美も大事だが、労わりの言葉も大事だからな。
「戻るぞ」
『案内しますか?』
「いや、大丈夫だ。来た道はみればわかる」
一通りツヴァイを撫で回し労わった俺は、帰還を告げる。そんな俺の言葉にツヴァイは案内を申し出るが、断った。
複雑に入り組んだ道だが、来た道は俺とシオンの攻防でわかりやすい。その惨状に住民達に申し訳ないと思いつつ、どうしようもないので俺は早々に諦める。
つけてしまった建物の傷は後で直すしかないが、点在する氷と地面の傷は道すがら直して歩けばいいのが幸いだろう。荒らした道を直しながら歩けば、帰路を誤ることもない。
「ドイル様ー!」
「ドイル様、何処ですかー?」
『お迎えもきましたし、僕の案内はいりませんね』
「ああ。店の近くまで肩で休むといい」
『はい!』
遠くから聞こえる俺を呼ぶ声に反応し、羽を動かしたツヴァイを肩に留め歩き出す。
声と気配から察するに俺を追ってきたのはバラドとジェフのようなので、ゼノスの店までツヴァイはこのままで大丈夫だろう。
シオンの奴、今日逃げたことを絶対後悔させてやる。
ツヴァイを肩に乗せたまま歩く途中、シオンが砕いた氷壁の残骸を溶かしながら、そう固く誓う。
傭兵の在り方を忘れ勝手に騙された俺が悪いのだが、去り際の明るい声を聞いてしまった以上、落とし穴に落とされた分の礼はしないと俺の気が済まない。
八つ当たりといってくれて結構。実際、唯の八つ当たりだからな……。
よもや明日、明後日の再会など想像してないだろうシオンに「どうやって落とし穴のお礼をしてくれよう」などと考えながら、俺はバラド達の元へと足を進めた。