軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わらない日々と変わったこと.3

朝食を終えアシュレン様が領地に関する書類仕事を終えるのを待って、昨夜の約束通り私達は家具を買いに向かった。

馬車は私の予想より長く走り、王都のはずれにある大きな工房の前で止まる。

降りると、森の中にいるかのように緑の香りが濃い。聞けば、この工房はカートン男爵が経営しているもので、国境近くにある領地から運んだ木材を裏の倉庫で乾燥させているらしい。

「私、てっきり家具屋に行くのかと思っていました」

「それでもよいと思ったが、王都の家具屋は煌びやかな物が多い。ライラならこちらを好みそうだからな。それに、工房に直接相談した方が話も早く進む」

カートン工房と書かれた工房の隣には、カートン男爵のタウンハウスがある。

領土では主に既製品を、ここでは王都に住む貴族向けにオーダーメイドを承っているらしく、作業場兼家具の展示場となっているという。

「お待ちしておりました。こんな姿で申し訳ありません」

まるで職人のようなエプロン姿で現れたのは、壮年の男性。

「いや、カートン殿、こちらこそ急な頼みですまない」

「いえいえ、近々来られるかもしれないと、お母上様から聞いておりましたので準備をして待っていました。お隣にいらっしゃるお方がライラ様ですね」

「そうだ。ライラ、カートン工房で作られる家具は、兄が外交に持っていくほど高品質だ。特に椅子が得意だよな」

「ええ、アシュレン様の執務室の椅子も作りました。それから、最近のおすすめは、娘がしている染物です。カーテンやソファ生地などのファブリックを用意しておりますので、あとでご案内いたします」

ささ、と案内され建物に入れば、奥が作業場、手前が展示場になっていた。

とはいえ、煌びやかなシャンデリアや華美な装飾品はなく、質の良さで勝負しているという堅実さが伺える。

なんとなく、アシュレン様がここを選んだ理由が分かる気がした。

「こちらに奥様のお部屋で使われる主な家具をまとめておきました」

案内された一角には、ドレッサーやチェスト、少し背の低い棚が数種類並ぶ。高い棚は背伸びしても届かないことがあるので、このぐらいの高さは私にとって使い勝手がよい。

使用する木材は変えることができるので、まずはデザインを選ぶことに。とはいえ、こだわりのない私は殆どアシュレン様に丸投げだけれど。

さくさくとアシュレン様が決められるのを横目に、私は少し向こうにあるカーテンが気になった。

落ち着いたライトグリーンのカーテンなのだけれど、日の当たり具合によって黄色やオレンジ、青色が挿したように見える珍しいものだ。布を染めるのは植物が多いけれど、あれはいったい何で染めたのかしら。

「家具はこれでいいか?」

「あっ、はい。すみません、殆どお任せしてしまいました」

「ライラがよいなら構わない。色はダークブラウン、ナチュラルブラウン、あとは白樺を使ったホワイト、どれにする?」

「ナチュラルブラウンがいいです。できれば使い込むほど味がでるような……年月の変化を楽しめるものが好きです」

使えばどうしても傷がつき汚れる。でも、そういう変化を楽しみたいと思うのは、これから重ねるアシュレン様との生活を大切にしたいから。

そう言えば、カートン様が「これはどうですか」とおすすめを持ってきてくれた。

「比較的柔らかな木材です。角を丸くすればお子様が生まれても安全でしょう。使いこめば落ち着いた照りがでてきます。その頃にはお二人とも私のように白髪が交じっているでしょうけれど」

はは、と少し薄い頭を撫でるカートン様。私と目が合ったアシュレン様は、優しく笑っていた。

「それでお願いします」

「畏まりました。では次は寝室に置く家具を選んでください。ソファは一度腰かけると立ち上がれないほど、ベッドはすぐに眠りにつける最高の品質なものを用意いたしました」

これまた事前に選ばれた数種類がそこに並んでいるけれど、ベッドの数が多いのは気のせいよね。

そのすべてが、大人が三人、大の字で寝られるほど大きい。

両手で押せば、スプリングが程よく跳ね返ってきて、ここに誰もいなければ、ボスンと横になりたいほどだわ。

そう思っていると、アシュレン様がベッドに腰を降ろし、横のスペースをポンポンと叩く。いいのですか、とカートン様を見ればどうぞと言わんばかりに手で促された。

とまどいつつ腰を降ろせば、あぁ、これは絶対寝心地がいいわ。

「私、朝、起きられないかもしれません」

「それなら俺が起こしてやるよ」

「アシュレン様、寝起き悪いですよね。この前、起こしにいったカリンちゃんが、上に乗っても起きないって言っていましたよ」

「あれは酷い目にあった。腹の上で飛び跳ねられたからな」

それはなかなか豪快な起こし方ですね。アシュレン様は思い出したようにお腹をさすっている。カートン様は、ちょっと失礼します、とこの場を離れていった。

それを見計らったように、アシュレン様がごろんと寝転がる。

「二人揃って寝ぼうしそうだな」

「フローラさんとティックに怒られますよ」

「新婚のうちは許して貰える」

「その新婚に残業させたのは誰ですか」

半泣き状態で書類を書いていたティックを思い出す。でも、後から聞けば一時間残業しただけだったらしい。量は多いけれどそれほど難しくない仕事を選んで渡したのか、ティックの能力が高くなったのか……多分後者だな。

「で、このベッドでよいか?」

「はい。あとは……」

「あのカーテンが気になるのだろう。ずっと見ていたからな」

やはり気づいていましたか。染色には詳しくないけれど、あれは珍しいものだと思う。

そう話しているうちに、カートン様がまさしくそのカーテン生地を持って現れた。

「こちら、新作でございます。是非、アシュレン様に見ていただきたく持ってまいりました」

「ちょうどよい。その話をしていたところだ。珍しい色だがこれは植物染めか?」

「はい。ハドレヌ伯爵領にあるモニタレスの木の葉で染めました」

カートン様はハドレヌ伯爵領地の一部の管理を任されているけれど、領地経営だけでは収入が少ないので、地元の植物で家具を作ったり織物の染色をしているらしい。

「日の光で色が変わる布は初めて見ました。カーテン以外にもあるのですか?」

「ソファ生地やシーツ等、なんでもお作りできますよ」

こちらもオーダーが可能らしい。とはいえ、部屋全体が同じ色はちょっとやり過ぎなのでカーテンとソファ生地をこれで頼むことにした。

「モニタレスの木といえば、原産はターテリア国だったな。この国より温暖な気候のはずだが、温室で木を育てているのか?」

「以前はそうだったのですが、ハドレヌ伯爵のご令息が品種改良をされ、カニスタ国の気温でも育つようになりました。そこで、私が管理を任されている領地でも植林が行われたのです」

「うん? ハドレヌ伯爵の息子なら兄のもとで文官をしているはずだが。赤い髪をした細身の男で、俺やマーク、スティラ王女殿下とも同級生だ」

「そちらはご嫡男のイーサン様で、改良されたのは次男のブレイク様です。まだ、学生ですが優秀ですよ」

カニスタ国の貴族の名前と治める土地については勉強した。国政に関わることはないとはいえ、伯爵夫人になるのだからこれぐらい知っておかないとアシュレン様に恥をかかせてしまうもの。

でも、ご子息の名前となるとまだ完璧ではなくて。アシュレン様はご存知のようだけれど、私は初耳。

「まだまだ覚えなくてはいけないことが沢山あります」

「異国から来たのだから、気負う必要はない。それよりモニタレスの木については知っているか」

「ターテリア国にだけ生息する二メートル程度の高さの木で常緑樹、とぐらいにしか。薬の原料になるという報告はなかったように思います」

「異国特産の植物にも詳しいのはさすがだな。数代前のハドレヌ伯爵は植物研究者だったんだ。ターテリア国に留学をしていて、その時に王太子と親しくなり、帰国する際にターテリア国の植物の種を数種類譲ってもらったらしい。それを自身の植物園の一角で育てている」

ターテリア国とカニスタ国の国境にあるのがハドレヌ伯爵領。

隣接しているとはいえ、山を隔てているためか気温が違い、そのため譲ってもらった植物の大半は植物園にある温室で育てているらしい。

「植物園には他にどのような物が植えられているのでしょうか」

「そう言うと思った。それなら、今度開かれるスティラ王女殿下の誕生日パーティに、ハドレヌ伯爵も来るから聞いてみるといい」

「スティラ王女殿下の誕生日パーティですか?」

首を傾げる私に、アシュレン様も同じようにうん? と首を傾ける。

「二ヶ月後にあるんだが言っていなかったか? もっとも誕生日パーティというのは建前で、実際はスティラ王女殿下の王配選びだ」

「スティラ王女殿下は私より一つ年上の二十一歳ですよね。王配選びとなると国内の有力貴族だけでなく、近隣の王族も来られるのではないですか」

「隣国の第二、第三王子も来ると聞いている」

これはかなり大掛かりなパーティになりそうな気配。

ところでそれって、従兄妹のアシュレン様も出席しますよね。

そうなると婚約者の私も当然……。

「あの、初耳ですが、まさか……」

「言っていなかったか。ドレスは昨日見せたものから好きなものを選べばよい」

「……分かりました。ところで、いつそれを私に伝えるつもりだったのですか?」

「うん? 誕生日パーティまでには伝えるつもりだったぞ」

ほう。誕生日パーティまで。

私は夜会があまり好きではない。ジルギスタ国でも最低限しか参加したことがないのに、王族の誕生日パーティにアシュレン様の婚約者として出席なんて、今から胃が痛くなりそうだわ。

そのことはアシュレン様もご存知で、もしかして不意打ちで連れていくつもりだった、なんてこともあり得る。

「とにかく、俺達の平穏な暮らしのためにも、スティラ王女殿下には早く結婚して後継ぎを産んでもらわないと」

「そうなればアシュレン様の王位継承権は下がりますものね」

深く頷くアシュレン様の横で、私は数日前に見た密会を思い出す。

人目のない場所でこっそり会っていたあの方は、いったい誰なのか。