軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団からの依頼.1

「アシュレン、騎士団長からの依頼を持ってきた……っていないのか?」

「マーク様。さきほどアシュレン様はレイザン様のもとへ行かれました」

持っていた試験管を手に、私は珍しい客人に目をパチリとした。

ライトブラウンの髪を少し額に張り付けたマーク様は、手元の書類をどうしたものかと所在なさげに見る。

「お預かりします。どのような薬をお望みなのですか?」

「虫よけだ」

「虫よけ、ですか」

てっきり傷薬や軟膏と思っていたので意外ではある。

書類によると、夏になると遊牧民が川を超えて国境沿いの農村を襲うことが増えるので、国境の警備を強めるらしい。

その際に野営をすることもあるけれど、国境付近は川が多く湿地帯が幾つか点在しているので蚊が多い。蚊は痒みだけでなく時には伝染病の媒体にもなるからそれをどうにかして欲しいというのが今回の依頼だ。

「マーク様、昨年作った私の薬に不備がありましたか?」

実験室の隅にいたフローラが心配そうにこちらにやってきた。

「いや、フローラが昨年作ってくれた殺虫剤はとても効果があった。しかし……」

「何か問題でもありましたか」

「効き目が強すぎて、風向きの加減で殺虫剤が自分にかかると目がしょぼしょぼすると報告がきている」

「あっ……すみません。効き目に特化したあまり……」

「いや、事前に人体に向け使わないよう言われていたし、使い方さえ注意すれば問題ないのでこれはこれで引き続き使うつもりだ。それで今回は、殺虫剤ではなく虫よけを、それも人体に害のないものを作って欲しいんだ」

昨年、フローラさんが殺虫剤を作っていたのを思い出した。私がジルギスタ国で作った農薬のレシピも応用しながら研究していたはず。

確かに強力な殺虫剤は人体に影響が出る。でも、その効果を弱めてしまうと肝心の虫にも効かなくなってしまうから加減が難しいのよね。

「分かりました。アシュレン様には私から書類を渡しますし、何か方法がないか一度考えてみます」

「そうか、それは助かる」

虫よけとなると、一晩中効果が続かなくてはいけない。持続性がありながら人体に害のないもの……と考えていると再び扉が開いた。

アシュレン様が戻ってこられたのかと思って見たのだけれど、そこにいたのは褐色の肌をした男性だった。

「あれ、ここに来ればアシュレンがいると聞いたんだが」

ベージュ色の髪を首の後ろで括り、少し垂れた黒い目が軽薄そうに笑っている。背はアシュレン様より少し低く、細身ではあるけれど周りを威圧する独特の雰囲気がある人だ。当然、初対面。

「これはこれは、ターテリア国第三王子のエリオット殿下ではないですか」

「うん? お前は……あぁ、アシュレンと仲が良かった……確か」

「マーク・ロドリンです。護衛をお連れではないようですが、どうしてこちらに?」

口調こそ丁寧だけれど、マーク様の視線は鋭く態度も硬い。顔だって明らかに作り笑いだ。

「一ヶ月半後に開かれる王女の誕生日パーティに呼ばれてな。せっかくだから久々に学友に会おうとちょっと早くカニスタ国に来ることにしたんだ」

一ヶ月半はちょっとの範囲ではないと思うのだけれど。それはマーク様も同じで苦虫を潰したような顔をしている。

スティラ王女殿下の誕生日パーティには王配を選ぶという意味もある。とすれば、隣国の第三王子なんてその最たるものではないかしら。

異国の王子がアシュレン様を学友と言うのだから、おそらくこの国に留学をしていたことがあるのでしょう。だとすれば、マーク様のことを知っているのも納得できる。決して仲良しというわけではなさそうだけれど。

「そういえば、ここにアシュレンの婚約者もいるんだろう。あっ、もしかしてマークの後ろにいる彼女がそうか? それともそこのそばかすの女か?」

傲慢さを滲ませる言い方に、マーク様の眉間に皺がより、ティックがすっとフローラの前に立った。それを見たエリオット殿下は「ふーん」と言いながら視線を私に向け、そのままこちらに向かってくるとマーク様を押しのけた。

もちろん腕力ならマーク様が上だと思うけれど、相手は隣国の王子殿下。伯爵家の次男であるマーク様は悔しそうに口を歪め、それでも何かあれば助けられる位置にいてくれる。

「なかなか可愛い顔しているじゃないか。随分優秀なんだってね」

「……ありがとうございます。エリオット殿下はスティラ王女殿下の婚約者候補でいらっしゃるのですか」

あえて直球を投げかけてみた。不躾に研究室を訪れたうえにこの態度、私だって不快を感じているのだ。

でも、エリオット殿下は周りの剣呑な雰囲気なんてお構いなしにさらに私との距離を詰めてきた。

「確かに俺はスティラ王女殿下の一番の婚約者候補だよ。我がターテリア国から輸出されている石炭はこの国の生命線でもあるからね」

カニスタ国は資源に乏しい。特に石炭についてはその大半をターテリア国からの輸入に頼っていて、そのせいで両国の間には歴然とした力の差がある。

他国でここまで横柄な態度ができるのも、その背景があってのことかもしれない。もともとの性格もありそうだけれど。

とエリオット殿下は笑みを深くすると、私の顎に指をかけ上を向かせた。少し垂れ目の黒い瞳が嫌味っぽく細められる。

「この国は俺からの求婚を絶対に断れない。なぜなら、石炭が発掘されているのはターテリア国の宰相でもある祖父の領土からなんだ。でも、別に俺はスティラ王女殿下に固執はしていない。俺はどちらかというとアシュレンの婚約者であるライラにこそ興味が……」

「お久しぶりですね、エリオット殿下」

ぱしっと手の甲でエリオット殿下の手を払い、アシュレン様が私の肩を引き寄せた。少し息切れしているところを見ると、走ってきたみたい。

「アシュレン様……」

「紹介します。俺の婚約者のライラ・ウィルバスです。あっ、家名は覚える必要はありません。間もなくナトゥリになりますから。それから先程の発言はスティラ王女殿下を軽んじるととられ、国際問題になりかねませんから気を付けられたほうがよいでしょう」

顔色ひとつかえず余裕の笑みを浮かべるアシュレン様に、エリオット殿下の眉がぴくりと上がった。

どうやらこの二人、仲が最悪のよう。いったい学生時代に何があったのかしら。

「いつも人を見下すように冷めた目をしていたお前でもそんな顔をするんだな」

「来る途中、殿下を探していた護衛を見つけたので一緒に連れてきました。どうぞ、お帰りはあちらです」

にこりと微笑んでいるけれど、アイスブルーの瞳は冷え切っている。

エリオット殿下は振り返り扉の前にいる護衛をみると「ちっ」と舌打ちして踵を返した。でも、扉の前で振り返ると「ライラ、また来るよ」とニコリと微笑み手を振る。

瞬間、私の肩を掴むアシュレン様の指に力が入り切れ長の瞳が鋭くなった。

エリオット殿下はまるでその反応を楽しむかのように笑うと、今度こそ実験室から出て行った。

「アシュレ……」

「アシュレン様、今のヤツなんスか! 勝手に実験室に入ってきてフローラのことをそばかすの女って言ったんスよ。そばかす、可愛いじゃないっスか」

「ティック、怒る場所はそこじゃないわ」

「っでも、フローラ」

「気持ちは嬉しいけれど、ちょっと黙っていて」

フローラさんに宥められたティックは、ふぅふぅ、と鼻息を荒く出し続けるも口は閉じた。

その様子に苦笑いを漏らしながらフローラさんがもう一度アシュレン様に視線を向ける。

「学友と仰っていましたが、そうなのですか」

「そうだ。ターテリア国から留学してきて、三年間一緒だった。エリオット殿下も薬学を学んでいたので一緒に授業を受けることは多かったが、親しくした覚えはない。それより、ライラ、大丈夫か」

「はい。……あまり気分はよくありませんが」

嵐のような人だったと、出て行った扉を見て思う。護衛騎士がひたすら恐縮されていたので、ふだんからああいう方なのでしょう。

あんな人がスティラ王女殿下の婚約者候補だなんて、国政に関わるとはいえあり得ない。

「アシュレン、俺が傍にいながらすまない」

「相手が隣国の王族だから仕方ない。それにしても、どうしてあいつは昔から俺に突っかかってくるんだ」

心底意味が分からないと眉根を寄せるアシュレン様を、マーク様が深いため息を吐きながら残念そうに見る。

これは何かありそうだと、マーク様に目線で問えば額に手を当てながら教えてくれた。

「エリオット殿下も薬学を学ばれていたと言っただろう。ターテリア国では秀才で通っていて、カニスタ国の学園ではトップ間違いなしと思っていたところに全教科満点のアシュレンが立ちふさがった」

「あぁ……」

ちらりとアシュレン様を見ると、それがどうしたのかと泰然と構えている。と、さらにマーク様が言葉を続ける。

「さらに言えば、エリオット殿下は見目もよく、ターテリア王族はなかなかの武闘派だ。そっちでも自信があったのだろうが、女生徒の羨望はすべてアシュレンに注がれ、剣技では足元にも及ばなかった。要は、矜持を木っ端みじんに砕かれたというわけだ」

「俺にそんなつもりはないぞ」

「そして、成績トップも女も興味がないというその態度が、さらに油を注いだ」

「あぁ‥‥‥‥。想像がつきます」

王族だけあってプライドは高そうだったわ。それなのに、何をやっても敵わないどころか相手にもされないとあっては、王子としての立場がない。逆恨みというやつね。

「私が言うべきことではないのですが、エリオット殿下は、スティラ王女殿下に相応しくないように思います」

「同感だ。あんな小さな器で国のトップに立たれては困る。だが、カニスタ国の産業がターテリア国の石炭に頼っているのも事実なのだ」

これは、何かひと悶着ありそうな気配。淡々と話しているけれど、アシュレン様はあきらかに不機嫌だし、黙って引き下がるとも思えない。

「何を考えていますか?」

「うん?」

「物騒なことを企んでいらっしゃいませんよね」

「俺のライラに手を出したからな。痕跡が残らない毒薬なんてどうだろう……冗談だ」

「アシュレン様が仰ると冗談に聞こえません」

目を眇め見れば、唇の片方を上げ笑われたけれど、可能なだけに恐ろしい。

あまりに私がじっと見るので、最後には肩を竦め「穏便に片付ける」と仰ったけれど、言外に不穏なものを感じたのは私だけではないはず。

「ところで」とその場の重い空気を破ったのはマーク様の声。

私が持っていた書類を指差しながらアシュレン様に騎士団長からの依頼内容を説明すると、アシュレン様が書類を覗き込んできた。

「虫よけの薬か。持続性と人体に無害なことが重要だな」

「はい。私もそう思っていました。それで、思い当たることがあるので試してみたいのですがよいでしょうか」

「さっき書類を貰ったばかりなのだろう。相変わらずライラの発想力には舌を巻くな。で、その方法とは?」

私が思いついたことを話し始めると、フローラさんとティックも興味津々と耳を傾けてきて、何やらメモまで取り始めた。

話終えたころには、すっかりその方向でいくこととなり、私は試薬品を作るために薬草園へと向かったのだった。