軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ライラの未来2

船と馬車を乗り継ぎ一週間。一年前に来た道を遡るようにして私はジルギスタ国にやってきた。

不思議なことに帰ってきたという感慨は湧かなかった。見慣れた景色を懐かしむ気持ちはあるけれど、ここはもう私の暮らす場所ではない。

ウィルバス子爵家(実家) に泊まることもできたけれど、アシュレン様が宿を取ってくれたので、そちらに泊まることに。

自分の居場所を見つけ、ジルギスタ国にいた時より自信もついたとはいえ、あの家に帰るのはやはり気が重く、アシュレン様の心遣いに甘えることにした。

甘えたのはそれだけじゃない。貴族の結婚パーティーに出席するにはそれなりの準備が必要。

ナトゥリ侯爵家の本宅で働く侍女を二人、それからドレスと宝石までアシュレン様は用意してくれた。

「あの、ここまでする必要があるのかっ、しら?」

朝から全身を隈なく磨かれ、昼食後。

コルセットをぎゅうぎゅう締められながら、遠慮がちに私は聞いてみた。

「もちろんです。リーシャ様にもライラ様を磨き上げるよう申しつかっておりますから」

リーシャ様、とは室長のこと。なんでも室長から私を頭の天辺から爪先までピカピカにするよう命じられたらしい。おかげで、船の中でも毎日色々と塗られ、マッサージも受けた。

そのため、鏡に映る私の肌艶はすこぶる良い。きめは整い透明感ある肌は自分で言うのもアレだけれど内側から輝くようだ。女磨きに無頓着な私をここまで仕上げてくれるなんて、これがプロの仕事かと、感心するばかり。

「では、ドレスはこちらで」

侍女が取り出したのはアシュレン様の瞳と同じアイスブルーのドレス。胸元には小さなダイヤモンドが散りばめられ、ウエストから下は幾重ものフリルが重なりふわりと広がる。

瞳と同じ色のドレスが何を表すかぐらい知っている。だからこそ、どうしてこのドレスなのかと思ってしまう。

「普段虫除けをしているお礼に、今日は私が惨めにならないよう一役買ってくださるおつもりなのかしら?」

「ライラ様?」

知らず呟いていたようで、「なんでもない」とその場を取り繕う。きっと深い意味はないでしょう。

そのあとはメイクを施し髪を結い上げ。あっと言う間に時は過ぎた。

準備が整った頃、扉を叩く音がしてアシュレン様が迎えに来てくれた。手には真っ白な私のコートも持っている。

「アシュレン様、今日はエスコートをお願い致します」

私から頼んだ訳ではないけれど、ここまでしてくださった気持ちは嬉しくて、初めてカーテシーで挨拶をした。

でも、頭を上げ反応を待つも何も返ってこない。

少し口を半開きにして、切れ長の瞳を見開いたまま動く気配がない。

「あの、どうかされましたか?」

「い、いや。なんでもない」

私の問いにピクリと肩を上げると、アシュレン様はようやく一歩前へ。

「綺麗だ。とても良く似合っている」

「ありがとうございます」

心なしか耳が赤いアシュレン様の胸元には、私のドレスと同じ色のポケットチーフ。濃紺のジャケットが整った顔をいつも以上に際立たせている。

褒められたら、笑顔でお礼。にこりと微笑めば、アシュレン様は少し目線を彷徨わせたあと、侍女を呼び小さな箱を持って来させた。

「これをライラに」

蓋を開け、差し出されたのは大きなブルーダイヤモンドのネックレス。その立派すぎる宝石に私は慌てて首を振る。

「アシュレン様、これは私がもらうには分不相応です。頂けません」

「ライラのために作ったのだから貰ってくれないのなら捨てるしかないな」

「そんな! どれだけ高価な物だと思っているのですか」

窓の外を見ながら言う冗談ではない。焦る私を見てアシュレン様は意地悪く口角をあげる。

「揶揄わないでください」

「ライラがいらないなどと言うからだろう。これから行く場所はライラにとって戦場のような場所、このネックレスはお守りがわりだ。つけてやるからじっとしていろ」

アシュレン様はネックレスを手に私の背後に回ると、少しぎこちない手つきで金具を留める。ずしりとした重さに慄きながら鏡を見れば、それは確かにお守りのようにも見えた。

「ありがとうございます」

「うん、素直でよろしい」

髪が崩れないよう、優しく私の頭に手を置いたあと、アシュレン様はすっと身を屈めた。

旋毛にふわりと柔らかなものが触れ、そして離れていく。突然のことに固まり、一拍のち顔が真っ赤に染まる。これは、キスのような。……キス。自分が浮かべた言葉にとうとう首まで赤くなってしまう。

「ア、アシュレンさま?」

プルプル震える唇で名前を呼べば、そこには悠然と微笑むアシュレン様。

「今宵、何があっても俺がライラを守る。その誓いだ」

「誓い……」

そこまで気遣って頂くことには感謝するけれど、免疫のない私にこれは刺激が強すぎて。アシュレン様と視線を交じ合わせるのも恥ずかしく下を向くしかない。

だから、アシュレン様も私と同じように頬を染めていることにも気づけず、侍女の生温かい視線だけが痛かった。