軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

252.スカーレットの交渉

パルタ大公、トリスタン。

元ジャミール王女、リアム=ラードーン全権特命大使スカーレット。

二人は豪奢な調度品で設えた部屋の中で、これまた豪華なテーブルを挟んで、向き合って座っていた。

庶民の家にあればどのベッドよりも更に一回り大きな円卓、それによって隔たれた距離は双方の――両国の歩み寄れない現状を象徴しているかのようだった。

手元の紙を苦渋に満ちた顔で見つめるトリスタンは、眉間に紙を挟めそうなほどの縦皺を作って顔をあげた。

「こ、これでは前回からまったく条件が変わっていないではありませんか」

「もちろんです」

苦渋に満ちた顔で必死に訴えかけるトリスタンとは正反対に、スカーレットは平然としたそのものの表情で、ティーカップから紅茶を一口すするほどの余裕を持ったまま答えた。

「我が方に条件を引き下げる理由は一つもございません」

「し、しかし。これでは――」

「大公閣下」

スカーレットは静かな、しかし有無を言わせないようなきっぱりとした口調でトリスタンの言葉を遮った。

「うっ」

「我が主より受けた命令はただ一つ。全て飲ませるか、イスを蹴って帰ってくるか。そのどちらかです」

「ば、ばかな! そんな交渉の仕方があるか!」

トリスタンはパン、と円卓を両手で叩きつけながら立ち上がった。

皮肉にもその勢いでイスを蹴り倒し、イスが床にたたきつけられる音が二人っきりの室内にこだました。

トリスタンの反応に、スカーレットは婉然とも言える笑みを浮かべた。

「大公閣下はいささか勘違いをしておられる」

「なに!?」

「これは交渉ではありません。通達です」

「つ、通達だと?」

「そもそもがおかしな話でございます、大公閣下は何を以て、そちら側に交渉する余地が残されているとお思いなのでしょう?」

「うっ……」

「我が主はそのような下品な振る舞いは好まず望みもしませんが、大公閣下は靴を舐めるほどの覚悟で臨むべき状況ではないかと思っていたのですが」

スカーレットはそこで一旦言葉を切って、「見込み違いだったのでしょうか」と皮肉たっぷりにいった。

トリスタンは圧されっぱなしだった。

このやり取りができるのが、彼女が一人でこの場にいる理由である。

元々、リアムがラードーンに交渉の総指揮を任せ、ラードーンが更に現場をスカーレットとレイナに任せた。

その人選は全く以て妥当で、魔物の国リアム=ラードーンで外交が出来そうなものはスカーレットとレイナの二人だけだ。

しかしもっとよく見れば、スカーレットとレイナにも大きな能力の開きがある。

元々が一国の王女で、政治や外交などの本物の「伏魔殿」を実際に目にしているスカーレットと、特性こそもっているが元はピクシーから進化したエルフという魔物のレイナでは経験値の差がありすぎる。

その事をレイナもよく理解していて、最初の数回を同席したあとは、矢面に立つのをスカーレットに任せたのだ。

そうしてスカーレットが単身でトリスタンと向き合い、采配通りトリスタンを圧倒していた。

「も、物事には限度がある」

「これは異な事を」

スカーレットは目を見開き、「純粋に驚いた」ような顔でトリスタンの反論をうちかえした。

「大公閣下は この程度(、、、、) の事を限度だと思っていらしゃった事におどろきです」

「ぐっ……これほどおしつけておいてよく言う……」

トリスタンは喉の奥から搾り出すような声で、そしていまにも血涙を流しそうな血走った目でスカーレットをにらんだ。

スカーレットはまったく動じずに、余裕綽々といった感じでまたティーカップに口をつけた。

トリスタンが「舐めた口」を利くのはゆるせないが、こうしてはらわたが煮えくり返るような感じであればいくら暴言を吐いてもスカーレットは許せる。

いや、むしろそれはトリスタンの苦しみの度合いとも取れるので、スカーレットからすればむしろ愉悦に感じるほどの物だ。

したがって、スカーレットのその振る舞いは余裕を見せているというよりも、リアムに不敬を働いた不届き者の断末魔を心底楽しむ、という反応だった。

トリスタンはしばしスカーレットをにらみ、息を荒げていたが、どうにかそれを抑えて、最初の頃の落ち着いた声でいった。

「と、ところでスカーレット殿下。おりいっての話があるのですが」

と、謙った口調で切り出した。

こめかみのあたりでは青筋がヒクヒクしているが、どうにか自制心で抑えこんで謙った笑顔を作っている、という感じだ。

「なんでしょうか?」

「まずはこれを――」

トリスタンはそう言い、パンパン、と側頭部のあたりで手を鳴らすように叩いた。

幾分か芝居がかった仕草のあと、ドアがゆっくりと開かれ、数人の屈強な男がはいってきた。

男は二人で一組になって、協力して大きな箱を運んでいる。

それが全部で五組いて、五組が全員、スカーレットの真横にその箱をはこんできた。

そして箱を下ろし、トリスタンの目配せをまって、箱の蓋を開けた。

「……あら」

中身をみたスカーレットの眉はひくっと跳ねた。

箱の中は金貨を始めとする、様々な金銀財宝がぎっしりと詰まっていた。

「これを是非、スカーレット殿下にお納めいただきたい」

「……それで便宜を図ってくれ、とおっしゃるので?」

「いえいえ、これはあくまでこちらの気持ちでございます」

トリスタンは賄賂ではないととりあえずの否定はしたが、状況的にみて、何よりスカーレットを見るトリスタンの目が完全に何かを希うような目だった。

特命全権大使たるスカーレットに賄賂をおくって、少しでも譲歩を引き出すという算段だ。

普通ならばそれは決して悪手とは言えない。

このようにストレートにする事は稀だが、こういうことをすること自体は決して珍しい事ではない。

特命全権大使といえど、国許から受けた命令の中に、交渉の上限と下限が当然存在する。

賄賂を送ってその下限に近づけてくれというのは現実的な話だ。

たが――その現実的で、本来なら当たり前の事をされたスカーレットから表情が全て消え去った。

怒りさえも通り越した無表情。

それをみたトリスタンが驚愕し、無言の圧力で思わずのけぞったほどだ。

「大公閣下は思い違いをされてらっしゃる」

「思い違い……とは?」

「我々の国、リアム=ラードーンという国の成り立ちですよ」

「成り立ち」

「一言で申し上げれば、我々の本質は国ではありません。主リアム・ハミルトン個人に心酔する集団に過ぎません」

「……」

「従って主の言葉は絶対、主を侮辱する者は主が止めない限り攻撃を決して止めない」

「い、いや、これは違うんだーー」

「このような賄賂は我々の忠誠心、ひいては主の存在そのものを踏みにじる行為」

スカーレットは無表情のままいい、【リアムネット】を唱えた。

リアムの改良で、他国にいながらでも使える様になったリアムネットで、リアムからの最新情報を受け取る。

「わたくしは主より全権を任されております、ですので、条件を一つ追加します」

「なに?」

「毎年の貢ぎ物、これを大公閣下の長男、ないしは後継者であるものが自ら護送する。これを」

「馬鹿な! そんな屈辱的なことを――」

トリスタンは反発した。

スカーレットが追加した条件は国としてはほとんど負担が増えないような代物だが、体面やメンツで生きている一面のある貴族――大公トリスタンには耐えがたいものだった。

だから反発した――が。

スカーレットの次の言葉が、反発の言葉を真っ向から打ち砕いた。

「これを受け入れない場合、その年の降雨は認めない物とする」

「こう、う…………雨?」

理解するまで時間がかかったトリスタン。

最初は「何を馬鹿な」という言葉が脳裏に浮かんだが。

それはすぐさまリアム、そして 七頭(、、) のドラゴンの存在によって打ち砕かれたのだった。