作品タイトル不明
194.絶対にいうなよ
「んっふふー。ふふふふー」
王宮の自室で、俺が魔法の研究をしている横で、デュポーンが上機嫌で鼻歌を歌っていた。
出会ってからで一番、類を見ないほどのものすごい上機嫌だった。
あまりの上機嫌に、俺は手を止めてデュポーンを見た。
デュポーンと目が合って、彼女はまた「んふふ」と顔を赤くして、恥じらった様子でもじもじした。
「んもう、ダーリンってば。そんなに見つめちゃ恥ずかしいよ」
「え、ああうん、ごめん。というか……今日はすごく機嫌が良いんだな」
「当たり前だよ」
デュポーンは大声をだして、更に一段階上がったかぁ……位の嬉しそうな顔をした。
「昨夜ずっとダーリンの中に入ってたもん、ダーリンとずっと一つだったもん。もう幸せすぎて死んじゃいそうなくらい」
「あ、ああ」
俺は戸惑い、曖昧な返事をした。
そんなに嬉しいことなのか、と困惑した。
たしかにデュポーンのおねだりを聞いてあげた形だから、まあ嬉しく感じてくれるだろうなとは思ってたけど、そんなにまで喜んでくれるとは思いもしなかった。
「ダーリンのおかげで絶好調。今ならなんでも出来そうな気分」
「そうなのか?」
「うん! 恋するヒロインは無敵なんだよ。別次元の偉そうな人もそれ言ってた」
テンションが上がりまくってるのは間違いないようだ。
言ってることがよく分らなかったから。
『手がつけられんな』
「え?」
『あのテンション、今のコンディションでは、何かをやろうとしても我でも止められんだろう』
「おー……」
ライバル関係にある、神竜の一人であるラードーンがまさかそう言ってくるなんて。
よほどなんだな、と思った。
その時、コンコンコン、とドアがノックされた。
「だれ?」
「レイナです」
「入って」
ドアが開いて、エルフメイド長のレイナが入ってきた。
彼女は部屋に入ってきて、俺に向かって深々と一礼した。
「おくつろぎ中申し訳ございません」
その言葉は俺といちゃいちゃしている(ように見える)デュポーンに向ける言葉だったが、当のデュポーンは全く気にしていなかった。
そもそもレイナが部屋に入ってくるのさえ気にしていないという感じだ。
気にしないのならいい、と、俺はレイナに問いかける。
「どうした?」
「天気の事でご報告が。嵐が来るとのことです」
「嵐?」
「はい。複数のスライムから報告がありました」
「スライムが?」
どういう事なのか? と首をかしげて聞き返す。
「スライムは肉体的な性質として、嵐の前後は普段に比べて流体度が下がり、物理攻撃がききやすくなるとのことです」
「そうだったのか」
知らなかったけど、確かにスライムは他の魔物に比べて肉体的に「違う」のは一目で分かる。
ブルブルで、ゼリーのような、半分液体のような体だ。
それで天気の影響を受けやすい――と言われると妙に納得してしまう。
「それでご報告に上がりました。現在、使節団が街に滞在中ですので、嵐の場合の対処法についてご主人様の指示を頂きたく」
「あっ、そっか……使節団がいたんだ……」
俺は頷き、納得した。
確かに普通に嵐が来るだけなら、俺なら家の中に閉じこもって一日中魔法の研究をしてればいいだけだけど、使節団がいるんならそっちの事を考えなきゃいけないよな。
立ち上がって、窓際に行った。
そして、外を見ると――。
「あっ、本当だ。向こうの空模様がもうちょっと怪しい」
「はい。夜には本格的に荒れるとのことです」
「なるほど……」
うーん。
「対処っていわれても、何をどうしたら良いんだろう。ラードーン――」
「ダーリン困ってるの?」
魔法じゃないことだから、ラードーンにアドバイスを求めようとしたら、レイナとのやり取り自体は耳に入っていたようで、デュポーンがきいてきた。
「ああ、客がいるときに嵐がくるのは初めてだから。そもそも何をしたらいいのか、なにから気をつければいいのか全く想像もつかなくてさ」
「なんだ、そんなの簡単じゃん」
「え? 分かるのかデュポーン。使節団への対処とか」
「ううん、そんなの分からないよ」
「え? じゃあ……」
「でもダーリンを困らせてるのって嵐じゃん」
「うん」
「だったら嵐自体吹っ飛ばせば良いんだよ」
「へ?」
「行ってくるね」
デュポーンはそう言うと、窓を開けて、さっと身を乗り越えて飛び出した。
外に飛び出した瞬間にデュポーンは本来の姿、巨大なドラゴンの姿になる。
そして、嵐が迫っている方角に向かって飛んで行った。
巨体が徐々に遠ざかって、小さくなっていく。
やがて、豆粒大くらいの、目を凝らしてようやく見えるくらいの大きさになった。
「何をするつもりなのでしょう」
「さあ」
「嵐を吹っ飛ばすとおっしゃってましたけど、何かの比喩――」
隣に並んできたレイナがそう言った直後――空が震えた。
豆粒大になったデュポーンの体を中心にピカッと何かが煌めき、何かが嵐の方に向かって放たれた。
それが途中で大爆発を起こして、数十秒経って俺達のいるここに衝撃波が飛んできた。
その直後――。
「あ、嵐が……」
絶句するレイナ、俺もちょっと驚いていた。
レイナは「何かの比喩」と思ったようだが、比喩ではなかった。
デュポーンは、文字通り嵐を「吹っ飛ばした」。
「す、凄まじいですね……」
「絶好調って言ってたっけ」
俺は微苦笑しつつ、デュポーンの言葉を思い出していた。
ラードーンも「手に負えない」っていってたっけ。
これが絶好調の効果なのか、と思うとそのスケールの大きさに苦笑いするしかなかった。
「……あっ」
「どうしたレイナ」
「いえ、その……」
レイナはためらいつつ、複雑そうな顔をしつつ切り出す。
「ご主人様がパルタ公国の件で手を煩わせていると告げればどうなるのか、とふと思いました」
「……言うなよ、絶対に言うなよ」
『分かったあの国吹っ飛ばしてくるね』
デュポーンが言いそうな言葉と、その光景が一瞬で想像出来てしまい、俺はレイナに念入りに口止めをしなきゃと思ったのだった。