軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

623話 神官と魔族

「……ちっ、やられたみたいだな」

ダンジョンの最深部に、とある男がいた。

獣のように鋭い気配をまとい、それを隠すかのようにサングラスをかけている。

紳士のように丁寧に誂えられた黒い服を着ているが、やはり、彼の獰猛な気配は消せていない。

むしろ、服装とのギャップで、余計に荒々しい印象が刻み込まれていた。

彼の名前は、ヴェルグ。

リースを筆頭とする、中立派に所属する魔族だ。

「どうされたんですか?」

彼と一緒に行動をしているのは、元勇者パーティーの一員であり、神に仕えるミナだ。

本来なら、魔族は相容れない天敵だ。

行動を共にするなんてありえない。

しかし、今は状況が違う。

事情が変わった。

人間と魔族が手を取り合い、新しい未来に踏み出す。

その理想を実現するために同じ場所にいる。

「勇者のところに部下を派遣しただろう? その反応が消えた。」

「そんな……」

「まぁ、相手は勇者だからな。魔族の話なんて聞かず、速攻でぶっ潰したんだろうな」

「なんてこと……その方の魂に安らぎがありますように」

ミナは魔族のために祈る。

リースのところで世話になっているから仕方なく、という感じではなくて……

心の底から、魔族の死を悼んでいた。

リースのように、話が通じる魔族がいる。

そんな相手ならば手を取り合うことができる。

それが実現するのならば、ずっと続いてきた人間と魔族の戦争に終止符が打てる。

子供が抱くような夢と言われるかもしれないが、ミナは、それだけ純粋なのだ。

純粋故に、バカな話と一笑することなく真剣に向き合い、実現しようとする。

もっとも……

人間と魔族の融和なんて、リースは本気で考えていない。

ミナをいいように使うため、適当に口にしているだけだ。

そのことは、当然、彼女の部下であるヴェルグも承知していて……

「……滑稽だなぁ」

「なにか?」

「いや、なんでもないさ。それよりも、どうする? まずは話し合いをしたいってことで、部下を派遣してみたが……まあ、この結果だ。笑えねえな」

「私達が赴くわけにはいかないのでしょうか? それなら……」

「ミナは手配されているんだろ? のこのこと街に顔を出せば、捕まるだろ」

「それは……」

「だから、代理人をやったんだが……まあ、魔族の部下しかいないからな。ちと遠回りになるが、適当な人間を雇っておけばよかったな」

「どうして、こんなことに……」

「勇者にとって、魔族は敵だからな。虫と同じで、見つけたら速攻で潰す。当たり前のことさ」

「……」

元勇者パーティーであるミナは、その思考がよく理解できるらしく、なんともいえない表情になる。

ただ……

彼女は知らない。

ヴェルグの部下は、話をするために派遣されたわけじゃない。

適当に暴れろと、そんな命令を受けていたことを、ミナは知らない。

「話は通じそうにないが、どうする? 俺としては、ぶっ殺した方が早いと思うが」

「……それは、最終手段です。まずは話をして……そうすれば、きっと私達の理想を理解していただけるはずです」

「そうかねえ……まあ、俺はミナに協力するように言われている。好きにやるといい」

「ありがとうございます」

ミナの目的は、現勇者であるシフォンとコンタクトを取ることだ。

そこで自分達の潔白を訴えて……

それと同時に、理想について語り、力を貸してもらう。

人間と魔族が手を取るためには、勇者の存在が非常に大きなポイントとなる。

勇者と納得させて味方にしなければ、まず理想は実現しない。

そのために話をして、味方に引き込んでほしい……と、モニカに頼まれたのだ。

「きっと、話をすれば……」

ミナは、自分達が正しいことをしているという確信があった。

これは正義だ。

平和を掴み取るための、正しい行いだ。

だから、新しく勇者になったというシフォンという少女も、きちんと話をすれば理想を理解してくれると信じている。

仲間になってくれると思っている。

現実は……

ミナの行いは正義とは程遠いところにある。

彼女は『理想』という都合のいい言葉にすがり、己の罪を直視せず、逃げている。

そして、リースとモニカにいいように利用されている。

心に芯を持たないからこそ、そうなっていた。

そのことにミナは気づくことはない。

教会に利用されて、アリオスに利用されて、リースとモニカに利用されて……

誰かの駒でしかない。

そんな人生なのだ。

疑問を抱くこともできず、ミナは、これからどうするかを考えた。

「どうする?」

「……やはり、私が赴くべきかと」

「本気かよ」

「長期滞在はまずいですが、短い間なら、冒険者や騎士に見つかることはないと思います。その間に、どうにか勇者とコンタクトを取り、私達の理想について理解してもらいます」

「まあ、本当にそんなことができれば、それが最善だが……成功確率が低いってことは理解してるよな?」

「……」

「話がこじれた時はどうする? 俺は、勇者が魔族と手を取り合うなんて、ありえないと思っているが」

「その時は……」

少し考える間を挟んでから、ミナは杖を強く握りしめた。

そして、確かな決意を瞳に宿す。

「リースさんやモニカさんが言っていたように、理想の邪魔となる勇者を排除します」

ミナはどこか悲壮な表情で、暗い決意を語る。

理想を実現させるためなら、例え勇者であろうと排除するしかない。

そうすることで、真の平和が訪れるのだ。

自分達の行いが間違いではないと。

正しいことをしてきたのだと、証明されるのだ。

そうでなければ、今までなにをしてきたというのか?

「いいな。今のミナは、実にいい顔をしているぜ」

「茶化さないでください」

「本気だぜ? 俺は魔族でミナは人間だが、今のお前なら抱けそうだ」

「……一応、褒め言葉として受け取っておきます」

「くくく、神官だけあって初心なんだな」

楽しそうに笑うヴェルグに、ミナはわずかに頬を染めた。

その手の経験がまったくないため、こんな会話でも照れてしまうのだ。

不躾極まりない男だ。

リースの部下でなければ、魔法を叩き込んでいたかもしれない。

ただ……

「……不思議な感じですね」

なぜか、不快ではなかった。