作品タイトル不明
595話 傷の原因
「コンッ」
「シャアアアアアッ!」
クウは、どこかうれしそうに魔物に駆け寄るが……
魔物は歪な牙をむき出しにして唸り、威嚇する。
「だめ!」
ニーナはくるっと手を回して、亜空間に繋がる扉を開いた。
魔物に近づこうとするクウを回収して、胸に抱く。
「クゥ……」
「危ない、よ」
よほど魔物に会いたいのだろう。
クウはニーナの腕から逃れようと、じたばたともがく。
これほどの反応を見せるということは、やっぱりあの魔物は……
「グルァ!!」
「くっ」
魔物が飛びかかってきた。
思っていたよりも速い。
しかし、反応できないということはない。
回避をして、反撃することも可能だけど……
魔物とはいえ、クウの親。
傷つけることをためらい、回避するだけにした。
「グギギギ!」
「少し離れていてくださいね?」
魔物は再び突撃してくるが、今度はノキアさんが動いた。
亜空間に繋がる扉を開いて、離れたところに強制転移させる。
突然のことに魔物は驚いた様子だ。
こちらを警戒するように唸り、連続の突撃はやめたようだ。
「ありがとうございます、ノキアさん」
「いえ。それよりも、あの魔物は……」
「はい。クウの親だと思います。でも、魔物が動物を育てるなんてありえない。普通に考えて、魔物に変化してしまったと考えるべきだけど、どうして魔物になっているのか……」
動物が魔物に変化するなんて話、聞いたことがない。
魔物は、魔物という名前の種族だ。
種族間を超えた変異なんてあるわけがないし……
仮にそんな突然変異が起きたとしても、数世代かかるはず。
人間が最強種になるようなものだ。
原因は不明だけど、クウの親は魔物になってしまい……
そして、我が子を襲ってしまったのだろう。
クウの傷の原因は、そういうものだった。
いったい、なにが起きているんだ?
「ノキアさんは、なにか知りませんか?」
「いいえ、聞いたことはありません」
「そうですか……くそ、どうする?」
力は大したことないけど、だからといってクウの親を殺すなんて。
そんなことはしたくない。
でも、魔物になってしまった親を止めることができるのか?
元に戻すことができるのか?
迷い、動きが止まる。
「ガァッ!」
悩んでいると、再び魔物が突撃してきた。
ナルカミのワイヤーで拘束するか?
それとも、テイムに挑戦してみるか?
迷っていると、
「クウ! クゥ、クゥ……クウ!」
「グゥ……」
クウが何度も鳴いた。
その鳴き声に反応したかのように、魔物が足を止める。
「どう、したの……クウ?」
「クウ!」
ニーナの呼びかけに応えるように、クウはさらに高く鳴いた。
その鳴き声が拘束する力を発揮しているのだろうか?
魔物は悩むように足を止めて、こちらの様子をうかがう。
「レインさん、もしかしたらあの魔物は……」
「はい。完全に理性がなくなったわけじゃないかもしれない」
どうして、魔物になっているのか。
そこは不明だけど……でも、心まで完全に魔物となったわけじゃなさそうだ。
我が子の鳴き声に我を取り戻しつつある様子で、迷いを見せている。
「ニーナ! クウに、もっと呼びかけるように言ってくれ」
「ん……クウ、お母さんのこと……呼んで?」
「クウ!」
クウが何度も鳴いた。
その度に、魔物から殺意が薄れていく。
ただ、湧き上がる破壊衝動を完全に消すことはできないみたいだ。
理性と殺意の間で揺れるかのように、魔物は苦しそうにする。
「ダメか……」
完全に理性を取り戻させることは難しいようだ。
かといって、元に戻す方法もわからない。
拘束して里に連れていって、スズさん達の知恵を借りるか?
でも、勝手に魔物を連れて行くわけにはいかないか。
となれば、呼んでくる方が……
「グゥ……ウウウゥ……」
ふと、魔物が苦しそうにうめいた。
ゆっくりとこちらを見上げる。
その視線は、我が子であるクウに向けられていた。
愛しそうに。
大事な宝物を見るように。
その瞳は慈愛に満ちていた。
魔物の姿をしていても、まぎれもなく母親であった。
「グァ……」
ややあって、魔物はこちらを見た。
その瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
なにか懇願しているかのようだ。
いや。
実際に願っているのだろう。
「お前、もしかして……」
今のうちに殺してくれ。
魔物は、そう言っているのだろう。