作品タイトル不明
444話 おかえり
いてもたってもいられずに、イリスの手を握りしめた。
そして、強く叫ぶ。
「イリスッ!!!」
反応はない。
でも、言葉は止まらない。
勝手にあふれて、彼女のことを呼ぶ。
「こんなところで終わりにするなんて、約束が違うじゃないか!」
「……」
「今度会えたら、って約束をしたじゃないか。戻ってくるって、そう言ったじゃないか。それなのに、こんな結末なんて……ダメだ、そんなことは認めないからな!」
「……」
「だから、戻ってくるんだ! こっちへ戻ってこい!」
「……」
何度呼びかけても、イリスに反応はない。
その代わりに、握る手が冷たくなっていくような気がした。
エルフィンさんを見ると、とても難しい顔をしていた。
「おそらく、もう限界なのかと」
「そんな……」
「むしろ、これだけの傷を負いながらも、ここまで保った方が奇跡です。治療にあたっていた精霊族は、とても強い力を持っているのですね……」
もはや手の施しようがない。
そう言うような感じで、エルフィンさんが炎を止めた。
それに続いて、フィーニアも手を止めてしまう。
「残念ですが……もう、どうしようもありません」
「ご、ごめんなさい、レインさん。ワタシ、力になるって言ったのに、でも、なにもできなくて……うぅ」
「そんな……」
イリスの顔を見る。
「……」
やはりというか、なにも反応はない。
傷は綺麗に消えていたが、目を開けることは……ない。
「ダメ……だったのか?」
絶対に助けると、そう誓ったはずなのに。
なにがあろうと、どんな困難が待ち受けていようと、必ずそれを乗り越えてみせると……強い決意を抱いたはずなのに。
今、それらの思いがバラバラに砕けていく。
「くっ……」
イリスの手を握ったまま、俺は深くうなだれた。
彼女の顔を見ることができなくて……
でも、手を離すこともできなくて。
俺は……無力だ。
「レインさん……あの、その、ワタシ……ご、ごめんなさい」
「……フィーニアのせいじゃないさ。フィーニアもエルフィンさんも、わざわざこんなところまで来てくれて、力を貸してくれて……すごく感謝している」
誰のせいと決めるのならば、それは……俺のせいだ。
もっと早く行動していたら。
それ以前に、イリスを一人で偵察に行かせるべきじゃなかった。
疲れていようがなんだろうが、俺が一緒に行くべきだった。
そうすれば……
「人間」
ふと、エルフィンさんに呼ばれた。
顔を上げると、彼女は厳しいながらも、どこか優しさを含んだ顔をしていた。
「あなたはよくやりました。私は、あなたを認めましょう。だから……なにもかも、全部を自分一人で背負おうとするのはやめなさい」
「それは……」
「どうにもならないということは、あります。運命と呼ぶべきものでしょうか。それに対してまで責任を感じることは、おこがましいとすら言えるでしょう」
「……」
「言い換えるのならば、自分ならなんでもできると、そう考えているように捉えることもできます。ですが、実際にそのようなことはありません。最強種だろうが人間だろうが、一人にできることなんて、たかがしれているのです。時に、どうしようもないほどに無力なのです。私は……そのことをよく知っています」
「……エルフィンさん……」
「ですから、全てを一人で背負い込むことはやめなさい。辛さと苦しみを、仲間にも背負ってもらいなさい。あなたは……一人ではないのでしょう?」
「そう……ですね」
俺一人だとしたら、耐えられなかったかもしれない。
でも、みんながいる。
俺は、一人じゃないから……
「……いや」
一人じゃないのは、イリスも同じだ。
みんながいる。
そして、俺がいる。
復讐だけを考えていた頃と違い、今のイリスには、俺達がいるんだ。
それなのに、勝手に人生を諦めて、勝手に満足して逝こうとするなんて……
「なんか……よくよく考えたら、腹が立ってきた」
「え?」
やっぱり、そう簡単に諦められるものか。
というか、どれだけ絶望的な状況だとしても、最後の最後まで諦めてやるものか。
「イリスッ!!!」
今まで以上に強く大きな声で、彼女の名前を呼ぶ。
それと同時に、再び、強く手を握る。
「出会った時からずっと、人のことを振り回してきて……最後まで、俺の心にいたずらをするつもりなのか!? そんないたずら、絶対に許さないからな!」
「れ、レインさん……? そんな風にしたら……」
「……フィーニア。今は見守りましょう」
フィーニアが止めに入ろうとするが、そんな娘をエルフィンさんが止めた。
二人共、一歩後ろに下がり、俺の言葉を……
いや。
俺とイリスのやり取りを見守る。
「俺は、このまま終わりなんてこと、絶対に認めないからな! イリスがもういいや、なんて思っていたとしても、それは認めないからな! わがままって言われてもなんて言われても、そんなこと知るか!」
「……」
「イリスに生きていてほしいんだ! そのために、色々なことをしてきたんだ! だから、わがままくらい言わせてもらうからな!」
「……」
「生きろっ!!!」
ありったけの想いを込めて、叫ぶように言う。
諦めようとしているイリスの心に届くように、強く言う。
「ここで終わりなんていう運命は、俺は認めない! そんな運命、認めてたまるものか!」
「……」
「俺はわがままなんだ! 納得できない運命が待ち受けているとしたら、全部、全部、覆してやる! 叩き壊す! だから……」
「……」
「戻ってこい、イリスッ!!!」
訪れる沈黙。
イリスは目を閉じたまま、反応を見せない。
しかし……
ピクリと、イリスの指が動いた。
続けて、眉が小さく震えて……
そっと目を開く。
「……レインさま……」
「イリス!」
「……もぅ、うるさいですわ。そのように大きな声を出されると、とても眠っていられませんわ……」
「いいんだよ、それで……絶対に寝かせてやるものか」
「ふふっ……本当に、わがままな方」
「おかえり」
「……ただいま、ですわ」
イリスが笑う。
それは、花が咲いたような、とても綺麗な笑顔だった。