作品タイトル不明
386話 古い縁
「縁ですか?」
シグレさんは遠くを見ていた。
懐かしそうな、かつての思い出に浸るような顔をしている。
「レインとシフォンは、普通の人間じゃないんだろう?」
「えっ」
「どちらかが勇者なんだろう?」
「知っていたんですか!?」
ついつい大きな声を出してしまう。
でも、この反応は仕方ないだろう?
出会って間もない人に素性を見抜かれるなんて、今までになかったことだ。
呀狼族の観察力がとんでもなく優れているのか。
それとも、なにか別の要因があるのか。
どうして突き止めたのか、気になる。
そんな俺の考えを読んだかのように、シグレさんは笑いながら言う。
「あぁ、言っておくけれど、私ら呀狼族に心を読むスキルなんてないからね。ただ単に、私がちょっと変わっているだけなのさね」
「変わっている……ですか?」
「以前……ずっと昔に、勇者パーティーにいたことがあるのさ」
「えぇっ!?」
再び大きな声を出してしまう。
静かに、なんて感じの顔をされてしまうが……いや、でも、仕方ないだろう?
まさか、シグレさんが勇者パーティーに在籍していたなんて……
そんなこと、想像できるわけがない。
「勇者パーティーというと……いつ頃の?」
ぽんっ、とアリオスらが思い浮かんだけど、さすがにそれはないだろう。
そんな話聞いたことがないし、あんな連中だとすぐに愛想をつかされてしまう気がする。
「そうさねえ……簡単に思い出せないくらいの昔のことかね」
「そうなんですか……なんていうか、意外ですね」
「昔は、私ら呀狼族は人間と共にあったからね。その頃は、まだ愛想を尽かしていなかったのさ」
「なるほど」
「それで、私は勇者にパーティーに誘われて、一緒していたのさ」
「最強種がパーティーに加わるなんて、ありえるんですね……」
「レインが言うことじゃないだろう。たくさんの最強種を連れているのに」
「はは、それもそうですね」
ついつい笑ってしまう。
今更ではあるけど、俺のパーティーもかなり特殊なんだよな。
ティナ以外、みんな最強種で……
ティナも幽霊という、ちょっと変わった存在で……
他では聞いたことのないパーティーだ。
みんなのことは最強種というよりは、頼もしい仲間というイメージで見ているため、変わっているなどということを意識したことはあまりない。
「私は当時の勇者と一緒に旅をして、色々なことをしたものさ。勇者は人間にしておくにはもったいないくらい、よくできていてねえ……もしも同じ呀狼族だったら、絶対に惚れていたね。なんとしても相手になってもらおうと、ありとあらゆる努力をしただろうねえ……っと、すまないね。こんなババアの恋愛話なんてつまらないさね」
「いえ、とても興味深いです」
俺は今、カナデ達から告白されたような身だ。
シグレさんの話はとても参考になるし、もっともっと聞いておきたい。
ただ、今は恋愛話をしている場合でもないか。
本題に戻そう。
「勇者パーティーに参加していたから、俺達のことを?」
「そうさね。二人からは、あの時の勇者と同じ匂いがしたよ」
「匂いですか……」
ついつい腕を鼻の前にやり、スンスンと嗅いでしまう。
当然だけど、特になんの匂いもしない。
そんな俺を見て、シグレさんが楽しそうに笑う。
「そういう匂いじゃないさ。まあ、私の言い方も悪かったかね。匂いというよりは、呀狼族特有の感覚みたいなものさ。こいつは良い人間だ、こいつは悪い人間だ……そんな直感みたいなものさ。レインとシフォンからは、普通の人間じゃありえない匂いがしたからね」
「直感でわかってしまうんですか……すごいですね」
「懐かしい気配がした、っていう理由もあるさね。それで、どっちが勇者なんだい?」
「勇者は、シフォンです。俺もその資格はあるみたいですけど、断っているので」
「断ったのかい? なんでまた?」
「俺には、一冒険者の方が似合っているかな……と」
「変わった人間だねえ……勇者になれば、多くの富と名声が確約されたようなものなのに。まあ……だからこそ、サクラが懐いたのかもしれないね」
そう言うと、シグレさんは複雑な顔になる。
なんで、そんな顔をするんだろう?
「さて」
見間違いだったのかな? なんて思うくらいに、シグレさんはすぐに表情を普通のものに切り替えた。
何事もなかったかのように話を続ける。
「私がレイン達に親切にしているとしたら、そういう理由さね。わかったかい?」
「はい。色々と話してくれて、ありがとうございます」
「いやいや、レインも気になっていただろうからね。これくらいなら、答えるのはやぶさかじゃないさ」
「……」
「うん? その顔、まだなにか聞きたいことがあるのかい? まだ時間はあるだろうから、話してみるといいさね。まあ、なんでも答えられるとは限らないけどね」
「それじゃあ……今さっき、難しい顔をしていましたけど、それは?」
「えっと……」
「サクラに関することですか? サクラが俺達に懐いた、っていう話をした時に、表情が変わったので」
「……やれやれ。観察眼が鋭いのは、勇者譲りなのかねえ。それとも、レインだけの特有の能力なのか」
「すいません、話しづらいことなら別に……」
「いいさ。ちょうどいいから、聞いてもらおうか」
ちょいちょいと、シグレさんに手招きをされる。
そのまま里の外に出た。
どうやら、他に絶対に聞かれたくない内容らしい。
「私ら呀狼族は……というか、最強種は子供ができにくくてねえ。生命力が強い故に、子供も生まれにくいとかなんとか……以前、勇者パーティーにいた賢者がそんなことを言っていたけれど。とにかく。子供ができづらくて、中でも呀狼族は特に少ないのさ。今、幼生体はサクラだけなのさね」
「他に子供がいないんですか?」
「一番近くて、30歳差かね」
それは、果たして近いと言えるのだろうか?
人の基準で考えると、もはや親と子だ。
「そのせいか、サクラは人間のことを嫌ってはいない。私らとは違い、愛想を尽かしていないのさ。もっとも、日頃から口を酸っぱくして、人間には関わってはいけないと教えているから、誰にでも懐くというわけではないけどね」
そう言うと、シグレさんが少し厳しい顔になる。
圧すら感じてしまう。
初めてシグレさんから向けられる鋭い視線、わずかに気圧されてしまう。
「ただ、あの子は絶望を知らない。人間に裏切られた時の失望を知らない。警戒はしていたとしても、それ以上先にあることを考えられず、本物の痛みを知らない」
「それは……」
「サクラはレイン達に……いや、レインに懐いている。私にはわからない、あの子なりの基準があるのか、心を許している。だから、サクラを裏切るようなことはしないでおくれ。もしも裏切るようなことをすれば、その時は、私もどんなことをするかわからないさね」
「……わかりました。サクラを裏切るようなことは絶対にしないと、約束します」
シグレさんの言葉をしっかりと受け止めるように、心の中に深く刻み……
それから、しっかりと頷いてみせた。
「いい顔をしているね」
「え?」
「勇者の血を引くだけのことはあるさね。なにかあったとしても、サクラをきちんと託すことができそうだよ」
「それは……」
どういう意味ですか? と尋ねようとしたところで、タタタッと軽快な足音が近づいてきた。
振り返ると、尻尾を振るサクラの姿が。
「オンッ!」
「うわっ」
サクラはまっすぐこちらに駆けてきて、そのまま押し倒されてしまう。
ペロペロと顔中を舐められて、あちらこちらがべとべとに。
「どうしたんだい、サクラ?」
「ワフゥ」
「ああ、会議が終わったんだね。それで呼びに来てくれたのかい。ありがとうね」
「オンッ!」
「えっと……ありがとう、サクラ」
「クゥン」
シグレさんと一緒に頭を撫でてやると、サクラは甘えるような感じで鳴くのだった。