作品タイトル不明
349話 力になりたいと願うから
アルファさんはウソをつくような人には見えなかった。
だから、しばらくはなにも起きることなく、普通に過ごすことができるだろう。
そう判断した俺達は、焦ることなく、まずは話をすることにした。
宿に戻ればカナデ達がいるだろうから、落ち着いて話をすることはできない。
なので、街にある公園に移動した。
「公園などはなにも変わっていないのですね。綺麗なままですわ」
「……」
「なんですか? その、意外だ、というような顔は。わたくしにも、自然を慈しむ心はありますわ。嫌いなのは、人間だけです」
「えっと……ごめん。ちょっと偏見が入ってたかも」
「まあ、仕方ありませんわね。レインさまの前では、色々なところを見せてきたので」
「……今も人が憎いか?」
「憎いですわ」
きっぱりと答えながらも、不思議と、イリスからは憎悪や殺意の類は感じられなかった。
以前は、触れたら切れてしまいそうな、鋭い気配を放っていたのだけど……
今はそんなことはない。
とても冷静で落ち着いていた。
「あれから、なにかあったのか?」
「わたくしの変化に驚いているようですが……わたくしをこうさせたのは、レインさまなのですよ?」
「俺が?」
「あなたとの出会い、あなたとの語らい、あなたとの戦い……それらがわたくしの心の在り方を変えたのです。そのことについては、まあ……悪くない気分ですわ」
「……イリス……」
「……あっ」
イリスがハッとしたような顔になる。
なにを自分語りをしているのだろう?
そんな感じで顔を赤くして照れる。
「わ、わたくしの話でしたわね」
それから、イリスの話を聞いた。
あれから、なにが起きたのか?
どんなことをしてきたのか?
幸いというべきか、時間はある。
それらの話をゆっくりと聞いた。
「……と、いうわけですわ」
「そっか、そんなことがイリスに……」
魔族に助けられて、勧誘されて、いくつか仕事をして……
今まで知らなかったイリスの空白の時間を知り、なんともいえない気持ちになる。
イリスが生きていたことはうれしい。
ただ、魔族に助けられていたなんて……
しかも、勧誘をされている。
イリスは、魔族に協力するのだろうか?
もしそうだとしたら、また敵対してしまうのだろうか?
「イリスは……」
「しませんわ」
「え?」
「魔族に協力するのかどうか、ということを聞きたいのでしょう?」
「……もしかして、俺、また顔に出ていたか?」
「ええ、ものすごく。ふふっ」
イリスは楽しそうに笑う。
本当に楽しそうな顔をするものだから、こちらの緊張も消えてしまう。
「わたくしを助けた魔族には恩がありますが、でも、協力はいたしません」
「それはなんで? イリスの立場からすると、協力しても問題はなさそうなんだけど……あ、いや。もちろん、協力してほしいわけじゃないが」
「そうですわね……確かに、レインさまの言う通りですわ。今も、人間が憎いということに変わりありません。魔族の目的は人間を滅ぼすことであり……その点では、目的は一致していると言えるでしょう。しかし……」
「しかし?」
「……そうした場合は、再びレインさまと争うことになってしまうではありませんか。それはイヤなので」
イリスらしい、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、そう言う。
「そっか……よかった。俺も、イリスとまた戦うのはイヤなんだ」
「それは、わたくしが強いから?」
「自分で言うか、それ」
「ふふっ、事実ですから」
「まったく……」
イリスが笑い、つられるように俺も笑う。
こうしていると、不意に、涙が出てきそうになった。
またイリスと話ができるなんて。
笑い合うことができるなんて。
少し大げさかもしれないが、夢のようだ、と思う。
それくらいに、イリスを助けられなかったことは、俺に大きな影響を与えていた。
「色々なことを話してくれたっていうことは、もう魔族に従うつもりはないんだよな?」
「ええ、そうですわ。彼女に恩はありますが、だからといって、わたくしの全てを売り渡すつもりはありませんから。わたくしがどうするかは、わたくし自身が決めること」
「そっか、よかった……でも、それなら、これからどうするんだ? 今、巻き込まれているこの事件を解決したとして、その後のことを聞いているんだけど……」
「……どういたしましょうか?」
困った、というような感じで、イリスは頬に手を当てて首を傾けた。
演技とは思えない。
これからのことをどうするか、本気で決めかねているみたいだ。
いや。
決めかねているというよりは、なにも考えていない?
「わたくしの生きる目的は復讐が全てでした。しかし、今は無意味に人間を殺すつもりはありません。そうなると、なにも残らなくて、空っぽですわ」
「それは……でも、言い換えれば、なにをしてもいい、なんでもできるっていうことじゃないか?」
「そうですわね、その通りですわ。ただ……いざ、そうして自由を与えられると、どうしていいかわからないのも、また事実なのですわ。情けないことに、一人ではどうしたらいいかわかりませんの」
そう言うイリスは、迷子の子供のようだった。
一人ではどうしたらいいかわからず、ただただ不安そうにする。
道標がないと動くことができなくて、同じ道を行ったり来たりしてしまう。
今のイリスを一人にするわけにはいかない。
そんな強い気持ちが湧き上がる。
誰かが傍にいてあげないといけない。
誰かが手を引いてあげないといけない。
今度こそ、間違えないために。
その役が求められるというのならば……
「俺と一緒に来ないか?」
自然とそんな言葉が出ていた。
イリスがキョトンとする。
「え?」
「俺達と一緒に旅をしよう。冒険者になろう。どうだ? きっと楽しいと思うよ」
「ですが、それは……」
「イヤか?」
「いいえ、いいえ! まさか、そのようなことは!」
「なら、この事件を解決したら、一緒に行こう。俺のパーティーに加わってほしい」
彼女と一緒にいたいと、そう強く思う。
「ですが……わたくしは、多数の人間を殺していますわ。この手は血に汚れています。そんなわたくしが、レインさまのような方と一緒にいるわけには……」
「いいよ。俺は気にしない」
「え……いえ、しかし……そんなあっさりと……」
「確かに、イリスは罪を犯した。たぶん、償えることじゃないと思う。でもさ、まだ生きているんだ。前に歩いていくことができるんだ。だから……その道を一緒にしたとしても、いいんじゃないか? 罪を犯した人は一人でいなければならない、なんてことはないんだから」
「ですが、レインさま達に迷惑が……」
「そうだな、なにかあるかもしれない。でも、なにかあったとしても、俺は、イリスと一緒にいる道を選びたいんだ。俺が、そうしたいんだ」
「……わがままなのですね、レインさまは」
イリスが小さく笑う。
それは、年相応の女の子の笑顔だった。
「……返事は保留にしてもいいですか? もう少し、考えさせてください」
「わかった。無理強いはしないし、急かすつもりもないよ。ゆっくりと考えてくれ」
「はい、ありがとうございます」