作品タイトル不明
229話 マラソン
大地の楔は、横3キロ、縦2キロ。
地下も含めると、上下幅が100メートル近くある巨大な遺跡だ。
第一の試験は単純明快に、遺跡の周囲をぐるぐると走るだけ。
ただし、何周すればゴールなのか、ということは明示されていない。
さらに、最後尾を試験官が走る。
セルとは別の試験官だ。
最後尾を走る試験官は少しずつ速度を上げていくらしく……
抜かされると失格。
その時点で落第となる。
つまり、一定のペースで、試験官に抜かされないように走り続けないといけないというわけだ。
ゴールが見えることはなくて、しかも、常に追われるという心理的圧迫感。
体力を試されるだけではなくて、心の強さも試される。
なかなかに難しい試験になりそうだ。
……開始前は、そんなことを思っていた。
――――――――――
「ふふーんっ、私の方が速いね!」
「あたしはまだ余力を残しているわ。ペース配分っていうものがあるのよ」
試験が開始されて……
カナデとタニアが先頭を走っていた。
最後尾を走る試験官に抜かれなければいいのだから、競い合う必要はないのだけど……
闘争本能が刺激されているのか、二人共、バチバチと火花を散らしながら走っている。
速度がどんどん上がり、その背中が遠ざかっていく。
そのうち、本気で走り出すのでは……?
まあ、カナデもタニアも体力はあるから、バテて試験官に抜かれる、なんて心配はしていない。
ただ……
「おっ、おおおぉ……た、タニアよ。もう少しゆっくりと……上下の揺れが激しくて……うぷっ」
「か、カナデ……? ソラはあまり激しくされると、色々と大変なことになってしまいそうで……」
二人におんぶされているルナとソラが、顔を青くしていた。
このマラソン、どんな方法を使ってもいいというルールだ。
魔法を使ってもいいし、特殊能力を駆使してもいい。
試験官に抜かされなければそれでいい。
ソラとルナは体力がないので、カナデとタニアにおんぶしてもらうことにした。
カナデとタニアは体力が有り余っているので、それくらいハンデにもならない。
事実、カナデとタニアはトップを爆走し続けていた。
競い合うほどに元気だった。
ただ、あまりに元気すぎた。
激しく走るものだから、背中の二人はぐらぐらと揺さぶられて……
「おおぅ……わ、我はもう限界だぞ……やばい、マジやばいのだ」
「ルナ……ソラ達はもうダメなのですか? これ以上は……あううう」
二人は完全に酔っていて、魂が抜けたような顔になっていた。
そんな二人に気がつくことなく、カナデとタニアの競争は激しくなっていく。
勢いが衰えることはなく、むしろ、さらに加速していく。
トップを爆走しているというのに、まだ余力を残していたというのか?
二人共とんでもないな。
「うにゃー、タニアやるね」
「カナデこそ」
「ふふんっ、それでこそ私のライバルだよ。戦い甲斐があるっていうものだよ」
「そろそろ、あたしの本気、見せちゃおうかしら?」
「この勝負、私が勝ってみせるからね! 本気でいくよっ」
「そのセリフはあたしのものよ! フルパワーでいくわ!」
「「やめてえええええぇーーーーー!!!?」」
カナデとタニアがトップギアに入り、ぐんぐんその背中が遠くなる。
ソラとルナの悲鳴が重なり、ドップラー効果となって消えた。
……おんぶなんて、言わなければよかったかもしれない。
魔法もありだから、ソラとルナには空を飛んでもらえばよかったかもしれないな。
二人共無事でありますように。
ついついそんなことを祈ってしまう。
「あの、ね……レイン」
「うん?」
ぽんぽん、と肩を叩かれた。
ニーナだ。
ニーナは俺がおんぶしていた。
ソラとルナに比べると体力はあるのだけど、それでもまだ子供だ。
無理はさせられないと、俺がおんぶすることになった。
ちなみに、ティナはニーナの頭の上に座っている。
俺がニーナをおんぶして、ティナはニーナの頭の上に座り……
なんだか、親子亀的な構図になっていた。
「わたし……重く、ない?」
肩越しに背中を見ると、もじもじとしたニーナが。
どことなく申し訳なさそうな顔をしている。
「ぜんぜん重くないぞ。むしろ、軽いくらいだ。しっかりと食べているか?」
「え……あ、うん。食べているよ。ルナの作るごはん……おいしいから、好き」
「それはよかった」
それにしても、ニーナって軽いよな。
羽みたいで、ほとんど重さを感じない。
子供って、みんなこんな感じなのかな?
「しっかりと食べて、もっと大きくなるんだぞ」
「えと……それは、その……あう」
なぜか、ニーナが困った顔になる。
「あかんで、レインの旦那」
「うん? 俺、なにかやらかしたか?」
「おもいきりな。女の子に大きくなれなんて、そんなこと言うもんじゃないで。気にする子は気にするからな。というか、女の子なら誰もが気にするようなことや」
「あ、そういう」
たぶん、体重のことを言いたいのだろう。
俺としては、元気にすくすく育ってほしい、と言ったつもりなのだけど……
体重のことを言われたと捉えられても仕方ないか。
「ごめん、ニーナ。そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、たくさん食べて元気でいてほしい、っていうつもりで……」
「う、うん……大丈夫、だよ。レインの気持ち、わかっているつもりだから……」
「そっか、ありがとな」
「んー、ニーナはかわええなあ。そんな健気なことを言うなんて、なかなかできへんで」
「えへへ……褒められ、ちゃった」
てれてれとニーナが照れる。
「でも……私、本当に重くない……? 大丈夫?」
「大丈夫だって。全然大したことないさ」
「よかった……」
「むしろ、ティナの方が重いかもな」
「ひどっ!? なんで急にウチに矛先が向くんや!?」
「ごめんごめん。つい」
「まったく。レインの旦那やなかったら、セクハラで訴えてるところやで」
「悪かったよ。お詫びに、なんでもいうことをきくから」
「ほほー、それはええことを聞いたで。なにをしてもらおうかな? な、ニーナ。なにがええと思う?」
「えっと……なでなで?」
「なんでニーナに聞くんだよ?」
「ふふん。ウチとニーナは一蓮托生や。ウチの願いはニーナの願い!」
「それ、使い所を間違っているからな?」
試験中とは思えないくらい、わいわいとしゃべり続ける。
これが耐久レースということを考えたら、無駄な体力は消耗しない方がいいんだけど……
でも、まだまだ余裕はあった。
今のところ、体力を一割消費したという感じか?
いざとなれば『ブースト』で身体能力を強化すればいいし、まだまだ走り続けることは可能だ。
それに……
みんなとこうして話をしている方が、逆に力が湧いてくる。
一人で走るよりは、みんなと一緒の方が楽しいからな。
自然と心に余裕ができて、リラックスして走ることができた。
落ち着いたペースで走ることができて、無駄に体力を持っていかれることがない。
「さて、がんばろうか」
「がんばれ、レインの旦那! ウチらがついてるで」
「がんばって、ね? 応援……しているよ」
「ああ!」
二人の応援があれば、いくらでも走ることができそうだ。
俺は気合を入れ直して、走る速度を少し上げた。
――――――――――
最後尾を走る試験官は、速度を少し上げた。
新たに一人、抜き去る。
「これで8人失格か」
試験を開始して1時間が経過した。
それなりのペースで走り続けているのだけど、未だ、落第者は10名以下だ。
例年なら、20人くらいは脱落しているのが常だ。
今年の受験生は豊作かもしれない。
……いや。
豊作を越えて、異常事態かもしれない。
「にゃあああ、抜かされた!?」
「ふふんっ、あたしに敵うと思わないことね!」
試験官の隣を、ものすごい勢いで駆けていく二人組が見えた。
試験官が周回遅れになっていた。
異常事態はそれだけではなくて……
前を見ると、狐耳の少女をおんぶした青年が、談笑しながら走っている。
真面目に取り組め、と思い、試験官は速度を上げるが……
なぜか一向に追いつくことができない。
こちらが速度を上げれば、向こうも速度を上げて……
食らいつこうとしても、スルスルっと逃げられてしまう。
しかも、そんなことを談笑しながら、あっさりとやってのけている。
「今年の受験生は、いったいどうなっているんだ……?」