作品タイトル不明
997話 ラストバトル・その9
「……このような感情は久しいな。本当に久しぶりだ……まさか、この俺が、また人間を好ましく思うなんて」
「え?」
「俺は、レインならば認めていた。数多の最強種と心を通わせて、契約を果たして……そして、世界の悪となるものを打ち倒してきた。英雄と呼ぶにふさわしい。人間ではあるものの、俺の嫌う人間ではない。好ましいとさえ思う」
「……」
「それは、レインだけに限られるかと思ったが……そうではないようだな」
ラインハルトがシフォンとユウキを見た。
「勇者と王子……お前達もまた、人間だ。その力と心は、俺が思っていた以上のものだった。そして、エーデルワイス……魔王であるお前もまた、人間と肩を並べている。そのような光景が見られるなんて、思ってもいなかった。共に戦うなんて、夢物語でしかないと……いや。それ以上に、語るに愚かなことだと思っていた。しかし今、それが現実になっている……お前達の力なのだろうな」
またしても驚きの展開だ。
ラインハルトのそのセリフは、俺達を認めるようなもので……
これは、大きな前進では?
人間全体を認めてくれたわけじゃない。
でも、この一歩をとっかかりにしていけば、あるいは……?
「なら、止めるわけには……?」
「それはないな」
即答だ。
断言だ。
ここに迷いは欠片もない。
「俺は、俺の為すべきことを為す。長い年月をかけて培われてきたこの信念が、今更、揺らぐことはない」
「あなたは……どうして、そこまで!!!」
思わず叫ぶ。
叫ばずにはいられなかった。
「今、認めてくれたじゃないか! 一部かもしれないけど、人間を認めてくれたじゃないか! それができるのなら、その先に進むことだってできるだろう!? こうして争わない未来を作ることだって、できるかもしれないじゃないか!」
「……そうだな、その通りだ」
意外というか、ラインハルトは俺の言葉を受け入れた。
なんだ?
彼の感情が揺らいでいるというか、やや不安定に見えるのだけど……
「人間は愚かで……でも、綺麗な存在だ。その全てが悪ではない。お前達のような善もいる」
「それを理解しているのなら、どうして……!?」
「この星に人間は必要ない、そう決めたからだ」
「あなた一人の考えで、全ての人間が滅ぼされてたまるものか!」
「俺は、俺を正しいとは思わない。ただ、これが使命と感じているだけだ」
「そんな使命はいらない! 必要ない!」
俺達は……人間は酷いことをする。
どうしようもない、取り返しのつかないことをする。
でも、それだけじゃない。
それだけじゃないはずなんだ……そのことを、ラインハルトも理解しているはずなんだ。
俺は、ラインハルトに手を差し出した。
「なんのつもりだ?」
「やり直そう、ここから」
「俺の言葉を聞いていたのか?」
「もちろん。その上で、一緒にやり直そうと誘っているんだ。あなたなりの信念があるように、俺は、こうすることが一番だと信じているから」
「……」
「あなたは、人間に絶望したのかもしれないけど……でも、それだけじゃないって、今、認めただろう? なら、ゆっくりとでもプラスの方向に歩いていくことができるはずだ。導いていくことができるはずだ。壊すことは簡単だ。でも、そんな楽をしないで、一緒に作っていこう……これからの未来を」
差し出された手を見て、ラインハルトは……
「……それも悪くないのだろうな」
一瞬。
ほんの一瞬だけ笑みを見せた。
ただ、それはすぐに消えてしまう。
「……白状しよう」
ラインハルトの表情から笑みが消える。
それだけではなくて、多くの感情が消えていく。
最後に残された感情は……
怒りだ。
「世界のため、というのは建前だ。俺は、俺の中にある醜い感情を隠していた。自分をごまかすために、良心を消すために、大義名分を掲げていた。そうすることで心のバランスを保っていた」
「なにを……」
「だが、もういい……もう、これ以上は……」
ラインハルトは笑う。
ただ、それは酷く空虚で……
なんの感情も見えてこない、からっぽの笑顔だ。
「ただただ……許せない」
そのつぶやきは、黒く黒く黒く……
深い闇の感情で塗りつぶされていた。
「彼女は、最後の最後まで人間を心配していた。愛していた。しかし……俺は違う。人間が憎い」
「あなたは……」
「人間が愚かなことを続けたせいで、彼女は死んだ。人間に殺されたようなものだ……憎い」
ラインハルトは、いつも冷静だった。
初めて顔を合わせた時も。
アルトリウスと共闘した時も。
エーデルワイスを前にした時も。
彼は感情を乱すことはなくて、己のやるべきことを淡々とこなしていた。
でも……
今は違う。
ハッキリとした感情を表に出していた。
怒り。
思わず背中が震えてしまいそうなほどに強烈だ。
ラインハルトは、こんな感情を抱えていたのか。
これが彼の本心なのか。
何度も何度も言葉を届けることで、彼の心に触れることができたのだろう。
ただ、分かり合うことができたのではなくて……
逆だ。
決定的な断絶。
ずっと隠しておきたかったであろう、本心を曝け出すこととなった。
「なぜ、彼女が死ななければいけない? ……人間の方が死ねばよかったのに」