作品タイトル不明
第16話 ゴブリン集落の攻防
悲鳴を聞いて即座に飛び出したライオネルに続いたのはアレンだけではなく、少し遅れたもののナジームとピートも同様だった。
しかし飛び出した瞬間に目に入ってきた明らかに異常なその光景に二人の足は止まってしまった。
なにせ数十人の冒険者らしき者がいるのにもかかわらず包囲したゴブリンの集落を襲うでもなくただ周りに立っているのだ。
身に危険が迫っていることが明らかな女性がいるのに。
まるでゴブリンの集落を守っているかのような、女性が襲われるのを望んでいるかのようなその態度は、彼らがただの冒険者ではないことを明確に示していた。
集落の中に入ればゴブリンたちに襲われるだけでなく、周囲にいるその者たちにも襲われる可能性を瞬時に考えてしまい、それが二人の足を止めたのだ。
しかし視線の先にはライオネルが一切躊躇することなく女性のもとへと突き進んでいく姿があった。それを守るのは……
「俺たちの役目だろ。行くぞ!」
「ああ」
ナジームがピートの背中を叩いて気合を入れ、そしてアレンの後に続くべく足を踏み出す。
完璧ではないとはいえライオネルの剣を避けたほどの実力者たちに囲まれる集落の中は死地としか言いようがないが、そこにライオネルがいるのであれば自分たちの居場所はその場所なのだ、とそんな覚悟をもって。
そしてそれはピートも同様だった。
しかしほんの少しの間とはいえ立ち止まってしまった代償は大きかった。付近にいたらしき三人の男がナジームとピートの前に立ちふさがったのだ。
ナジームは多少怪我を負ったとしてもライオネルに追いつくことを優先して切り抜けようと剣を構え、そして相手の得物を見て声を上げた。
「ピート、下がれ!」
そして自身も立ち止まり、飛んできた二本のナイフを剣ではじき、剣ではカバーできなかった一本については体を反らして避けてみせた。
剣にはじかれ、ぽとりと地面に落ちたそのナイフの刃部分は緑に変色しており、明らかになんらかの細工がされていることは明らかだった。
「毒かな。普段から塗ると武器の傷みが激しくなるはずなんだけどね」
「厄介だな。しかもこいつら銀級程度の実力はありそうだぞ」
地面に落ちたナイフを見たピートが呟くように言ったその言葉に、ナジームが歯噛みしながら慎重に三人と相対する。
先ほどのナイフ投げにしてもまるで打ち合わせでもしていたかのようにタイミングと場所がずれており、おそらく本命だった一本に関してはどうやっても剣では防げなかったのだ。
そのことだけでも目の前の相手の実力の高さをナジームは見抜いていた。
そして三人ならまだどうにかなるかもしれないが、時間が経過し他の者も集まってくれば自分たちの手に余ると二人は冷静に判断する。
今ここには、遠距離から援護してくれる魔法使いのパーシーも、怪我をした時に回復してくれる神官のトリンもいないのだから。
しかしそれでも退くという選択肢はナジームとピートにはなかった。
そんな時だった。前方を行くアレンの声が聞こえてきたのは。
「イセリア、いるのはわかってる。ナジームたちをフォローしろ! つけたのはそれでチャラにしてやる!」
その言葉に反応したかのように大きな岩の向こうから駆けてくる音が近づいてくる。
そして岩を飛び越えるようにしてナジームとピートの背後に降り立ったのは、アレンに名前を呼ばれた金級冒険者であるイセリアだった。
「すみません。どういう状況かいまいちわかりませんが援護しますので指示を」
「わかった。とりあえず魔法でけん制を頼むよ。ナジーム、少し下がれ!」
「しかし、ライが……」
「ナジーム!」
「あぁ、もう。わかったよ!」
近づいてきたイセリアへと指示を出したピートが、前方で三人の男たちと対峙しているナジームへ下がるように伝える。
視線をチラッとライオネルの方へと向け、迷いを見せるナジームの名を有無を言わせぬような迫力でピートが再び呼ぶ。
そして若干ヤケになったような声をあげながら、自分を避けるようにして三人の男たちのもとへと飛んでいく魔法の中をナジームは下がった。
「どうすんだよ!」
イセリアの魔法によって相手が足止めされているのを確認しつつ、ナジームがピートに声をかける。
ピートは自らの弓を構え、それに矢をつがえて放ちながらそれに答えた。
「こっちに攻撃がこないための壁役をしてくれ。なにを使ってくるかわからない現状では、遠距離から削るべきだ」
「だが、ライとアレンが孤立してんだぞ。それでもいいって……」
そこまで言って振り返り、ピートのあごを伝う赤い血に気づきナジームが言葉を止める。ギリッと噛みしめられたその口元の上、鼻の穴から流れ出た血がそこまで伝っていたのだ。そのことがなによりもピートの気持ちを表していた。
本当であれば自分が飛び出したい、そんな気持ちを抑えてナジームへ下がれと指示を出したことを察し、ナジームは心の中で後で謝ろうと誓い、そしてそんな気持ちを表に出すことなくニヤリとした笑みを浮かべてピートを見た。
「そうだな。ライとアレンなら大丈夫だ。俺たちを救ってくれたときのように、きっと今回も!」
「そうだね。ちょっとアレンが心配だけど」
「木級だしな!」
そう言ってガハハと笑い、迷いを吹っ切ったナジームが敵と相対して注意深くその動きを監視する。ピートとイセリアへと敵を近寄らせないように、位置を調整しながら。
流れるような仕草で次々に矢を放つピートの横で、イセリアはそんな二人のやりとりを眺めながら微笑み、そして聞こえないように小さな声で呟く。
「アレンさんがいるからきっと大丈夫です。色々な意味で強い人ですから」
そうしてイセリアはピートの弓と魔法をどう組み合わせたら最も効果的か、そんな風に考えたりしながら、アレンに任された役目を全うすべく戦いに全力を注いでいくのだった。
集落の中央、ライオネルが切り開いた道を抜けるように後を追ったアレンが、そこで女性を縛っていた縄を切っているライオネルの背後へとたどり着く。そしてくるりと身を翻すと背後に迫っていたゴブリンたちへと剣を一閃した。
空気でも裂くかのように抵抗を感じさせない速度で振るわれたその剣により、3体のゴブリンが緑の血を噴き上げながら倒れる。
そのことで少しの間が生まれたが、アレンの目には次々と集まってくるゴブリンの姿が映っていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
背後で心の底からの感謝を伝える女性の声を聞きながら、アレンはゴブリンたちに剣を振るい時間を稼ぐ。
女性を連れてナジームたちと合流するのが最も良いとライオネルもわかっているだろうと考えていたのだが、一向に動き出そうとしないライオネルの様子にキッっと背後へと鋭い視線を一瞬だけ飛ばす。
そこでは女性に抱きつかれた姿勢のまま身動きしないライオネルの姿があった。蹴り飛ばしてやろうかとちょっと本気で考えたアレンだったが、その女性の顔を見て一瞬呆ける。
「リサナノーラ? いや、似てるが雰囲気が……」
「危ない!」
そのエルフの女性の発した警告の言葉にアレンが直感に従い体を横にずらす。
先ほどまでアレンがいた位置に金属の剣が振り下ろされ、風切り音がアレンの耳へと届いた。反射的にその方向を蹴りつけたアレンの足に、普通のゴブリンとは違う重く硬い感触が響く。
「ちっ、ここで大物かよ。面倒な」
アレンは目の前のモンスターを見ながら愚痴を吐く。
姿形はゴブリンにそっくりであり、混戦ともなれば見分けることは難しかっただろうが、他のゴブリンが取り囲むように控えている今の状況ではその圧、そして明らかな知性を感じさせる瞳の違いを見分けるのは容易かった。
それはゴブリンジェネラル。鉄級の冒険者であればその名前だけで逃げる者も出かねないほどのモンスターだった。
むろん現在のアレンにとって脅威となるようなモンスターではない。しかし木級冒険者であるただのアレンにとっては少し荷が重過ぎる相手なのだ。
アレンは小さく息を吐き、そしてチラッと背後のライオネルへと視線をやる。そして……
「呆けてんじゃねえよ。惚れた女を襲った奴らだ。男気を見せやがれ、この馬鹿ライが!」
そんな言葉を投げかけたアレンに向けて、その隙を見逃さなかったゴブリンジェネラルの刃が迫る。
視線を戻し、それを眺めながらもアレンは身動きしなかった。
ゴブリンジェネラルの顔が醜悪に歪む。アレンがその刃に倒れる、そんな未来を確信して。
キンッ。
アレンがその剣の風圧を感じるほどの距離で、ゴブリンジェネラルの剣が止まる。それを成したのはアレンの横に立ち、自らの剣でそれを受け止めたライオネルだった。