軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 ドゥル山脈越えの始まり

ギルド証入れを首にかけ、アレンは宿を出て散策を始める。日の出と共に動き出している村人ももちろんいるのだが、それにしても宿で朝食が提供される時間にはまだまだ早すぎたからだ。

のどかな風景を眺めながら歩いていると、村の端の方から風を切るような音が聞こえ興味を引かれてそちらへとアレンが歩を進める。

しばらく歩いた先でアレンが目にしたのは、一心不乱に剣を振るうライオネルの姿だった。

今日も護衛依頼があることからも全力ではなく、動きの確認といった程度の速さではあるのだがそれでも金級冒険者であり、高レベルのライオネルが振るう剣は常人には捉えられないほどの速度だ。

兵士のように決まった型を繰り返すのではなく、ライオネルは流れを意識して斬り、払い、そして突くといった連続した攻撃を行っていた。

その姿を物陰から眺めながらアレンは少しだけ笑みを浮かべる。

その動きの中に昔、自分が教えた型が含まれていることに、そして勇者の卵のリーダーが振るっていた剣の型が含まれていることに気づいたからだ。

動き続けるライオネルの姿をアレンは眺め続ける。ライオネルが冒険者として過ごしてきた今までの人生が凝縮されたようなその動きを。

しばらくして動きを止めて宿へと戻っていくライオネルから身を隠し、それを見送ったアレンは空を見上げて大きく息を吐いた。

その顔にはどこか後悔のようなものが感じられた。

「なんでこんなにこじれちまったんだろうなぁ」

「ライオネルさんとの関係のことでしょうか?」

「なっ!?」

背後からかけられた声に驚いてアレンが振り向くと、そこにはいたずらが成功した子供のように無邪気に笑うイセリアの姿があった。

アレン自身、ライオネルの姿に意識が集中していたという自覚はあった。しかしそれでも周囲がまるで見えなくなるようなことはしていなかったはずなのに、イセリアの気配には全く気づかなかったのだ。

驚きを隠しきれないアレンに向けて、イセリアが自慢げに胸を張って笑みを浮かべる。

「教えていただいた斥候の気配の消し方を実践してみました。なかなかうまくいったようですね」

「いや、こういうことをするために教えたんじゃねえんだけどな」

確かに成果は出ているな、と内心では思いつつもアレンは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。

そしてくるりと背を向けて宿に向けて歩き始め、その横にイセリアも並んだ。

「それで、ライオネルさんとの関係のことなのですが……」

「いや、続けるのかよ」

呆れた目で見つめるアレンに対して、先ほどアレンがしたのを真似るかのような仕草でイセリアが肩をすくめる。

あっ、これってけっこうイラッてするもんだなと思いながら、アレンは面倒くさそうに大きく息を吐いた。

「黙秘する」

「なぜでしょうか? ライオネルさんの話はライラックでよく聞きましたが、悪い噂などはほとんどありませんでした。実力もあり、強い正義感を持った良い冒険者と言う印象です。一方でアレンさんについても、新人に近い冒険者の一部からは悪い噂を聞きましたが、ベテランの方や中堅の方などからの評判は良いものばかりでした」

「あー、俺の悪い噂か。出所は大体予想がつくな」

イセリアの話を聞き、アレンが苦笑する。

おそらくその出所はライオネルだ。しかし本人が意図的にその噂を広めているというわけではなく、ライオネルがアレンに絡む様子を見たその冒険者たちが、尊敬するライオネルの言葉を純粋に信じてしまったのだろうとアレンには予想がついていた。

これまでにもそういったことは何度もあり、それは放置しておけばそのうちに立ち消えるものだとアレンは経験上知っているのでそこまで気にしていないが。

「私自身あまり他の冒険者の方と深く関わらないようにしていますし、アレンさん自身が話されていないことを勝手に調べるのもどうかと思い聞きませんでしたが、ベテランの方はなにか事情を知っているような感じでした」

「まあそうだろうな。当時から冒険者をしている奴なら皆知っているだろうし」

「なら……」

「でもそれとこれとは話が別だ。俺の口からそのことに関して話すつもりはない。それでも知りたけりゃあ誰かに聞くんだな」

少し突き放したような言葉でイセリアの質問への回答をアレンが拒否する。

その言葉になにか言いたそうな複雑な顔でしばしイセリアはアレンを見返し、そしてぐっと歯を食いしばってから顔をうつむかせた。

「申し訳ありません。人の過去にずかずかと入るような無作法な真似をしてしまって」

そのイセリアの明らかに落ち込んだ姿と少しかすれたような声に、アレンが大きく息を吐く。

それにビクッと体を震わせたイセリアの頭をアレンは優しく撫でた。その姿がどこか大失敗してしまった時のレベッカの姿を思わせ、思わず手が出てしまっていたのだ。

少し驚きながら顔を上げたイセリアに、アレンが優しく微笑む。

「気にすんな。俺とあいつの生き方が違った、ただそれだけのことだ。まっ、それ以上は言わねえが、少なくとも憎しみあっているようなことはねえよ。うぜえ、とは思うけどな」

「……はい」

「じゃ、飯でも食いに行こうぜ。今日からまた旅が始まるんだし」

「はい!」

元気に返事をしたイセリアに、ニッと笑みを返してアレンがその頭をポンポンと叩いて宿に向かって歩き始める。

少しの間立ち止まり、そして自分の頭を軽く触ったイセリアは幸せそうな笑顔を浮かべて先を行くアレンの広い背中を見つめた。

父親がいればこんな感じだったんだろうか、と10しか年の離れていないはずのアレンに対して若干失礼なことを考えながら笑い、そしてイセリアはその背を追うべく早足で歩き始めた。

朝食を食べ、準備を整えたアレンたちはふもとの街を出発した。

いつもであれば馬車の内部に座り、ギデオンとイセリアと共に議論を交わすアレンであったが、今日はそれを断って御者のそばに座って警戒することにしていた。

ギデオンは若干渋ったのだが、少なくとも山越えの間は護衛の仕事を優先すると言い切ったアレンの言葉に反対はしなかった。アレンがいなくなったとしても議論相手としてイセリアがいるという理由もあったのかもしれないが。

モンスターなどに襲われる危険が高いということを抜きにしても、ドゥル山脈を縫う道はそれなりに険しく、舗装の手が行き届かずにえぐれているような場所もあったりする難所だ。

現に前を進む『ライオネル』の馬車はガタゴトと車体を揺らしている。

アレン自身、そういった情報を商人ギルドで手に入れており、確かにその場所が情報どおりであることに気づいていたが、御者の男はそんなことは百も承知とばかりに巧みに馬車を操って回避していた。

「さすがだな」

「いえ、このくらい誰にでもできることです」

アレンに褒められた御者の男が少し照れた顔で謙遜する。もちろんアレンはその言葉の通りに受け取ったりはしていなかった。

そもそも御者はギデオンが雇っているのだ。その報酬金額がいくらなのかアレンは知らないが、馬車と合わせてかなりの金額であろうことは予想がついた。

大金を持ち、それを使うことに躊躇しないギデオンであれば、ライラックで最も腕の良い御者と注文をつけたであろうことは明らかだったからだ。

「俺はあんま御者には詳しくねえけど、あんたが特別ってのはわかるぞ。馬と通じ合ってるというか、あんたが望むとおりに馬が自主的に動いてくれてるって感じがするんだよな」

「それは嬉しいですね。彼らは私の家族ですから。あぁ、申し遅れました、私はマシューと言います」

「アレンだ」

本当に嬉しそうに微笑みながらマシューが自分の名前を告げる。差し出してきたその手を握り返し、アレンも名乗り返した。

旅が始まってすでに8日目であるのだが、馬車の中にずっといたアレンとマシューが直接会話を交わすのはこれが初めてだった。それがどこかおかしくて2人は小さく笑いあう。

人と馬の違いはあれど、家族を大事にする者どうしということでアレンはマシューに親近感を抱いていた。

「家族か。やっぱり名前とかあるんだよな」

「ええ。先頭の右側がマシューカ、左側がマシュール、二列目の右側がマシューテ、左側がマシューホです。マシューカはちょっと勝気な性格なんですが、皆を引っ張っていってくれる頼れるリーダーです。一方でマシュールは慎重派で参謀タイプといったところでしょうか。マシューカが熱くなってくると鎮めてくれる女房役ですね」

「おっ、そうか……」

「ちなみにマシューテとマシューホは兄妹なんですが、ちょっとやんちゃなところがあってですね、この前なんか……」

昨日までの、というか先ほどまでの出来る御者然とした姿はなんだったのかと言わんばかりに嬉々として話し始めるマシューの姿にアレンは頬を引きつらせる。

馬の名前全てに自分の名前を入れているというだけでも、その並々ならぬ愛情はアレンに伝わっていたが、その認識さえまだ甘いと言わざるを得ないほどマシューの口は滑らかに動き続けていた。

そんなアレンが前方から感じる視線にそちらを向く。

こちらを振り返っていた4頭の馬の淀みなど全くない真っ黒な瞳がアレンを貫いた。

そしてすぐに馬たちは何事もなかったかのように前を向いてしまったが……

(これ、ちゃんと聞いてやってくれって馬たちに言われたような気がするんだが、まあ良いか)

アレンが今日ここにいるのは、もしかしたらスタンピード時にはいなかったゴブリンなどが集団で襲ってくる可能性を危惧したからだ。

周囲の警戒に気を配りながらでも、話を聞くくらいはアレンには出来る。

(家族のことを自慢したいって気持ちはわかんなくもねえしな)

そう考えてアレンは笑うと、マシューの話に耳をかたむけ相づちをうったのだった。