作品タイトル不明
第23話 食後の訪問
レベッカからの依頼という話に戸惑いながら、なし崩し的に『木漏れ日の庭』へと連れていかれたアレンは、そこでレベッカに誘導されるようにして中へ入った。
さすがに庶民の中でとは言え高級店である『木漏れ日の庭』は、その名を意識したように、温かい雰囲気の木製の調度品でまとめられた落ち着ける空間になっていた。
やたらとカップルが多かったことを除けば、アレンも思わず良い雰囲気だなと思ってしまうくらいに。
それでもその値段設定を見てピキッと固まってしまったのだが。
食堂などで見る調理の姿と違い、わざと調理する姿をお客へと見せる事で会話を弾ませることを目的にしているのか、洗練された調理姿をアレンはしっかりと凝視する。せめて少しでも元をとらなければという使命感からだ。
そして配膳された食事は、アレンの想像以上に素晴らしいものだった。
味もそうなのであるが、見た目にこだわってまるで1つの芸術作品かのようにまで昇華されたその一品にアレンの手が止まってしまい、大笑いしたレベッカに促されてやっと食べ始めたくらいである。
それがアレンの今までの料理という常識を塗り替えたのは確かだった。
「もう、私が払うって言ったのに」
「いや、久しぶりに帰ってきた妹に食事代を払ってもらう兄ってのもアレだろ」
本気で払おうとしたレベッカをなんとか止めて半ば強引に自分で支払ったアレンだったが、そのせいでアレンの財布はかなりの軽さになっていた。
レベッカの買い物に付き合うからという理由でアレンが普段持ち歩く数倍のお金を財布に入れてきた訳だがそれでも結構ギリギリだったのだ。
とは言え足りた事には変わりなくアレンはほっとしながら、今朝そう判断して財布に金を追加した自分の決断を内心で褒めていた。
兄としての威厳をなんとか保てたのだから。
若干頬を膨らませているレベッカの頭を昔していたように軽く撫で、そしてその表情が和らいだ事を確認したアレンも頬を緩める。
「で、食事中はさすがに聞けなかったが依頼ってなんだ?」
「あっ、うん。受けてくれるの?」
「依頼を受けるのが冒険者だからな。まあ内容にもよるし、偏屈じいさんの依頼も……あー、そういやそっちも話に行かねえと。じいさんの所に向かいながら話を聞かせてもらっても良いか?」
「うん」
歩き出したアレンの横に上機嫌で並んだレベッカが依頼についてアレンに話していく。その内容はアレンにとってはそう大したものには思えなかった。なぜならアレンがつい昨日したばかりのことだったからだ。
「つまり、9階層に行ってトレントを狩ってこいと。ついでに加工もしてほしいってことで良いんだな」
「うん。しかも大量にね」
「でも俺1人じゃあ運べる量なんて、たかが知れてるぞ。さすがに9階層まで何度も行き来するのはちょっと面倒だし」
木級冒険者のアレンとして行動するのであれば、持ち運びができる量はせいぜい昨日持ち帰ったくらいの量にすぎない。
荷車を引くという手がないわけでもないが、階層間は階段で繋がれているため、その時はどうしてもそれを持って運ぶことになってしまう。
いっそのことニックたちのレベル上げを無料で手伝ってやり、そいつらに依頼料の代わりに運ぶのを手伝ってもらうか、と考え始めたアレンに、にしし、と口に手を当てて変な笑い方をしたレベッカが首を横に振った。
「運搬については私に考えがあるから気にしないで」
「考え、ねぇ。まっ、いいや。じゃあやる事自体はトレントを倒して加工するだけだろ。なら別に良いぞ」
「やったぁ。じゃあさっそく具体的な話に……」
「その前にじいさんに話すのが先だな」
一軒の家の前で歩みを止めたアレンの横で、レベッカがその家へと視線を向ける。立派な門構えをした、もはや屋敷と呼んでも差し支えないようなその家を。
アレンは躊躇することなく勝手にその門を開けようとする。それを見たレベッカが慌ててアレンの手を掴んだ。
「なにしてるの、レン兄?」
「いや、じいさんに会いに行こうとしてるんだが」
「こういう門って使用人が開けるまで待つのが常識だよ。レン兄だってさすがに知ってるでしょ」
焦った顔でそんなことを言うレベッカに、アレンはうなずいて返す。
確かにレベッカの言うとおり、一般的に目の前にある大きな屋敷などに設置された門を開けるのは使用人の役目だ。それを無視して無断で入ってしまえば下手をすれば不法侵入として捕らえられてもおかしくない。
そのことについてはアレンも常識として知っていた。だが……
「いや、ここで待ってても誰も来ねえんだよ。初めて依頼で薬草を納品に来たときはそのせいでダメになっちまったしな」
「えっ?」
「ここに住んでるのじいさんだけらしいし、そのじいさんから勝手に中に入ってこいって言われてるから問題ない。じゃ、行くぞ」
それでも躊躇するレベッカの手を引き、あっさりと開けた門を通ってアレンが中へと入っていく。
落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見回すレベッカの姿に、ちょっとだけ口元を緩めながら玄関のドアへとたどり着いたアレンは、またしても躊躇することなく、しかもノックもせずにそのドアを開けた。
「ちょっ、レン兄!」
「だから良いんだって。勝手に中に入ってこいって言われてるってさっき言っただろ」
そう言われて、レベッカは初めて自分の思い違いに気づいた。勝手に中に入ってこいという言葉が門の中にという意味ではなく、本当に中までであることに。
同時に心の中でレベッカは意識を切り替えた。アレンが受けた依頼の内容、そしてこの屋敷、その伝え聞いた言動全てから判断して、半分デート気分の今の自分では対処しきれないかもしれないと考えたからだ。
手を引くレベッカの様子が変わったことに、先へと進んでいくアレンは気づくことなく、広いホールをずんずんと進んだ先にあった部屋の扉をゆっくりと開ける。
もう、レベッカが驚き、声を上げる事はなかった。
開いた扉の奥からは流れてきた、薬草独特の青臭く、ちょっとツンとした匂いに少し鼻をひくひくとさせたアレンが室内を見回し、そして部屋の隅のほうで紙にペンを走らせている老人を見つける。
「おーい、じいさん。今良いか?」
「んっ、アレンか。今日はどこの薬草を持ってきたんじゃ?」
「悪い。今日はちょっと用事があってダンジョンに行ってなくてよ。まあその件もあって話に来たわけだが」
「よくわからんが、それならちょっとそこらで待っておれ」
「了解」
顔を上げた白いひげを生やしたその老人とアレンが短くやり取りする。
それが終わると老人はすぐに書き物を再開してしまい、アレンもそれを気にする様子もなくそこらにあった椅子を見つけると、老人を見つめたまま固まっていたレベッカを連れてそこに座った。
「あっ、レベッカって薬品系の匂い大丈夫だったか?」
「うん。商品として取り扱うからね。どこでも一定の需要は絶対にあるから定番商品だよ。それにしてもレン兄、あの人って……」
一心に書き物を続ける老人へと視線を向けたレベッカに、アレンが苦笑いを浮かべながら答える。
「あぁ、依頼人だ。依頼の条件がやたらと厳しいし、名前さえ教えてくれない偏屈なじいさんだけどな」
「聞こえとるぞ、アレン」
一瞬だけ鋭い視線を2人のほうに投げかけながら老人がそう言い、それにビクッと体を震わせたレベッカに向けてアレンは安心させるように柔らかく微笑んだ。
「まっ、あんな感じだ。偏屈だけど性格は普通に優しい……優しいか? んー、悪い人ではないから安心しろ」
こくこくとレベッカが未だに緊張した様子でうなずくのを見て、アレンがくしゃっとその髪を撫でる。
さすがにこの状態ではレベッカの依頼の話をするのは無理だなと考えたアレンは、ここで受けた薬草採取の依頼についての苦労話などを冗談を交えながら話していった。
それはレベッカにとって信じられないような話ばかりだったが、アレンが嘘を言っていないということは家族であるレベッカにはわかっていた。
つまりアレンの話は全て事実だということになる。
「そこでじいさんがな、ならばもう一度取りに行けば良いとか言いやがって。失敗したのは自分なのによ」
「それは見解の相違じゃな。アレンが突然声をかけなければ儂は失敗などせんかった」
「いや、じいさんがこぼしそうだったから俺は声をかけたんだぞ」
自然に会話に割り込んできた老人に、2人が少し驚きながらそちらを見る。
まず眼に入るのは元は白衣だったと思われる老人の服なのだが、それは所々緑や黄色、そして黒などに染まってしまっていた。
しかしそれを老人は不思議と不潔感を漂わせることなく着こなしていた。少しキョロキョロと周りを見回した老人が、近くにあった椅子を適当に引き出して2人の前に座る。
「で、用件はなんじゃ?」
「いや、なんかじいさんの依頼に穴があるって教えてもらってよ。働かなくても金が支払われるってまずいだろ。実際に今日は俺ダンジョンに行ってねえし」
「そんなことか」
「いや、そんなことって、金は重要だぞ」
あっさりとアレンの話に興味を失った老人に、アレンがちょっと食い気味に反論する。アレンにとってその発言は信じられないものだったからだ。
しかしそんなアレンとは対照的に、老人は全くアレンの言葉に共感していなかった。
「儂にとって重要なのは時間じゃ。金ならあるしのう」
「なんかレン兄とは正反対だね。レン兄は時間はあるけど金がない」
「うっさいわ! それに金なら少しは貯まってきてるぞ」
「価値観の話だよ。まあ私たちのせいでもあるんだけどさ」
そう言ってどこか悲しげに目を伏せたレベッカにアレンは少し言葉を詰まらせ、そしてすぐにそんな事はないと伝えようとした。
しかし、その前に老人が口を開いたことでそれは止められた。
「嬢ちゃん。お主の兄は中々見込みのある男じゃよ。真面目で、堅実。なにより大切なものが何かをちゃんと知っておる。そうなったのはお主たちがおったからじゃろ」
「……」
「誇れとまでは言わん。だがそれほどまでに想われた自分を卑下してはいかん。嬢ちゃんにはまだまだ時間がある。恩は、返すものじゃよ」
「はいっ!」
ごしごしと潤んでいた目をこすり、レベッカが大きな声で返事をする。そんな姿を好々爺然とした笑みを浮かべながら、どこか眩しいものを見るように老人は目を細めた。
そんな2人の会話を、当事者であるはずなのに取り残された気分で眺めていたアレンがポツリとこぼす。
「なんか、じいさんに良いところを全部持っていかれた気がするんだが」
眉根を寄せながら言ったアレンのその言葉に、レベッカと老人は顔を見合わせ、声をあげて笑い始めたのだった。