作品タイトル不明
第13話 予定外の探索
思い立ったが即実行とばかりに、ライラックのダンジョンにやってきたアレンだったがダンジョンに入る手続きをしている最中にふと気づいてしまった。
「そういや、薬草の納品って門が閉まっている時間は無理じゃねえか。なにやってんだ、俺は」
自分自身の考えの至らなさに苦笑し、アレンが頭をかく。
確かにアレンは今日、薬草の納品依頼を受けていた。そしてその場所の中には9階層での薬草採取も書かれており、トレントを倒して建材をつくりながら薬草採取を行えば良いというアレンの考えが間違っている訳ではない。
問題なのは採取してからの納品までの時間が厳格に定められている点だ。今回の9階層での薬草の採取に関してそれは4時間となっている。
ライラックのダンジョンは普通の冒険者が街から歩いたとするとおよそ2時間かかり、9階層までモンスターなどを無視して直行すれば1時間半程度でたどり着くことが可能だ。
だから依頼としては決して無理な時間と言うわけでもないが、夜は門が閉まっているため街に入れず、4時間以内に納品するなど不可能なのだ。
朝方に採取して門が開くと同時に納品に行くという手がないわけでもないが、さすがに朝の6時過ぎに納品に行くほどアレンは非常識ではない。これまで納品してきた感触では、依頼主が喜ぶのは昼過ぎだともアレンは知っている。
つまり、今日ではなく、明日の朝一番に街を出たとしても薬草採取すべき時間には間に合うということだった。
「今から帰っても門が閉まる時間に間に合うか微妙なんだよな。仕方ねえ、適当に潜って暇つぶしするか」
そう決めるとアレンは1人でライラックのダンジョンへと入っていった。
ダンジョンへ入るのは基本的にお金を稼ぐためだったのに、暇つぶしのために入ろうと考えたことを自分自身でちょっと面白く感じながら。
1階層や2階層でゴブリンや一角うさぎと戦う初心者と思われる冒険者たちを微笑ましく見守りながらアレンはモンスターを無視してどんどんと先へと進んでいく。
基本的に高レベルの冒険者は低い階層では戦いを避けるというのが暗黙の了解なのだ。
体力を温存するためという理由がない訳ではないが、主な理由はここを主の狩場にしている新人冒険者などの邪魔をしないためだ。
誰もが一度は通った道であるため、それを破る冒険者はほとんどおらず、それゆえにうまく回っているという面もあった。
まだ若く新人の冒険者だけあって、アレンからしてみればその戦い方は拙く、そして泥臭いものだった。
しかしその瞳には高みへと昇ってやるという意思が宿っているようにアレンには感じられた。
そのことがアレンには眩しく、そして少し羨ましかった。
その新人冒険者たちと同じ頃のアレンは、そんなことを考える余裕さえなかったことを思い出してしまったからだ。
「あー、やめやめ。いまさらどうなるもんでもないしな。それに冒険なら今からでも出来る。年齢なんて関係ない」
ふぅー、と息を吐いて胸の内のもやもやを吐き出したアレンは、パンパンと平手で自らの顔を打って思考を切り替える。
考えてみれば新人の冒険者たちが頑張っているだけだ。なら自分も頑張れば良い、それだけのことだと開き直ったのだ。
「うーん、ただ単純に進むってのも意味がねえよな。かといってネラの装備も持ってきていないから派手な事は出来ねえし、時間も限られている」
ぶつぶつと独り言を言っているため油断していると思ったのか、草むらをかき分けて襲ってきた一角ウサギの突撃をアレンはひょいっとかわす。
アレンに避けられ草をなぎ倒すようにして止まった一角ウサギは、再びアレン目掛けてその鋭い角を突き刺そうと突進を始めた。
直線的にしか突撃してこないため、彼我の場所さえ把握していれば目を閉じてしまっても避ける事が可能なその攻撃を、アレンは考えを続けながらその角を掴んで止める。
ただ単に何度も避けるのが面倒くさかったからだ。
「よし、斥候スタイルで夜の間にどこまでいけるか試してみるか。戦闘はなるべく回避して、他の冒険者に見つからないように。とりあえず目標は20階層だな」
うんうんとうなずいて方針を決定したアレンは、必死にもがく一角ウサギを冒険者の姿が見えない辺りに適当に放り投げると走り始めた。
空中で器用に体勢を整え、しっかりと両足で一角ウサギが着地し、周囲をキョロキョロと見回す。しかしその視界の中に人の姿はどこにも存在していなかった。
ライラックのダンジョンは5層ごとに環境が変化する。1から5階層までは草原、6から10階層までは森といった感じだ。
11階層から始まるのは坑道フィールドであり、そこは今まで進んできた草原や森に比べて薄暗かった。
地面も壁も土がむきだしで、5人が横に並んで余裕で歩けるような広い通路もあれば、2人でもギリギリと言うような細い通路もある。
そんな大小さまざまな通路がまるで迷路のように張り巡らされているのが坑道フィールドだった。
そんな坑道フィールドの15階層をアレンは慎重に、しかし速度はそこまで緩めずに進んでいた。
ここまで斥候スタイルの訓練のために進んできたアレンだったが、11階層に入ってからは他の冒険者に見つかる事もなく、モンスターとの戦闘も坑道フィールドに出てくる岩の体をした体長2メートルほどのロックゴーレムに前後を挟まれてしまった1回しかしていない。
「よし、良い感じだな」
思いつきで始めた事だったが、思い通りに進めていることに満足してアレンが笑みを浮かべる。
「とは言えここまでは以前入ったこともあるし、当然かもしれないがな」
少し浮かれている自分を自覚し、そしてそんな言葉を自らに言い聞かせるようにアレンが口に出す。
実際、アレンが冒険者ギルドの職員になる前に他の冒険者とパーティの助っ人としてライラックのダンジョンの探索をする時にはこの坑道に来る事も多かったのだ。
この坑道はその名の通りところどころに採掘に適した場所があり、そこをつるはしなどで掘ると各種鉱石などが採取できるのだ。
その中にはまれではあるがミスリルなどといった希少な鉱石が含まれていることもあり、そんな幸運に恵まれれば結構な大金を手に入れることもありえた。なのでモンスターを討伐しがてら採掘にいそしむ冒険者は少なくなかったのだ。
何事もなく進み、先へと進んだことはないが場所はよく知っている16階層へと続く階段へとたどり着いたアレンは、心を落ち着けるように大きく息を吐く。
実際、今まで鬼人のダンジョンやドラゴンダンジョンで戦ってきた経験からして、この先の階層に行ったとしても全く問題はないとアレンは確信している。
それでもなお、アレンの心がざわめくのはライラックの15階層が鉄級冒険者の限界と呼ばれており、16階層以降に進むのは選ばれし一部の冒険者のみであるということがアレンの中で強い印象として残っていたからだ。
実はアレンがこの階段に来るのは今日が初めてではない。他のパーティなどと来た時に幾度となく眺め、そして進むことの出来なかったそんな場所なのだ。
鉄級冒険者より自分は先に進めない、そんな現実を突きつけられた因縁の場所だった。
弟妹のため、安全を第一に考えなければならなかったアレンは、上を目指したいと言う気持ちを抑えなければならなかった。その1つの象徴とも言えるのがこの場所だったのだ。
冒険できなかった過去の自分を思い出し、そして大きく息を吐いたアレンが晴れやかな笑顔を見せる。
「じゃ、行きますかね。冒険に」
そんな独り言を呟いて、アレンは階段へと踏み出した。
その軽い一歩は、今までアレンの心を縛っていた場所だったのが嘘であったかのように、何の変哲もないただの下層へと続く階段に変えてしまったのだった。