軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 末っ子

使い心地の良いベッドより、今日をより良く生きるための現金を優先して即日ベッドを売り出した孤児院の決断の早さに感心しつつ、アレンはベッドを運ぶために解体していく。

「慣れてるわねー」

「まあ依頼で大工仕事の手伝いとかもあったし、それに家の補修とかを昔からしてるから、これぐらいはな」

迷いなく作業をするアレンにマチルダが少し驚きながら声をかけ、それに対してアレンが気にした風もなく返す。

内心、マチルダの指摘にかなり焦っていたのだが、ベッドを解体するためにうつむいて作業しているため、少しだけ顔に出てしまったそれにマチルダが気づく事はなかった。

そもそもこのベッドはアレンが造ったものなのだ。どのような組み合わせで、どんな順に組み立てたのかは全てアレンの頭の中に入っている。それを逆にたどれば良いだけなのだから今のアレンにとっては簡単すぎるほどの作業だった。

だが、それがただの素人に出来るはずのないことにマチルダの言葉でアレンは気づいたのだ。

(いまさら手を緩めるってのは不自然だし、丁寧にやってちょっとだけ時間をかける感じでいくか)

そう考えて、少しだけペースを落とし、それでも素人とは思えないほどの速さでアレンはベッドの解体を終えたのだった。

解体したベッドを孤児院が貸し出してくれた荷車をひいて、マチルダの住んでいる冒険者ギルド職員用の住宅へとアレンはそれを運び込んだ。

ゆっくり丁寧に、と心がけながらアレンはベッドをそれなりの時間をかけて組み立てていく。

マチルダの住んでいるギルド職員が借りられる住宅は、主に独身の者が住んでいるこじんまりとしたものだ。

簡単な食事が食べられる程度のスペースのあるキッチンの他に、寝室として使える程度の広さの部屋が2つという造りをしている。

ギルドがこういった職員用の住宅を用意するのは冒険者ギルドに限った事ではない。

なにかあった時に一度に職員に連絡がとれるというメリットがあるし、職員からしても相場よりもはるかに安い賃料で部屋を借りられるからだ。

アレン自身は自分の家があるためそんなことは関係なく、こういった住宅に入ることは初めてであった。

そして1人暮らしの女性の部屋に入るということで変に緊張してしまい、ベッドの組み立てという仕事がなければ挙動不審になっていたかもしれなかった。

なんとか無難にベッドを完成させたアレンは、お茶でも飲む? と聞いてきたマチルダの誘いを断り、借りた荷車を返すためと理由付けて早々に部屋を出た。

あまり物を置かない主義なのか、すっきりとした部屋でありながら飾られた花や敷かれたレースのテーブルクロスなど、ところどころに女性らしさを感じさせ、なにより自分の家とは違う匂いに気づき、それがマチルダのものだと考えた途端に妙な気恥ずかしさを覚えてしまったのだ。

「別についてこなくても良いぞ。どっちにしろ俺の家に近いんだし」

「ベッドを買ったのは私だしね」

そんな会話を交わしながらアレンとマチルダが通りを歩いていく。昼から夕方へと移り変わり、夕食の準備のために買い物をする人々の姿を横目に2人はゆっくりと大通りを抜け、そして孤児院へと向かう道を進んでいった。

孤児院に近づくにつれて人気は少なくなっていき、そして遂に誰の姿も周囲に見えなくなった、そんな時だった。

「あの、アレン?」

「んっ?」

遠慮がちに声をかけてきたマチルダを何気なくアレンが見る。そしてマチルダの少し迷いを含みながらも真剣にこちらを見るその表情に、ぞわっ、と背筋に何かが走るのを感じた。

マチルダが2人にしか聞こえないほどの小さな声で話し始める。

「私、アレンに聞きたい事が……」

「あっれー、レン 兄(にい) が女の人と歩いてるー!!」

「「えっ?」」

マチルダの言葉を遮った背後から聞こえてきたその声に、2人が同時に声を上げながら振り返る。

その視線の先にいたのは、動きやすそうなシャツとパンツの上にフード付きのマントを身に纏った、快活そうな十代と思われる少女だった。

華奢といっても過言ではない体つきでありながら、大きなリュックを軽々と背負い2人のもとへとその少女が歩いてくる。くりくりとしたブラウンの瞳に好奇心をたっぷりと含ませながら。

「あっ、確かマチルダさんでしたね。冒険者ギルドの受付をしていらっしゃった」

「えっ、ええ」

名前を突然言い当てられたが、全くその少女に見覚えがなかったマチルダが戸惑う中、少女は満面の笑みを浮かべながら話し始めた。

「もしかしてお2人は恋人関係でしょうか。いや、私が言うのもなんですがレン兄はお買い得物件ですよ。稼ぎはちょっとアレですが、真面目で優しく、面倒見も良い。料理、洗濯など家事も一通りできますし、おそらく子供にも愛情を注いでくれるでしょう。家の中を守る理想の夫として……あいたー!」

立て板に水のごとくアレンを売り込み始めた少女の頭へ、アレンがチョップを振り下ろしてその言葉を強制的に止める。

うずくまって頭を抱え、涙目になっている少女を見下ろしながらアレンは疲れた表情で大きく息を吐いた。

状況が掴めずアレンとその少女、2人の間へ視線を行き来していたマチルダがアレンへと問いかける。

「ねえ、この子って……」

「一番下の妹のレベッカだ」

片手を頭に当て、顔をしかめながらそう言ったアレンをよそに、頭をかかえてうずくまっていたはずのレベッカが元気よく立ち上がった。

「はい。妹で旅商人をしているレベッカです。ちなみに独身未婚で仕事が恋人の現在18歳。夢はライラックに自分の店を持つ事です。どうぞご贔屓に」

「えっ、ええ。よろしくね」

ニカッとした人好きのする笑顔を浮かべてレベッカが差し出した手に、戸惑いながらマチルダが自分の手を重ねて握手をする。

どことなく困ったようなマチルダの視線をちらちらと受けながら、相変わらずで全く変わっていないレベッカの姿にアレンは苦笑いを浮かべていた。

「レベッカ。その辺にしといてやれ」

「えっ、私、未来のお義姉さんともっと交流したい」

「お、お義姉さんって、まだ……」

「早とちりすんなって。今日、俺はマチルダの買い物に付き合っただけだ。お義姉さん、どころか恋人ですらないわ」

レベッカの突飛な発言に、アレンとマチルダが同時に口を開き、途中でマチルダだけが口をつぐむ。

レベッカは苦笑を浮かべるアレンと、どこか複雑な笑顔を浮かべるマチルダへと視線をやり、そしてほんの少しだけ口の端を上げてマチルダに向かって手招きをした。

私? と自分を指差したマチルダにレベッカは大きくうなずいて返し、そして近寄ってきたマチルダの耳元へと顔を寄せる。

「レン兄を落としたいなら自分から動かないとダメですよ。私的におすすめなのは、好きです。付き合ってください、ってはっきりと言う事ですね」

「えっ!?」

「迂遠な言い方をすると変な解釈をして、たぶん進みません。今まで恋愛とかそういうことに関わらないようにしてきたせいか、自己評価が異常に低いんですよねぇ」

こそっと耳元で囁かれた言葉に、マチルダが顔を真っ赤に染めていく。

その様子を見ていたアレンは、どうせレベッカがまたいらないことを吹き込んでいるんだろうと予想し、それを阻止するべく2人へと近づいていった。

アレンがレベッカの頭へと再びチョップを振り下ろすが、当たる寸前にレベッカは身を翻して華麗にそれを避けてみせた。

「相変わらず、避けるのだけはうまいな」

「行商人にとって回避能力は必須だからね。物理的にも精神的にも」

「その発言についてちょっと聞いてみたい気もするが、まあ後で良いや」

ふふん、と胸を張って得意げにするレベッカから視線を外し、どこかおどおどとした目で自分を見ているマチルダへとアレンが向き直って苦笑いする。

「マチルダ、こいつの話は半分以上冗談だと思っておけよ。特に俺に関することは8割冗談だ」

「えー、私の口からはいつも真実しか出てこないよ。商談以外では」

「いや、商談でそれをやっちゃダメだろ」

アレンの発言をレベッカがすかさず混ぜっ返し、それに対してアレンがつっこみを入れる。

長年生活してきた兄妹ならではの息の合ったやりとりをしばしマチルダは見つめ、そしてふっ、と柔らかい笑みを浮かべた。

「レベッカさん。ありがとう。ちょっと自分で考えてみるわね」

「いえいえ、どういたしまして。お店を出した時に宣伝してくれそうな方への投資ですので」

「楽しみにしているわ。じゃあアレン、妹さんと積もる話もあるだろうし、私はここで失礼するわね」

「なんか悪いな。またギルドでな」

「ええ」

去っていくマチルダの後姿をしばらく2人が見送る。そして孤児院に向かって再び歩き始めたアレンの荷車には、ちゃっかりとレベッカが乗っていた。

「良い人だね。マチルダさん」

「おう。美人で仕事も出来て周辺からの信頼も厚い。なんで結婚してないのか不思議なぐらいだな」

そのアレンの答えに、レベッカがごろんと荷車の上で寝転がりこっそりとため息を吐く。その胸の内には様々な言葉が浮かんできたが、それをレベッカが口から出す事はなかった。

第三者が余計な口を挟めばこじれることが多い、それは恋愛も商談も同じだと知っているからだ。

「あっ、そういえばレン兄、ギルド職員になったんだって。おめでとう」

「あー、なったといえばなったな。もう辞めちまったけど」

「これで念願の安定した生活を……はぁ! やめたの? なんで!?」

ばっ、と跳ね上がり、そして荷車から飛び出さんばかりに身を乗り出してきたレベッカを落ちないように片手で支えながら、アレンは困った顔をしたままもう片方の手で荷車を押して歩き続ける。

「知らないかもしれねえが、つい最近ドラゴンダンジョンのスタンピード未遂が起こってな。その時のギルドでちょっとあってギルド職員をやめて冒険者に戻ったんだよ」

「なんで……いや……だから」

ぶつぶつと小声で独り言を言い始めたレベッカを支えつつ、アレンは歩き続けた。

この状態のレベッカのことを家族内では神状態と呼んでおり、レベッカの頭の中で行われている思考の整理が終わる前に触れた場合、手ひどい被害を受けることになるのだ。いわゆる神罰である。

しばらくしてもうすぐ孤児院という場所まで来たところでレベッカの神状態が終わり、アレンはほっと胸をなでおろす。着くまでに戻らなかったら遠回りでもしないとダメかと考えていたからだ。

「レベッカ、大丈夫か?」

「うん。ちょっと私、エリ 兄(にい) のところに行ってくるね。たぶん今日はそっちで泊めてもらう」

「了解。あぁ、エリックは努力が実ってついに騎士爵を得たんだ。お祝いしてやれよ」

「そうだね。あっ、そうそう。明日はレン兄のところに泊まるからね」

「おう、寝床は今日中に用意しとく」

「頼むねー」

大きなリュックを背負いなおし、そして荷車からぴょんと飛び降りたレベッカがぶんぶんと手を振って去っていくのをアレンが見送る。

しばらくしてからエリックは騎士爵を得たので住んでいる場所が変わっていることを伝え忘れた事に気づいたが、その時にはレベッカの姿はもうどこにも見えなかった。

「まあレベッカなら自分でどうにかするだろ」

家族の中で最も要領の良かったレベッカのことを思い出してそんなことを呟きながら、アレンは荷車をひいて孤児院へと入っていくのだった。