軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第39話 スタンピードの理由

「ふむ、さすが道化。笑わせてくれるわ」

「……なに言ってるのか聞こえないけど、きっと違うからな」

愉快そうに笑顔を見せるミズチとは裏腹に、目の前で爆音の笑い声を聞いたアレンは顔をしかめながらそんな返しをする。その横でちゃっかりと自分の耳をふさいでいたイセリアは、2人が会話を始めたのを見てその手を耳から外した。

しばらく「あー」と声を出したり、頭を振ったりして耳の調子を確かめていたアレンが、やっと元に戻ってきたことに安心してふぅ、と息を吐く。そんなアレンの姿を見ながらイセリアは微笑んだ。

「ミズチ様の笑い声は少し大きいですからね」

「ちゃっかり自分だけ耳をふさぎやがって。この裏切り者が」

「私も経験しましたから。それに別に裏切っていません」

笑顔のままふるふると首を横に振るイセリアに、少しジトッとした視線をアレンが向ける。しかし言っている事はわからないでもないのでそれ以上は追及しなかった。

しかし、とアレンは考える。

目の前にいる青い鱗をしたエンシェントドラゴンが勇者アーティガルドの物語に出てくるミズチだと言われたアレンではあるが、あまり実感が湧かなかったのだ。

勇者の騎竜であるライルについてはよく覚えているのだが、それを遣わした存在であるエンシェントドラゴンに名前なんてついていたっけという程度にしか、そのエンシェントドラゴンの出番は少なかった。

竜の谷の3つの試練と呼ばれる、騎竜ライルを手に入れる話は非常に有名でアレンも弟妹たちに何度も話したことがあった。

ライルについてはその後もアーティガルドと共に魔王討伐で活躍する。物語の最後には勇者を魔王の一撃からかばい致命傷を負いながらもブレスを吐き、魔王がひるんだその隙にアーティガルドが剣を魔王の心臓へと突き立てるという、ある意味では魔王討伐の最大の立役者となる竜なので忘れる事などありえない。

しかしそのライルを遣わしたエンシェントドラゴンは竜の谷以降一切出てこないのだ。そしてアレンが話す時もミズチという名前を使ったことがないと、改めて物語を思い出したアレンは確信する。

それなのになぜ聞き覚えがあるのかは、アレンにはわからなかったが。

「イセリア。俺も勇者の話は知っているんだが、エンシェントドラゴンの名前なんて出てこないと思うんだが」

「ああ、でしたらきっとネラ様が知っていらっしゃる話は子供向けに簡略化したものだと思います。勇者アーティガルドの話は有名である分、出版された年代や、その対象によってかなり内容が変わっているんです。聞き覚えがあったのは吟遊詩人などが語る物語ではミズチ様の名前も歌われるからではないでしょうか。元は1つの話なのに色々で面白いですよね」

「しかりしかり。あの泣き虫坊主が、さも英雄然と試練を越えた風に書かれていると聞いて思わず笑ってしまったくらいだ」

アレンの疑問に求めていた以上の情報を加えながら嬉々とした様子でイセリアが答え、そしてそれにミズチが同意する。

とりあえず疑問は氷解したが、ひょっとしてイセリアは勇者アーティガルドのマニアなのではないかという新たな疑惑がアレンの中に生まれていた。さすがに現状でそれを聞くような愚かな事をアレンはしなかったが。

「というかアーティガルドって泣き虫だったのか?」

「うむ、試練の最中にピーピー泣いて、仲間の聖女に尻を叩かれておったわ」

「聖女と言うと、後にアーティガルドが建てた国の王妃となるバージニア様ですね。はぁ~、竜の谷だとバージニア様が仲間になった直後なのに、そんな頃からお互いをさらけだしていたなんて素敵ですね」

うっとりとそんなことを言って頬を赤く染めるイセリアの様子を眺めながら、アレンは自分の中の勇者像が静かに崩れていくのを感じていた。遠い存在から、なんとなく親近感の湧く1人の男へと変わっていくのを感じ、アレンが苦笑する。

そんなことを話していたおかげか、だいぶ心が落ち着いたアレンはここに来た当初の目的を思い出した。

「まあそれは置いておいて、ミズチ様。俺がここに来たって事で目的は達成したってことで良いんですか? 弟も心配しているし、イセリアを連れて帰りたいんですが」

なんとかこのまま穏便に済ませようとアレンがミズチへと問いかける。その言葉にイセリアの表情が非常に苦渋に満ちたものに変わったのを見て、その理由をある程度察しながらもアレンはそれを黙殺した。

イセリアは伝説の存在ともっと話したいのかもしれないが、さすがにこれ以上スタンピードによる被害を増やすわけにはいかないからだ。最悪その中にはエリックが含まれているかもしれないのだから。

アレンの申し出にミズチは小さくうなずいて返し、そして思い出したように口を開いた。

「ああ待て。道化の強者よ、試練を望むのであれば81階層以降にある竜の谷へと来るがよい」

「道化の強者って……」

「試練! もしかしてアーティガルドと同じように試練を受けられるんですか?」

「うむ。来るべき日に備え、強者を導くのが我ら竜の、そしてこのダンジョンの役目だからな。では伝えたぞ。いつか再びあいまみえんことを」

そう言い放ち、ミズチがその体を起こして巨大な翼を広げる。そして空へと飛ぶように羽ばたき、その風圧に飛ばされそうになる2人を残してミズチはその姿を消した。まるで今までそこにいた事が幻であったかのように忽然と。

しばらくキョロキョロと周りを見回していたアレンだったが、ミズチの気配が全くなくなっていることを確認して、ふぅ、と小さく息を吐いた。

「無理矢理戦わされるとかじゃなくって良かったが……結局なにがしたかったんだ?」

「81層以降に竜の谷があって試練が受けられるってわかっただけでも歴史的な出来事ですよ」

「いや、そりゃまあそうかもしれんが……」

目をキラキラさせているイセリアの言う事もわからないではないのだが、命の危険を覚悟してやってきたアレンとしては、非常に拍子抜けな終わりであった事に変わりは無かった。

しかし既に当事者のミズチが姿を消していることから考えてもこれ以上何かが起こるとは考えづらい。そこまで思考をめぐらせたアレンの頭に1つの仮説が生まれる。

「もしかして今回のスタンピードって、俺をここに呼んで試練の話をするためだけに起こしたとかじゃねえよな?」

小さく口に出して自分の考えを改めてアレンが整理する。

普通に考えればありえない、むしろ馬鹿馬鹿しいとさえ思えるその言葉なのだが、実際にミズチと話し、そのスケールの大きさを実感したアレンにはその可能性を完全に否定する事が出来なかった。

「どうなされましたか?」

「いや、なんでもねえよ」

呟いた言葉を聞き取れなかったらしく心配そうに聞いてきたイセリアに、アレンが首を横に振って答える。

自分の馬鹿馬鹿しい仮説を振り払うように。

(やっと終わったんだ。とりあえず面倒そうな事は考えないようにしよう)

そう気持ちを切り替え、改めて自分を心配そうに見つめるイセリアに癒されながらアレンは微笑む。張り詰めていた緊張の糸が、イセリアによってほぐされていくのをアレンは確かに感じていた。

自らの内に浮かんできそうな感情をごまかすようにアレンがステッキをくるりと回し、やってきた方向へと向ける。

「さて帰るぞ。エリックも心配しているだろうしな」

「エリック様ですか。たしか兵士をまとめていた頼りになる隊長さんでしたよね。親しいのですか?」

「おう、自慢の弟だからな」

「……弟?」

「あっ!」

自らの失言に気づきアレンが固まる。そんなアレンをイセリアは真っ直ぐに見つめていた。