作品タイトル不明
第38話 エンシェントドラゴン
エリックから依頼されたイセリアの救助のため、アレンはドラゴンダンジョンの1階層の森の中をひた走っていた。しかし……
「くそっ、話に聞いていたより広いじゃねえか。本当にこっちで良いんだろうな」
アレンが悪態をつきながら周囲へと視線を走らせる。
この入場制限のかかったドラゴンダンジョンには、もちろんアレンは入った事が無い。一応昔世話になった勇者の卵のパーティの話で1から5階層までの大まかな様子や、罠が存在しないといった断片的な情報は得ているものの、自分の進んでいる道が本当に正しい道なのかすら判断できないのだ。
「しかしエンシェントドラゴンか。マジで伝説級のモンスターじゃねえか。ったく。なにやってんだ、イセリアは」
ライラックの街に生まれ、そして長い間冒険者として過ごしてきたアレンにしてもエンシェントドラゴンの目撃情報など一度も聞いた事が無かった。
ドラゴンダンジョンに入るため、ミスリル級やオリハルコン級といった半ば伝説の人物を目にすることもあり、その冒険者たちが倒したドラゴンについての噂が飛び交うこともあるライラックではあるが、それはせいぜい成竜までなのだから。
「エンシェントドラゴン、なんかで出てた気がするんだが何の話だったかな」
なんらかの物語で登場した記憶があったアレンが、それを思い出そうとして首を横に振る。
少しでも何かの参考になるかと考えたのだが所詮は物語の話の中のことであり、下手に脚色などされていればその事前の誤った情報のせいで不覚をとりかねないと考え直したからだ。
アレンがその足に力を込めてさらに速度を上げる。
エリックやミスリル級の冒険者たちが手も足も出なかった相手なのだ。残り時間は少ない、ということは逆に言えば多少の猶予はあるということでもあるのだが、その基準はエンシェントドラゴン次第となる。
はっきりしているのは、刻一刻とイセリアの運命の時間は短くなっているということだけだった。
前方にドラゴンパピーなどのモンスターの群れを発見したアレンが舌打ちする。まるで誰かの命令を受けるのを待つかのようにじっとしていたその群れは、アレンの姿を発見すると一斉に動き始めた。
「スタンピードの準備ってか。わざわざ固まってくれてありがとよ。アイスコフィン!」
魔法大全に書かれていた中級上位の水と土の複合魔法であるアイスコフィンをアレンが唱える。通常であればモンスター1体を棺型の氷で固める魔法なのだが、アレンが全力で放ったそれは、その群れ全体を1つの氷の棺に閉じ込めて固めた。
気合を入れすぎたせいで若干ふらつく頭をアレンは軽く振り、そしてその氷の棺を飛び越えていく。
「そのまま永遠に凍っていろ」
そんな捨て台詞を残し、アレンはイセリアを連れ去ったというエンシェントドラゴンが消えた2階層へと続く階段の方向へと走っていったのだった。
そしてしばらくして、アレンはついにエンシェントドラゴンの姿を視認した。というよりも少し前から見えていた青い小山がエンシェントドラゴンであることがわかったといった方が正しいかもしれないが。
先ほどまでアレンが相手をしていたドラゴンパピーが蟻のごとき小さい存在に見えてしまうほどにその体躯は巨大で、そしてどこか気圧されるような雰囲気をまとっていた。
「うわっ。あれ、どうやって戦うんだ?」
アレンが思わず走るのを止めてエンシェントドラゴンを見つめる。アレンに対して背中を向けて顔を下にしているため、アレンからは背中から尻尾しか見えていない。
アレンは長い冒険者生活の中でそれなりにモンスターと対峙してきた。その中には自分の体長をはるかに超える巨大なモンスターもいたことにはいたのだが、小山と見間違えるほど巨大なモンスターと戦った経験などあるはずがなかった。
「モンスターって言うか、もはや動く山だよな」
そんなことを言いながらアレンは考えをめぐらせる。
現状としては相手がアレンに気づいた様子はなく、さらに言えば背中を見せて無防備となれば絶好の攻撃のチャンスだ。切り札となる戦術級の魔法を使おうかともアレンは思ったのだが、戦術級の魔法を放てばとらわれているイセリアの生存は絶望的になる。それでは意味がないのだ。
「素直に切り込むか? いやいやいや、話が通じるみたいだし、話し合いで済めば一番だよな」
ぐるぐるとまとまらない思考をなんとか整理しようと、アレンが眉根にしわを寄せて考え、そして結論を出す。
実際、アレンの最終目標はエンシェントドラゴンを倒すと言う事ではなく、イセリアを救助することなのだ。むしろ伝説の存在と戦って無事で済むはずがないのだから、なんとか対話を成功させてイセリアを解放してもらうというのが最も安全かつ確実。そう考えたのだ。
しかしその考えを実行に移すため、アレンが動こうとしたその直前にそれは起こった。
「ウガァァァー!!」
耳をつんざくようなエンシェントドラゴンの叫びに、アレンは反射的に全ての思考を破棄してイセリアがいるであろうエンシェントドラゴンの正面に向かって走り始めた。
エンシェントドラゴンの叫びはガッガッガッ、と独特のリズムで続いており、それがアレンにはまるでイセリアの残り時間を刻んでいるかのように聞こえていた。
(くそっ、間に合えよ)
アレンの脳裏に最悪の状況が浮かぶ。血だまりの中、まるで糸の切れたマリオネットのように倒れ伏すそんなイセリアの姿が。
そんな想像を振り切るようにアレンは全速力で走り、そして土ぼこりをあげながらエンシェントドラゴンの正面へと回り込んだ。
そしてそこで見た光景にアレンは絶句し、固まった。
そこにはアレンの予想の通りイセリアがいた。そこについては特に問題ではない。アレンを絶句させ、固まらせたその原因は……
「あら、ネラ様。どうなさったのですか?」
まるでピクニックでもしているかのように地面に敷物を敷き、その上に装備も全て外した状態でイセリアが座っていたからだ。しかもネラの姿を見てかけてきたその言葉には、死に対する恐怖など全く含まれていなかった。
「イ、イセリア。大丈夫か?」
あまりにも想像の斜め上をいった光景だったが、なんとかアレンが言葉をしぼり出す。その言葉に少し首を傾げて考えるような仕草をしたイセリアだったが、パンと手を打って申し訳なさそうな顔で首を縦に振った。
「救助に来ていただけたのですね。お手数をおかけしてしまい申し訳ありません」
「いや、それはどうでも良いんだが。なんだ、この状況?」
イセリアの目の前にはエンシェントドラゴンの巨大な顔があるのだ。特に敵意などは感じられないが、その外見からだけでもこれまで感じた事のないほどのプレッシャーをアレンは受けていた。
以前のアレンであれば失神していたかもしれないほどの、それほどのプレッシャーを。
「ふむ、こやつがイセリアが言っていた強き者か。面妖な格好をしておるのぅ」
「ほっとけ! って違うんだ。敵意がある訳じゃないからな。誤解しないでくれ」
「くすくす」
格好のことをエンシェントドラゴンに言われ、思わず突っ込み返したアレンがあわあわしながらフォローしようとする。その様子を見ながらイセリアが笑った。
その笑い声に、どうやら自分の想像した状況とはかなり違うようだと悟ったアレンは大きく息を吐き、そしてガシガシと頭をかきながらイセリアへと向き直った。
「で、どういう状況なんだ。エンシェントドラゴンにさらわれて命の危機だって聞いたから助けに来たんだが」
「合ってますよ。でもそれよりももっとすごい事がわかったんです」
嬉しそうな顔でそう返したイセリアが立ち上がり、そしてエンシェントドラゴンの顔の目の前に立つ。そして首を傾げながらその姿を見るアレンに、まるで紹介でもするかのように掌でエンシェントドラゴンを指しながらイセリアが口を開いた。
「なんと、このエンシェントドラゴン様は、かの有名なミズチ様なのです」
「ミズチ? あれ、なんか聞いた覚えが……」
何かが引っかかりを覚えるものの、それが首元から上がってこずに考え込むアレンに、イセリアが少し残念そうにしながら言葉を続けた。
「勇者アーティガルドの物語で勇者に試練を与えて、それを越えたアーティガルドにその騎竜となるライルを遣わしたあのミズチ様ですよ」
「ああ、なるほど。どうりで聞き覚えが……はぁ!?」
驚きの声を上げ、エンシェントドラゴンとイセリアの間をせわしなく首を振って確認するアレンの姿に、そのエンシェントドラゴンのミズチは、耳をつんざく叫びのような声で笑ったのだった。