作品タイトル不明
第29話 2人での鬼人のダンジョン探索
ネラとしてスライムダンジョンの隠し部屋でイセリアに会った2日後、深夜の仕事から帰って一睡もせずにアレンはすぐに街の外へと出て急いで西へと向かっていた。
今日はイセリアとの約束の日だ。待ち合わせ時間はおおよそでしか決めていないのだが、先日に見たイセリアのやる気からして、ライラックの街の門が開いてすぐに出ているだろうとアレンは予想していた。その事がアレンの足を速めていたのだ。
かなりの速度で走ったアレンがほどなくして鬼人のダンジョンの入り口へとたどり着く。ネラとして鬼人のダンジョンに来るのは久しぶりだった。そのため入場料を払う時に少しは慣れてきていたはずのギルドの職員に再び脅えられ、少しだけショックを受けつつアレンは鬼人のダンジョンへと入っていった。
2階層へと続く階段とは反対方向、めったに人が行かない通路をアレンが進んでいく。そしてその中でも行き止まりになっており、モンスターの発生場所でもない冒険者にとっては何の価値もない場所へアレンは到着した。
「あっ、ネラ様」
「悪いな、遅れちまって。結構待たせちまったか?」
「いえ、約束の時間は決めていませんでしたし、私も先ほど来たばかりです」
嬉しそうに出迎えたイセリアに、アレンが謝罪する。準備万端で待機していた事から考えてもつい先ほどというのは明らかに嘘なのだが、アレンはあえてそこに触れるようなことはしなかった。
(なんと言うか噂に聞くデートみたいなやりとりだな。まあ男女が逆だし、ただの取引の結果なんだが)
少し浮つきそうな気持ちを、そんな事を考えてアレンは自制する。実際、満面の笑みで迎えてくれたイセリアの姿は、普通に見れば恋人との待ち合わせのソレであり、大多数の男であれば確実に自分の事が好きなんじゃないだろうかと考えてしまうようなものだった。
とは言え、現在のクラウンの格好とここがダンジョンであるということもあり、アレンはなんとか冷静に受け流す事に成功する。
「じゃ、行くか」
「はい。でも本当に良いのですか?」
「取引だろ。あんな良い本を貸してもらったんだ。このくらいお安いご用って奴だ」
アレンが自らのマジックバッグから取り出したハンギングツリー製の背負いかごを組み立てて地面に置くと、そのなかにしずしずとした仕草でイセリアが乗り込んでいく。そしてそれをひょいっとアレンが担いだ。
「あ、あの重くないですか。装備も着たままですし、せめてマジックバッグに入れた方がネラ様の負担にはならないかなと思うのですが」
「いや、別に重くないから大丈夫だぞ。それにダンジョンの中は何が起こるかわからねえしな。いざという時の備えを疎かにした奴ほどすぐ死んでいく、これだけはしっかり覚えておけよ」
「……はい」
背負いかごによって後ろが見えないアレンには、そういう意味じゃないんだけどな、と内心思いながら赤面するイセリアの姿は全く見えていなかった。
背負いかごにイセリアを乗せ、アレンは鬼人のダンジョンを疾走する。時々、他の冒険者とすれ違ったりもしたが、背負いかごの中に完全に姿を隠しているためイセリアがいることに気づく者はいない。
そしてアレンはついに鬼人のダンジョンの難関フロアである25階層へとたどり着いた。それはダンジョンに入ってからわずか3時間後のことだった。
「よし、着いたぞ」
25階層をしばらく進み、そして人目につきにくい通路へと入ってからアレンが背負いかごを地面へと置く。そして中のイセリアへと目をやると、イセリアはこわばり歯を食いしばった苦しそうな表情のまま気を失っていた。
一瞬、なぜ? と考え、そしてすぐにアレンは気づいた。それが自分のせいだと。
アレンとしてはもちろんイセリアの負担にならないように気を使って、急な加速や減速は行わなかったし、かなり余力を残して走ったつもりだった。しかしそれはあくまでアレン基準のものである。
25階層まで3時間でたどり着くなど普通はありえない。一般的な冒険者であれば体感した事のない速度であるのは当然だ。しかも視界もほとんどなく、動きの予想もつかないかごの中でそれを実体験したイセリアの恐怖は相当なものだったのだ。
「そう考えると、よく悲鳴をあげなかったよな」
おそらく自分を気遣って悲鳴を我慢してくれたんだろうと予想のついたアレンは、イセリアを見ながらやわらかく微笑む。しかし本来の目的を考えるとゆっくりしている時間はないため、もう少し休ませてやりたいという気持ちに蓋をしてアレンはイセリアを起こしにかかった。
「ここが25階層ですか?」
「ああ。普通の冒険者達はまず入ってこない階層だ。リスクの割に報酬がうまくないしな」
異様な広さの通路におっかなびっくりと歩くイセリアを連れてアレンが歩いていく。これまで数度、鬼人のダンジョンを単独攻略したアレンであったが25階層以降で他の冒険者に会った事が無かった。
25階層以降に出てくるモンスターであるサイクロプスやグレートオーガが単純に強いということもあったが、それに加えて階層の様子が一変した事からもわかるようにその図体がかなり大きいということも一因だった。
その大きさゆえ素材を採取するために解体する手間は増えるし、さらにそれを持って帰らなければならない。そしてその素材の値段も人型のモンスターから採取したものということで嫌がる層もいるためそこまで需要も高くないのだ。
そんな話をしながらしばらく2人が歩いていると地響きが聞こえ始め、そしてほどなく巨大な棍棒を手に携えたサイクロプスがその姿を現した。その巨体もさることながら、一つ目を細め、まるで餌を前にした肉食獣のように歯を見せ、醜悪な笑みを浮かべるその姿にイセリアが息をのむ。
レベルダウン前のイセリアのステータスでも届かない存在。その圧によって意識していないのにイセリアの体ががたがたと震えだす。
「ネ、ネラ様。危険です」
「そうだな。今のイセリアだとちょっとした余波で死にかねないから、端っこのほうでしばらく待っていてくれ」
「ネラ様!」
止めようと声をかけたイセリアへ後ろ手で軽く手を振り、そしてアレンは全く気負いの無い様子でサイクロプスへと進んでいく。
サイクロプスがたった一人で自分に挑んできた愚かな冒険者へと、その悪意を向けようとその筋肉に力を入れたその瞬間だった。
「アースバインド」
手を伸ばし、そう唱えたアレンの意思を体現するように、サイクロプスのいた地面から土が盛り上がり、まるで蔦が木に絡まっていくようにその全身を拘束していく。
前に進もうと顔を赤くするサイクロプスだったが、その結果は一歩すら動く事も出来ず、受身さえとれずにただ床へと倒れるだけだった。
地面に倒れたまま身動きできず、土によって拘束されたサイクロプスにアレンが近づいていく。サイクロプスはその巨大な目をギョロリとアレンに向けて敵意をあらわにするが、僅かにも動く事は出来なかった。
その様子にアレンは満足し、そして通路の隅で待機していたイセリアを手招きする。
「よし、イセリア。こいつの弱点はこの巨大な目だ」
「は、はあ」
あまりの事態に思考が追いついていないイセリアに、アレンがさっさと攻撃しろと促す。混乱のさなかではあったものの、恩義のあるネラの言う事を聞けば間違いないという考えのもと、イセリアは自らの剣をその眼球へと突き刺した。
「くっ、固い」
「そりゃそうだ。イセリアよりはるかに高レベルのモンスターだからな。別に一回じゃなくて良い。倒せるまでやるんだ」
「はい!」
イセリアがその指示に従い、何度もサイクロプスの眼球へと攻撃を加えていく。そしてついにサイクロプスはその眼球から大量の液体を撒き散らしながらその命を終えた。
「うっ!」
イセリアがそう言いながら頭をおさえてうずくまるのを見て、アレンがレベルアップが続いているんだろうと推測し、自身は周囲の警戒を続ける事にした。
しばらくしたが特に他の敵が来る事は無く、そして神妙な顔をしたイセリアがゆっくりと立ち上がりぼそりと「ステータス」と口に出した。
アレンにとっては何も無い空中を見つめているイセリアの瞳が潤み、そして涙が零れ落ちる。しばらくそのまま視線を動かさずにいたイセリアだったが、ゆっくりとアレンのほうを向き、その流れる涙もそのままにぎこちなく微笑んだ。
「レベルアップするってこんなに幸せなものだったんですね」
「良かったな。これからもそんな幸せな瞬間が味わえるぞ」
そう返したアレンの胸へとイセリアは飛び込み、そしてわんわんと声をあげながら子供のように泣きじゃくった。