軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 守護者

エミリーの様子を確かめたアレンだったが、結局スタンリーのことを聞くことはしなかった。

昼の説教のときの様子からして、スタンリーがエミリーの後ろ盾のような立場であることをアレンは察しており、アレンが聞くことによってその関係性に狂いが生じ、なんらかの不利益をエミリーがこうむる可能性を考えたのだ。

エミリーの顔を見れば、聖女という役割による重責はあれど、それ以外に不満などを抱いている様子がないことは明らかだった。

ならばこのままのほうがいいだろうとアレンは判断したのだ。

エミリーに会いに行った翌日。

この日は馬車で半日程度の場所にある町に宿泊する予定であったので、少し出発までには余裕があった。その時間を利用してアレンは再び教会を訪れ、一人の人物に面会の希望を出していた。

その相手はもちろんエミリーではない。

すぐに会いたいという無理を通すため、多少多めの寄進をしたおかげか礼拝堂の奥にある一室に案内されたアレンはそこにあったソファーに座って待っていた。

そして十分程度待ったころ、部屋の扉がノックされ待ち人が現れた。修道服にその引き締まった大きな体を窮屈そうに詰めたその男は、エミリーが以前ライラックにやってきたときに御者と護衛を務めていたカイルだった。

「久しぶりだな、カイルさん。悪いな、急に呼び出しちまって」

「いえ、お気になさらず。しかしアレン様とお会いするのも三年ぶりくらいでしょうか。時が経つのは早いものです」

「聖女見習いが聖女になるくらいだもんな」

ソファーから立ち上がったアレンは、やってきたカイルと握手を交わす。その聖職者とは思えないごつごつとした手の感触は以前よりも圧を増しており、彼が続けてきた鍛錬の日々をアレンに感じさせた。

アレンに促されたカイルは、机を挟んで対面にあるソファーに座る。しかしその背はピンと伸びたままであり、体をソファーに預けるようなことはしていなかった。

「相変わらずみたいだな」

「そうですね。私は私、変わることはありません。果たすべき役割を果たす。それが私の使命だと確信しておりますから」

「ってことは、やっぱりあんたもエミリーについていくんだな」

「はい」

真っ直ぐにアレンを見つめ、迷いなくカイルが答える。その力強い目は、エミリーを守るという強固な意志を感じさせた。

アレンはそんなカイルの姿に表情を緩める。

「そうか。あんたに任せておけばエミリーも安心だな」

「どういう意味でしょうか?」

「だってあんたなら魔王を倒すことよりもエミリーの安全を優先してくれるだろ?」

真顔でそんなことを言われたカイルが目を見開いて驚く。カイルが心の中で秘めていた思いをずばりと当てられたからだ。

カイルは教会の上層部から、何があったとしても魔王を討ち果たせという命を受けていた。その何か、の中には聖女が死ぬということも含まれる。

上層部のほとんどは平民出身のエミリーを半ば生贄のように考えており、そのことに強い憤りを覚えつつも、反論すればそばで守ることもできなくなってしまうとカイルはじっと我慢してきたのだ。

自分が今いる場所を思い出し、さっと表情を戻したカイルは静かな声で答える。

「聖女様をお守りし、魔王を討ち果たす手伝いをすることこそが私の役目です」

「そっか、頑張ってくれ。俺たちも冒険者として魔王の討伐に参加するんだ。あっちでまた会うこともあるかもな」

建前とわかるその言葉に少しだけにんまりと笑いながら、アレンが一旦話を切る。

そして一度小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、アレンは真剣な表情で話しはじめた。

「昨日の昼の説教のときにスタンリーがいるのを見たんだが、あの人は今どんな立場なんだ? 冒険者パーティの一員として回復役を務めていたころに世話になったことがあるんだが」

「スタンリー様は枢機卿のお一人でいらっしゃいます。シスター見習いであったエミリー様に聖女の素質を見出され、現在ではその後ろ盾となっております。私をエミリー様の護衛に抜擢されたのもスタンリー様ですね」

「枢機卿……ずいぶん偉くなったようだな」

少しだけ表情を緩ませるカイルの姿に、彼がスタンリーを信頼しているということを感じたアレンは頭を悩ませる。

枢機卿といえば、教会の意思決定を行う上層部の一人ということになる。カイルの反応からしてエミリーを守ろうとスタンリーが動いていることは察せられたが、どうしてもテッサのあの反応がアレンの頭にちらついていた。

「スタンリー様も前線に出られるとの話です。それだけの気概を持った枢機卿はスタンリー様だけでしょう」

「前線に!? いや確かに冒険者をしていた経験は生かせるだろうが邪魔になりかねないんじゃないか?」

「たしかにそういった面はあるでしょうが、上の立場の者が安全な場所に隠れていては、実際に戦いに向かう信徒たちに面目が立たない。なによりユエル様の教えに背く行為だとお考えになったそうです」

どこか嬉しそうなカイルの反応にアレンの頭がますます混乱していく。

スタンリーは昔から考えの読めない相手ではあったが、今回の行動はその中でも極め付けだった。

枢機卿のような立場の人間が前線に向かえば、その護衛やら準備やらのせいで多少なりとも混乱が起こるのは明らかだ。

しかしカイルから聞いたスタンリーの言い分もわからない話ではない。自分たちだけに戦わせて、上層部は王都で安穏とした生活を送っているとなれば当然士気は下がる。

回復役は前線を維持するのに非常に重要な役割をもっているのだ。彼らの士気を維持するために共に戦うというのは悪くない案だろう。

「情報が足らなさ過ぎるな。これ以上は無理か」

ぼそりとそんなことを呟き、アレンは大きく息を吐いて気持ちを切り替える。

少しでもスタンリーの情報を集めてその考えが読めればと思ったのだが、手に入れられた断片的な情報からはほとんどなにもわからなかった。

少なくともカイルが信頼する程度にはエミリーを保護しているとわかっただけで十分だとアレンは考えたのだ。

ゆっくりめの出発とは言え、時間は有限だ。右手を差し出し、面会してくれたことの感謝と別れの挨拶を告げたアレンに、カイルも握手と挨拶を返す。

そして立ち上がったアレンは扉に向かって歩き出し、そして部屋から出る直前にその足を止めるとごそごそと腰につけたマジックバッグを漁り始めた。

「これ、やるよ。あんたなら使いこなせるだろ」

放り投げられた白銀に輝く手甲を受け取ったカイルが、その目を見開く。その素材がミスリル製であることに気づいたのだ。

「これは……」

「俺の仲間がライラックのダンジョンを攻略してた時に手に入れた装備だ。魔力をこめると氷の刃が発生するから敵を切り裂くこともできるいい装備だぞ。俺の予備の装備として持ってきたんだが、あんたにやるよ」

「しかし」

「それでエミリーを守ってやってくれ。じゃあな」

あまりにも高価な贈り物に気後れするカイルをよそに、そんなことはどうでもいいとばかりにひらひらと手を振ってアレンは去っていった。

一人残された部屋でカイルはその手甲を眺める。

カイルが使っている手甲も、名工と呼ばれる職人が作ったオーダーメイドの一品だ。その出来は、そこらのダンジョンから出た装備に勝るとも劣らない。

しかし目の前にある手甲は、はっきり言って格が違う。まるで芸術品のような美しさを兼ね備えながら、それは確かに目の前に立ちふさがる何者をも打ち砕く武器だった。

カイルはゆっくりとミスリル製の手甲を自分の腕にはめる。まるで昔から自分のものであったかのようにしっくりと馴染む感触に、カイルの頬は思わず緩んだ。

そして開いていた両手をカイルがぎゅっと握り締める。

「我が拳は……」

小さく自分だけに聞こえるように決意を発し、カイルはその手甲を少しでも馴染ませるために鍛錬場に向かって歩き始める。

その力強い意思を感じさせる瞳は、真っ直ぐに前を見つめていた。