作品タイトル不明
第25話 ギルド長室にて
基本的に冒険者ギルドというのは建物の形がおおよそ決まっている。特に外観については似通った姿をしているのがほとんどだった。
これは冒険者の中には依頼などのために各地を転々とする者が少なくなく、そういった者たちが初めてきた場所であってもわかりやすいように、という意図が込められている。
一方、同じような行商人が所属する商人ギルドはどうかというと、外観に関してはそういった決まりは全くなかった。
商人であるならば、訪れたことのない場所であってもギルドがどこにあるのかくらい知っていて当然。そんな初歩的なことも出来ないような人材はギルドには必要ない、とある意味では冒険者ギルドよりはるかに厳しい考え方を商人ギルド自体が持っているからだった。
ギルド会員に誰でもなることの出来る冒険者ギルドと、紹介者が必要となる商人ギルドはそもそも根本が違うと言えなくもないが。
それはさておき、そういったこともあり基本的に冒険者ギルドは2階建ての構造をしている。とは言え冒険者の中で2階へと入ったことのある者は半分にも満たない数だ。
一般的に冒険者が行う依頼を受ける、報酬をもらうなどの仕事は全て1階のみで済むようになっているので、ただそれだけを行うのであれば2階に行く必要などないのだ。
それでも少なくない数の冒険者が2階へと行ったことがあるのは、ダンジョンに関する資料やモンスターの情報などがまとめられた資料室が2階にあるからに他ならない。
アレン自身も昔から身の安全を少しでも高めるために資料室には良く通っていたし、このギルドの資料室にも既に何度も行ったことがある。そういう意味では珍しくもない場所とも言えるのだが……
「やっぱこっち側もライラックに似た造りなんだな」
「そうね。建てたのはニックさんたちのいるブラント工房だから、ライラックと似ているのは当然かもしれないわね」
「そういえばアレンは一度ライラックのギルド職員になったんだったな。ライラックから送られてきた資料に書かれていたよ。向こうのギルド長の愚痴のようなものも書かれていたが……内容を聞きたいかい?」
どこかからかう様な表情でそう聞いてきたカミアノールに向かって、アレンがげんなりとした顔をし、黙って首を横に振る。なにが書かれていたのか先ほどのカミアノールの言い様でアレンはおおよそ理解してしまっていた。
アレン自身、ライラックのギルド長であるオルランドには悪いことをした、という意識は少なからずあるし、その後も一応アレンに利があるように融通を利かせてくれたということには感謝もしていた。
それでも、どこか粘着質なオルランドの対応には辟易としているのも事実であり、出来ればお近づきにはなりたくない人物というのがアレンの正直な感想だった。
そんな雑談を交わしながらマチルダの先導にしたがって、ギルド職員や上位の冒険者のみが入ることのできる区画をアレンたちは進んでいき、そしてその奥にあった1つの扉の前で立ち止まる。
その扉は今まで通り過ぎてきたなんの変哲もないものとは違い、生い茂る森の姿を精緻な彫刻で施された芸術品と呼んでも良いものだった。それを初めて見るアレンとイセリアが思わず息を飲むほどに。
そんな2人の姿に、カミアノールが柔らかく微笑む。
「友人が送ってくれたものでね、私のお気に入りなんだよ」
それが合図だったかのようにマチルダがタイミングよく扉を開け、そしてカミアノールがさっそうと中へ入っていく。それに続いてアレンとイセリアも中に入ったが、その部屋の内部は先ほどの扉のような驚きはなく、至って普通の、一般人からすれば豪華なギルド長室だった。
入り口からすぐに見えるソファーへと優雅に腰をおろすカミアノールに促され、アレンとイセリアがその対面に座る。
「お茶はヴェルダナムカ産の良い物があるんだが、君たちもそれでいいかな?」
「おう」
「はい。楽しみです」
2者からの全く色の違う同意の言葉に苦笑しつつ、カミアノールがそばにいたエルフの女性に視線だけで合図を送る。そしてそれを見逃すことなく、その意図を察したエルフの女性がお茶を淹れるために去っていくのを眺めながら、こういう何気ない仕草がきまるんだよなぁ、などとアレンは少し羨ましげにカミアノールについて考えていた。
「では、朝にも報告はさせていただきましたが現状と問題点について説明させていただきます。アレンとイセリアさんもなにか思うところがあったら好きに口を挟んでいいからね」
そう前置きをし、マチルダが立ったまま説明を始める。
今までのギルドの対応、昨日アレンたちから聞き取った状況、そしてその地図などの内容が程よくまとめられており、特に補足する必要も感じなかったアレンは最後まで口を開かなかった。そしてそれは話を聞いていた他の2人も同様だった。
「……と、報告は以上となります」
説明を終え、少し首を傾げてなにか質問は? と無言の内に問いかけるマチルダに、3人は首を横に振って応えた。そしてカミアノールが苦笑しながら口を開く。
「うーん、マチルダ君は優秀だね。責任は全て私が持つから、今後の方針なんかは君が全部決めてくれてもいいくらいだ」
「さすがにそれは……」
「ああ、もちろん冗談だよ。とは言え私もついこの間まではギルドを利用する立場だったわけだから本心でもあるけれどね」
困ったように言葉を濁すマチルダに、冗談めかして笑いながらカミアノールがウインクして返す。それを受けたマチルダが、困惑しながらもどこか照れを感じさせる表情を浮かべたのを見て、アレンはもやっとした気持ちが胸の内に広がるのを感じていた。
「じゃ、責任感あるカミアノールギルド長様はどうされるおつもりで?」
「やけに刺々しいが、アレン。前にも話したと思うが私が口説くのは人妻でなく、恋人もいない者だけだ。マチルダ君を口説くつもりは毛頭ないから安心してくれたまえ」
「あんた、相手が決まっても他の女を口説くつもりなのかよ」
お茶を差し出した後は、カミアノールの背後で静かに待機している女性のエルフへ少しだけ気の毒そうな視線をやり、続けてアレンは呆れたような表情をカミアノールへと向ける。
その視線に含まれた意図をカミアノールは正確に察してはいたが、苦笑を浮かべるだけで弁明もなにも行わなかった、
「今回の件、幸運だったのはマチルダ君の夫である君がギルドの事情を察して動いてくれていたことだな。宝箱からマジックバッグが出たという話はまだ誰にもしていないんだろう?」
「ああ。イセリアとも相談して、先ずはマチルダに話そうって決めたからな。門の守衛のチェックも顔見知りってことで甘かったから気づいていないはずだ」
「それは重畳だけれど、町の防衛としては不安が残る結果だね」
そう言って苦笑いし、カミアノールが目の前のお茶が注がれたカップを手に取り、こくりと一飲みする。そしてアレンがテーブルの上に置いたマジックバッグを見つめ、思案するように眉根にしわを寄せて考え始めた。
アレンとイセリアが、そんなカミアノールを見守りつつお茶を飲んだりして時間を潰していると、しばらくして、息を大きく吐いたカミアノールがすっと、視線をアレンたちへと向ける。
「基本方針はこれまで通りで良いだろう。だがその規模などの詳細は各責任者を集めて再度話し合うべきだろうな。幸いにも時間は多少残されていることだし」
「わかりました。各責任者への連絡は私のほうからさせていただきます」
即座に返事をしたマチルダに満足げにうなずいてかえし、そしてカミアノールがマチルダからアレンたちへと視線を戻す。
「頼むよ。そしてアレンとイセリアさん。君たちには25階層までの詳細な地図の作成を指名依頼する。早急に、という条件付きでね」
「早急に、とはどの程度でしょうか?」
「そうだね。早ければ早いほどいいのだが、目安としては1か月程度と考えて欲しい。なあに、1日で3つも集落を潰せるような冒険者たちなら簡単なことだろう?」
イセリアに柔らかく微笑み、そしてアレンに向けてニヤリとした笑みを浮かべてみせたカミアノールに対してアレンが肩をすくめて応える。
実際、20階層レベルのモンスターで構成された集落を1日に3つ攻略するというのは普通の鉄級冒険者に出来るような所業ではない。
金級であるイセリアがいたためだと普通は考えるのであろうが、短いながらもアレンと交流した経験のあるカミアノールはそれだけではないだろうと半ば確信していた。
アレンとしても自身が昇級するように動いている最中なので、わざわざそれをごまかすようなことはしない。とは言え本当の実力を全て見抜かれるようなことをするつもりはなかったが。
確認のためアレンが視線をイセリアへと向けると、イセリアが微笑みながらうなずく。その迷いのない答えに、頼もしいながらも少々危うさを感じつつ、アレンは一息吐き、カミアノールへと向き直った。
「わかった。詳細はまたマチルダ経由で伝えてくれ。報酬と貢献度、よろしくな」
「なにかわからない点があれば、また呼んでください。この2日は、私は宿で待機しておきますので」
「待機までは必要はないが……その厚意はありがたく受け取っておこう」
目の前の美味しいお茶を飲み干し、話すべきことは終わったとアレンがさっさと立ち上がる。そしてそれに続くようにしてイセリアも席を立ち、そしてギルド長室から2人は出ていった。
思ったより早く終わったな、と考えていたアレンへとイセリアがぽつりと呟く。
「これ、私たちが行く意味はあったのでしょうか?」
「んっ、それは……まあいなくてもそこまで困らなかったような気がするな」
考えてみれば説明を行ったのはマチルダであり、今後のギルドの方針についてカミアノールが決めた時もアレンたちは全く口を挟んでいない。
指名依頼を受けたことはある意味で重要だが、それにしても後でマチルダから伝えるなりすれば事足りるのだ。わざわざアレンたちがギルドへと行く必要はなかったといえる。
(もしかして、本当にびっくりさせるためだけに呼んだんじゃねえよな?)
脳裏に思い浮かぶマチルダの笑顔にアレンは疑問を投げかけたが、当然のことながら答えがかえってくることなどなかった。