作品タイトル不明
第20話 攻略の影響を受ける者たち
翌日、既に18階層への階段を見つけているため、すぐに下を目指すかと思われたアレンとイセリアは、休息をとったその場を離れて昨日に続き17階層の探索を続けた。
その目的は、もちろん17階層の地図を完成させるためだ。
「アレンさん。本当にいいのですよね?」
「おう。最下層攻略を目指すことを諦めるわけじゃねえが、地図作りは結構な貢献度になるしな」
「銀級を目指すだけなら十分なほどに、ということですか?」
「さあな。だが事情を知ってるマチルダが、なるべく詳細な地図を作ってきて欲しいって言ってたんだ。可能性はあると思うぞ」
イセリアの質問に振り返ることもなく、ただ肩をすくめながらアレンは歩き続ける。
実際、ダンジョンの攻略というのは最終的な目標である、アレンが銀級冒険者以上になるという手段の1つでしかないのだ。
階層の地図を完成させ報告していくことでそれを成すことが出来るのであればそれでもいい、アレンはそう考えていた。
アレンの規格外のステータスがあれば、どちらの方法にせよランクアップの可能性が十分にある現状、アレンが優先したのはマチルダの言葉だった。
もちろん愛する妻の言葉だから、というだけではない。長い冒険者生活の中で地図の重要性をなによりアレンはわかっている。それを知っているかどうかで、生存率が大きく変わってしまうほど重要なものなのだ。
昨夜、警戒をしながらアレンは本当にこのまま17階層の地図を作るべきか十分に考えていた。
その時アレンの頭に浮かんだのは、短い間ながらも自分のことをアレンさん、アレンさんと呼んで慕ってきた新人の冒険者たちの姿だった。
もちろんまだレベルの低い彼らがいきなりこの17階層に来る可能性などほぼ無い。だが将来、誰かがこの階層へやってきて、地図に見落としなどがあった結果、命を失うなどということになれば後悔してもしきれないだろうと考えたのだ。
まあマチルダの期待に応えたいと言う気持ちや、付属して探索できる階層が増えれば稼ぎ場も増えることになるので、まともな冒険者もやってくるかもしれないという願望も含まれていたが。
結局その後、10日の間に2人は17階層から20階層までのほぼ完璧な地図の作成を終えることに成功した。
密林地形のほぼ完璧な地図という、ギルドとしては欲していても探索の難しさから半ば諦め、地道に情報を集めようとしていた場所の詳細が提出されたことに、ギルドの内部ではかなりの大騒ぎになっていた。
さっそくそれを確かめるための依頼が掲示板に貼られ、それに伴い近々20階層までの地図が提供されるようになるという噂と、それを成したのがたった2人の冒険者であるという話は瞬く間に広がっていったのだった。
そしてそれは当然、その先の階層へと進んでいる者たちの耳にも入っていた。
「ちっ、面白くねえ。後からやってきて俺たちの努力を無にしやがって!」
先ほどまでエールが注がれていたグラスをドンッと机に叩きつけるようにして赤ら顔の粗野な大柄の男が酒臭い息を吐き出しながら怨嗟の声をあげる。その勢いと迫力は周囲で飲んでいた気の弱い冒険者たちがそそくさと離れていくほどだ。
しかし同じテーブルに座る5名は、そのことを意に介した様子もなく平然と酒や食事を続けていた。
「まあ、落ち着きなよ。別に抜かされたって訳じゃないだろ」
「おうおう、さすが銀級冒険者様は余裕だな。あっちは金級で、お得意のランク自慢も通じなさそうなもんだが」
「死にたいのかい?」
「ランクが全てじゃねえって体に教え込んでやろうか?」
最初はなだめていたはずの柔和な雰囲気を漂わせたローブをまとった男と、赤ら顔の大柄な男との間の空気が重みを増していく。
既に両者の体重は座っていた椅子にはほとんどかかっておらず、なにかきっかけさえあれば即座に殺し合いが始まりそうな気配に、周囲のテーブルから人が消えていく。
「やめろ。酒がまずくなる」
その重く低い声に、2人が一度視線をぶつけ合い、そしてお互いに視線を逸らした。
その言葉を発したドワーフは、ふんっ、と鼻を鳴らしてその様子を眺め、そしてエールをいっきにあおる。ほんの数秒でグラスになみなみと入っていたはずのエールを消えうせさせ、大して美味くもなさそうな表情でドワーフが小さく息を吐く。
「確かにアドバンテージが消えたのは痛いわね。今回の攻略スピードから考えても21階層以降を攻略されるのもすぐだろうし」
「金級冒険者のイセリアなんて初めて聞くからどうかと思ったけど、実力は確かなようね。姉さん、鞍替えしちゃう?」
「今更よ。それに私たち程度いらないって断られるでしょうね」
容姿がそっくりで、一卵性双生児だと傍目にもわかりやすい、少し露出度が高めな服装をした姉妹が冗談めかしながら本音を交し合う。表情豊かに話す妹とは対照的に、姉は全く表情を動かすことがなかった。
姉の視線は、テーブルに座る4人へと注がれており、この発言に対して誰がどのように反応するかを確かめていた。
その態度は妹以外への信頼はない、と示しているようなものであり、ここにいる者たちが昔からの仲間などではないということの証左だった。
このテーブルに集っている者たちは、今ドゥラレのダンジョンで攻略中の最下層である25階層を探索しているパーティだ。
しかしその実態は、個人、または少数で動いていた冒険者の寄せ集めである。そこに全幅の信頼関係といったものなど存在するはずもなく、利害関係で結ばれたパーティというのがふさわしい状態だった。
「私としては、彼女よりもそれに同行している鉄級冒険者の方が気になるね」
双子の姉の視線を受けつつも、それを肩をすくめるだけで軽く流したエルフの男が興味深そうにそんなことを口にした。その発言に、ギスギスした空気の漂っていたそのテーブルが驚きで満たされる。
鉄級探索者ではあるもののそのエルフの男の実力は折り紙つきで、その扱う魔法の多さ、判断の的確さなどに彼らは何度も助けられてきた。一方で口数は少なく、なにかに興味を示すということなど今まで見せたことがなかったのにその発言をすれば当然かもしれないが。
「鉄級冒険者のアレンだったな。元々はライラックの冒険者で、ここには応援で来ているという話だ」
「そこの席で飲んでいて、争いごとが起きると仲介に入る奇特な人ですね」
ドワーフの男が告げたその情報に、ローブを着た男が今は誰も座っていないテーブルを指差しながら付け加える。
「ああ、あの人だったの。噂の『地図屋』さんは」
「姉さん、そっちから誘惑したらどうかな?」
「どうかしらね。あの人、女たらしって噂も流れていたはずよ。ギルドに奥さんもいるらしいし、知り合いも多そうよ。私たちのことも知られているんじゃないかしら」
「けっ、その手口でイセリアって金級冒険者も落としたってのか。とんだひも野郎じゃねえか」
双子姉妹の話を拾い、赤ら顔の男が悪態をつく。
実際、このドゥラレの町で噂に上がる冒険者はまだまだ少ない。新たにダンジョンが出来たことによって冒険者ギルドが新設されたのだ。地元の冒険者という存在がいない現在、噂となるのは際立って強いか、もしくは目立つ者だった。
今まで強いと噂されていたのは、ダンジョン探索の先頭を担ってきたこのパーティの面々だった。実力的には彼らよりも上の冒険者がいないわけではなかったが、未踏のダンジョンを攻略していくというわかりやすい成果をあげる彼らへと賞賛が向けられるのは当然だ。
それは新人の冒険者からの尊敬の眼差しであったり、わかりやすいアプローチであったりと様々だったが、それに気を良くしている者が多いのも確かだった。
しかし彼らが25階層で足止めをくっている内に、アレンとイセリアという2人の冒険者が恐ろしい勢いでダンジョンを攻略し始めたのだ。
しかも彼らが他の冒険者が追いつけないようにわざと詳細を省いて報告した16階層から20階層の密林の地図を作り上げてしまったという。それが公開されれば、今までは密林で階段を探すことに手間取り足止めを食らっていた他の冒険者たちがやってくるのは明らかだった。
それは彼らにとって面白くない事態といえた。
「どうする。無理矢理にでも突破を図るか?」
ローブを着た男がテーブルに座る面々に視線を巡らせながら提案をする。しかしそれに対して誰一人賛同の声はあげなかった。
すでに1か月以上25階層で足止めをくっているのは、その攻略の糸口が見えなかったからに他ならない。
攻略できる可能性がないわけではないと考えているからこそ攻略を続けているが、なんの作戦も無く無理矢理に突破などしようものなら被害が出るというのは確実だった。
もちろん寄せ集めである彼らはパーティの仲間に損害が出るということを心配しているのではない。そのことによって自分の命が危険にさらされることの方を重要視しているのだ。
その結果として、パーティとしての安全度が上がっているのは皮肉な状況とも言えるかもしれないが。
沈黙が続く中、小さく嘆息をしたエルフの男が自らの前に置かれたワインをゆっくりと持ち上げ口に含む。まだ渋みを感じさせるそれに少しだけ顔をしかめ、そしてそれを嚥下した男はなにごとかを呟くとゆっくりと視線を全員に向けた。
「彼らに囮になってもらえばいいんじゃないかな。それなら攻略する糸口も見えるかもしれない」
テーブルの周囲を、唱えたウインドによって風を吹かせて声が他に届かないようにするという卓越した魔法を扱いながら、そのエルフはほの暗い笑顔でそんなことを提案したのだった。