作品タイトル不明
第16話 地図のないダンジョン探索
地図を頼りに15階層まで1日で進んだ2人は、そこで大休憩をとると地図がまだ提供できるほど情報の集まっていない16階層へと進んだ。
木々がうっそうと生い茂り、それらに蔦が絡まったり下草が繁茂するその光景は、先に進む気を萎えさせるのに十分だと思わせるものだった。
「密林ってところか。 上にも注意しねえとな」
「わかりました」
こくりとうなずいて返したイセリアに、小さく笑って返しアレンが密林に向かって気負う様子もなく進んでいく。
これまで15階層進んできた中で、アレン自身このドゥラレのダンジョンに対してかなりの安心感を覚えるようになっていた。なぜならその出現するモンスターの傾向が、ライラックにある鬼人のダンジョンとほぼ似通っていたからだ。
ライラックの鬼人のダンジョンは、アレンが昔の冒険者時代によく行っていた最も馴染み深いダンジョンであり、高いステータスを手に入れた後も何度もネラとして挑戦した場所である。
その名の通り、ゴブリンなどの鬼人と呼ばれるモンスターばかりが出現するダンジョンであり、それらは他のモンスターに比べ知力が高いため攻略難度は他のダンジョンの同階層に比べれば高めだ。
とは言え、今のアレンにとってそれは問題とならない。知力がある程度高いからこそ行動パターンはある程度限られ、そのことについて十分に理解しているため何をしてきそうなのか予想がつくからだ。
未知のモンスターに予測不能な行動をされるほうがよほど面倒。それが今のアレンの正直な気持ちだった。
「ウインドカッター」
視認できる範囲にモンスターと人がいないことを確認しつつ、アレンが目の前のうっそうと茂った雑木や雑草に向けて魔法を放ち、見えない風の刃がそれらをなぎ払う。
それを何度か繰り返し人が横並びに3人くらい通れる通路を作るとアレンは手に持った長い棒で地面を叩きながら進み始めた。その後に周囲や上を警戒しながらイセリアが続いていく。
この探索方法はギルドの資料に書かれていた未踏の階層を探索する時のものの1つだ。
もちろん周囲の環境によってその方法は様々なのだが、今回の密林のように小部屋などのない開けた環境で罠の起点の大部分が確認しづらい地面などにある場所ではアレンの使っている長い棒のようなもので先に安全を確認してから進むというのが鉄則となっていた。
ベテランと言える冒険者経験を持つアレンではあるが、今まで地図の全くない階層を探索する経験などしたことがない。
幾度かのダンジョンの改変に関わったことはあったが、基本的に高ランクの冒険者たちがある程度の地図を作成した上で、その確認や穴埋めをするくらいだったからだ。
しいて言えばスライムダンジョンの改変はアレンが全てを確認したともいえるが、どちらにせよ改変があったとしてもダンジョンの構造自体に変化があることはまれであり、それを考えると地図の全くない階層を探索したことのある冒険者というのは案外少ないと言える。
だからこそアレンも誰かに話を聞くではなく、資料で調べた方法で探索を行うという結論に至った訳だが……
「想像してたけど、やっぱこれは効率が悪いな」
「思ったよりも抜けもありそうですしね」
1時間ほど、資料どおりの方法で探索を行い、いくつかの底に尖った木の杭の詰まった落とし穴や、正体不明のガスなどを発見していた2人だったがその表情は思わしくなかった。
この一時間で2人が進んだ距離は、他の冒険者が同じように探索した場合に比べれば驚くべき進行度合いなのだが、そんな比較対象が全くない現状で2人が比較できるのは普段の探索の場合しかない。
もちろん慎重を期すために行っていることであるし、そのために遅くなるとは2人とも理解している。しかしどうしても遅いという印象は残ってしまい、それに関してどうにかできないのかという思いが浮かんできていた。
実は最初は1本の棒を使って地面の確認を行っていたアレンだったが、現在は片手に2本ずつ、計4本の棒で地面を叩いている。棒で叩くという方法は確認できる場所が点になってしまうため、1本では何度も叩かなくてはならないので時間をくってしまうからだ。
普通なら、長ものの棒を何本も持って常に叩き続ければすぐに体力の限界が来てしまうだろうが、アレンにとってそんなことは関係ない。
だからこそできる方法だったのだが、それでも欠点はあった。罠の見落としが意外と多かったのだ。
アレン自身、なるべく漏れのないように叩いて進んでいるつもりだったし、現にそうだった。
しかし叩きながら進んでいる途中にふと違和感を覚えて足を止めると、アレンが踏み出そうとしたその先の地面に罠を起動させるスイッチがほんの少しだけ顔をのぞかせていたということが、これまで2度あったのだ。
いずれも事前に気づいたし、わざと発動させた罠の結果もそれなりの速度で毒矢が飛んでくるものと、木の上から頭ほどの大きさの岩が落ちてくるといったもので、不意に発動させてしまったとしてもアレンならば十分に対処できる類のものだった。
しかしそんな幸運ばかりが続くと思うほど、アレンはダンジョンについて甘く考えてはいない。どんな冒険者であってもダンジョンで油断すれば簡単に死ぬ。それが純然たる事実だからだ。
「よし、ちょっと周囲の警戒頼む」
「はい」
歩みを止め、周囲10メートルほどの木々をウインドカッターでなぎ払い視界を確保すると、アレンは周囲の警戒をイセリアに任せた。
イセリアが警戒しながらディグで簡易的な堀を作っていく声を聞きつつ、アレンは取り出したます目の書かれた紙にさらさらと線を引き、×印と文字を記載していく。
それは2人がこれまで進んできた場所を示すものであり、×印は当然罠の場所で、文字はその種類と注釈である。
続いてモンスターとの遭遇位置や種類なども記載し終えたアレンが顔を上げる。周囲にまんべんなく気をやりながら視線を動かしているイセリアの姿に、だいぶ冒険者らしくなったな、とそんな感想を抱きつつアレンは微笑んだ。
そしてリュック型のマジックバッグへと作製途中の地図をしまうと、その代わりに乾燥アプルを取り出してイセリアへと放る。少し驚きつつも、イセリアはそれを落とすことなくキャッチした。
「食べ物を投げるのは行儀が悪いですよ」
「最悪な状況なら武器として使う可能性も……」
「今は違います。冒険者の心得っぽく言っても騙されませんからね」
まるでいたずらをした子どもをしかるかのように乾燥アプルを持ったまま眉を吊り上げるイセリアに、アレンが苦笑いしながら謝罪する。
以前であればアレンが冒険者の常識として教えれば、疑うことなくイセリアは信じてしまい、逆に大丈夫なのかとアレン自身不安に思っていた。教える立場としては楽なのだが、このままではいつか悪者にコロリと騙されてしまうのではないかと。
成長する教え子の姿を微笑ましく思いつつも、しかることに集中するあまりイセリアの周囲への警戒は薄れてしまっていることをアレンは察していた。そしてそれはその周囲にうごめく者たちにとっても同様だった。
「そもそも食べ物は農家の方がですね……」
「そのアプルはダンジョン産、だけどなっ!」
言葉を言い終えると同時に、アレンがさりげなく足元に寄せ、魔力で覆って強化しておいた雑木を蹴り飛ばす。
驚いたイセリアが振り向いた先で確認できたのは、木陰から弓でイセリアの背中を狙っていたと思われる、細身の2メートルほどの赤い体躯を草などで覆い隠したオーガレンジャーの頭に先ほどアレンの蹴り飛ばした雑木が突き刺さり、その体をゆっくりと倒していく光景だった。
慌てて手を掲げ、周囲の警戒を再び始めたイセリアだったが、それ以上モンスターの襲撃はなく、ほっと胸を撫で下ろすとともに悔しそうに顔を歪めた。
「すみませんでした」
「いや、今回は俺が悪かったけどな。本来なら仲間の気をそらすようなことはしないもんだし」
「それでも、油断したことには変わりありません」
周囲の警戒を続けつつ謝罪し、アレンの言葉にもその表情を変えないイセリアの姿に小さくアレンが息を吐く。
真面目なのは冒険者として褒められるべきところだが、イセリアの場合は真面目すぎるんだよなぁ。そんな感想を抱きながらアレンはその背中を軽く叩いた。
「まだイセリアは冒険者としての経験が浅いんだ。そう気負うなよ。新人は誰しもミスして成長していくもんだし、それが致命的なことにならないようにフォローするのがベテランの役目だ。で、イセリアが成長した時に誰かに同じようにしてやってくれ」
「アレンさん……」
「あっ、ちなみにこれは大盾のジョセフっておっさんからの受け売りだから、尊敬するならジョセフの方だな。あのおっさん、なんで冒険者なんだって疑問に思うくらい強くて礼儀正しくて人格者だったしなぁ」
イセリアの声色に尊敬の念を感じたアレンが、それを吹き飛ばすかのように軽い調子でおどける。そして倒したオーガレンジャーの処理をすべく、そのままイセリアの横を通り抜けて歩いていった。
周囲を警戒しつつ悠々と歩いていくその背中を視界に入れつつも、周囲の警戒を続けるイセリアがぽつりと呟く。
「それが実際にできるというだけで尊敬すべき人だと思いますよ」
ほんの少し目じりを和らげ、一瞬だけアレンに意識を移して笑い、そしてイセリアは再び表情を戻すと周囲の警戒を続けるのだった。