作品タイトル不明
第42話 帰る場所
ジーンとライオネルの仲をとりもった3日後の早朝、アレンはエリアルド王国へ向かうのに一番近いキュリオの北門にいた。
そこにはアレンを見送るためにやってきたジーンやフルナゼーノたちがおり、少し離れたところには先に別れの挨拶を済ませた『ライオネル』の面々とセリオノーラが去ることもなく残っていた。
ライオネルが難しい表情でアレンを見つめ、それを仲間たちが微笑ましく眺めている『ライオネル』とセリオノーラの姿に相変わらずだな、と苦笑しつつアレンが視線をジーンへと戻す。
「じゃ、そろそろいくわ。ジーン、研究に集中するなとは言わねえが、健康にだけは気をつけろよ」
「そうだね。努力する。兄さんも気をつけて」
「おう」
アレンは少し心配そうに顔を曇らせているジーンを安心させるようにニッと笑みを浮かべた。そして、ジーンの横に当然のように立つフルナゼーノに視線を移す。
「フーノ。色々ありがとな」
「いえ、お義兄さんに私の方が良くしてもらって……私のとっておきのお礼のつもりだった魔道具を作る職人の方も既に顔見知りでしたし、私がしたことなんて……」
「あー、あれは偶然だし、仕方ねえだろ」
そう言ってしゅんとするフルナゼーノに、アレンが苦笑しつつフォローの言葉を口にする。
昨日、フルナゼーノはアレンがこの街を去ってしまう前にということで、約束していた理論構成した魔道具を作ってもらう職人のところへ連れて行ったのだ。しかしその場所はアレンが指輪を買った女性のドワーフが経営する店だった。
得意げにドワーフの女性を紹介するフルナゼーノをよそに、アレンとそのドワーフの女性は視線を合わせて苦笑するという事態が発生したというわけだ。
「俺としてはジーンのそばに誰かいてくれるってだけで安心なんだよ。こいつ放っておくと餓死しかねねえし」
「は、はい。婚約者として一生懸命ご飯を作りますね!」
「兄さん!」
ぺかー、と表情を明るくするフルナゼーノとは対照的に、顔面を蒼白にしてジーンが強い口調でアレンを非難する。
その様子に、そういえばフルナゼーノの料理はジーンがトラウマになるほどのものだった、と思い出したアレンがすかさずフォローの言葉をいれる。
「あそこのセリオノーラは料理上手だから教えてもらうといい。ジーンには一番美味しい食事を出してやりたいだろ。料理の上手い奴に教えてもらうのが上達の秘訣だぞ」
「わかりました。さっそくお願いしてきます。アドバイスありがとうございました。また今度です。お義兄さん」
ぺこっと頭を下げ、セリオノーラに向けて走っていくその後姿を見送り、アレンとジーンが同時に安堵の息を吐いた。そして視線を合わせ、無言の内に謝罪と感謝のやりとりを行うと2人して笑顔を浮かべる。
「元気でな」
「兄さんも」
そう短くやりとりをし、アレンが最後にジーンの髪をくしゃっと撫で、ジーンは離れていくアレンの手を名残惜しそうに見つめた。
そしてアレンが視線を右へと向ける。そこにはまるで散歩にでも出かけるような、ラフな格好に見える高級服を着たイセリアがいた。
「じゃ、またライラックで」
「はい、ご縁があればまた是非に。あとアレンさんの評価は既にライラックへ伝わっているはずですので、帰ったら鉄級に昇級できると思います。だからご心配なく」
結婚するのは鉄級になってからだよな、というアレンの心中を察したかのようなイセリアの言葉にアレンは一瞬言葉に詰まり、そしてふっ、と息を吐いて口の端を上げた。
「ありがとな」
「いえ、本来なら試験官として一緒に帰るべきところを私の都合で残ると決めたのですから当然ですよ。道中お気をつけて」
「ああ」
差し出されたイセリアの手をアレンが握り返す。手の感触と同じように、柔らかく微笑むイセリアへとアレンが歯を見せて笑い、そしてその手を離した。
アレンは旅で使う道具や食料、お土産などの入ったマジックバッグを背負いなおすと、集まった皆を見回す。
「それじゃあ、またな」
そう言ってくるりと身を翻し、背後からかかる見送りの声に片手を上げて応え、そのまま様々な思い出の出来た学術都市国家キュリオから去っていったのだった。
アレンのライラックへの帰りの道中は非常に順調だった。行きのように大きなトラブルに巻き込まれることもなく、数度ゴブリンに襲われたくらいだった。
全力を出し、徹夜で走って帰ればもっと速く帰ることが出来るのに、という気持ちを、鉄級の冒険者であれば可能という程度にまで抑えるのがアレンにとって最も大変だったかもしれない。
そんなこともありつつ、アレンは7日後の昼すぎにやっとの思いでライラックへとたどり着いた。この日数でキュリオとライラック間を旅することが出来る鉄級冒険者は確かにいる。ただしそのほとんどは手紙や荷物などを運ぶことに特化したような者たちだが。
そのことはアレンも十分にわかっていたが、これ以上は気持ちを抑えることが出来なかったのだ。
アレンは久しぶりのライラックの様子を懐かしむこともなく、目的地に向かって一直線に街を進んでいった。
その先は当然冒険者ギルドであり、中に入ったアレンはこのライラックで最も新しく設置された窓口、レベルアップの罠の受付窓口に座って何か書類を書いているマチルダを見つけ、少しの間立ち止まる。
溢れ出る気持ちを落ち着けるように、アレンは一度大きく息を吐くと一歩踏み出す。徐々に足を速めながら、最愛の人のもとへアレンは進み、ついに窓口の前に立った。
「ようこそ、レベルアップの罠の……あっ、アレン」
「おう、ただいま」
「うん。おかえり」
人の気配を察して顔を上げたマチルダが、視界に入ったアレンの姿に一瞬驚き、そして幸せそうに表情を緩ませる。アレンも同じような顔をしながら、マチルダの胸元に光る青いペンダントトップのネックレスをチラリと眺め、笑みを深めた。
しばしの間、なにも言葉を交わさず、しかしそれでも確かなものを伝え合っていた2人だったが、通りがかりの男性職員のわざとらしい咳に居住まいを正す。
「そうだ。鉄級への昇級の連絡が事前にあったから、アレンの新しいギルド証はもう出来てるのよ。えっと……はい、これ」
カウンターの下をさぐり、鉄製のギルド証をマチルダが差し出す。それを嬉しそうに眺めたアレンは、それを受け取るとそのままマチルダの手を握った。
そして懐から白木の見事な彫刻の入った掌サイズの四角い箱を取り出すと、それをギルド証の上に載せる。
不思議そうにそれを見つめるマチルダに向けて、アレンはゆっくりとその箱の蓋を開けていく。そこにはアレンがキュリオで購入したペアリングが、ギルド内の光を反射し薄い青色の波模様を浮かばせながら仲良く並んでいた。
「アレン、これって?」
目を見開き驚くマチルダにアレンは微笑み、そして箱から小さい方の指輪を取り出す。
「マチルダ。俺もこれで鉄級になった。だから改めてもう一度言う。俺と結婚してくれ」
「…………うんっ」
言葉に詰まり、そしてこらえきれずに涙をこぼしたマチルダの左手の薬指にアレンが指輪をはめていく。それはまるであつらえたかのようにぴったりと収まっていた。
その光景を見ていたギルド職員や冒険者たちから祝福や怨嗟の声を受けながらアレンはそっとマチルダの耳元へと顔を近づける。
「今度はちゃんと着けてやれただろ」
「馬鹿……」
そう呟いてニヤリと笑ったアレンに、マチルダは涙を流しながら最高の笑顔を浮かべ、箱に残った指輪を半ば強引にアレンの左手の薬指へとはめると、そのままアレンの唇を奪った。
突然のことに目を白黒させて硬直するアレンから唇を離し、いたずらが成功した子どものような笑顔を浮かべてマチルダが胸元を手で押さえる。
まばゆいばかりの笑顔と胸元で青く光るネックレスと指輪をアレンは眺め、どんなにステータスが高くなったとしてもマチルダには一生敵わないだろうなと、また恋に落ちたことを自覚しながらそんなことを考えたのだった。