作品タイトル不明
第34話 フルナゼーノの先生
「えっと、ここが私の所属する研究所です」
「おおー、って言っても外見は他とあんま変わらねえんだよな」
「ですね」
ジャーン、とばかりに手を広げて自分の研究所を紹介したフルナゼーノの姿に、笑って少しだけ驚いて見せたアレンだったが、ジーンの研究所とほとんど変わらない建物の外観にツッコミを入れる。
それに対して、照れるようにして笑いながらフルナゼーノが同意した。
賢者の塔の周りにはいくつもの研究所が林立しているが、そのほとんどは同じような形なのだ。アレンが通っていた図書館と同じで、デザイン性など全くない、機能性のみを追及したような真四角の建物である。
ドアの横にその研究所の看板が掲げられているため間違うようなことはないのではあるが。
「ジーン君や私の研究のように理論や原理を追及するような研究所はだいたいこの形ですしね。塔の反対側にあるドワーフの研究者の方が多く所属している研究所なんかは面白い形をしてますよ」
「へー、そっちは行ったことがなかったな」
「私たちが考えた理論に基づいて、魔道具の作成や改良をしている研究所もあるのでそこなら案内できると思います」
「そりゃ、面白そうだな。一段落して、許可が得られたら頼むわ」
そんな雑談をしつつ、フルナゼーノに続いてアレンが研究所の中に入っていく。外からは見ていたが中に入ったことなど当然ないアレンはどんな場所なんだろうと少しワクワクしながら扉を抜ける。
そこは少し広い空間になっており、その先にある受付には警備のためかアレンをじっと眺めている体格の良い男がいた。受付の奥に廊下が続いており、そこにはいくつもの扉が備え付けられている。
まるで普通の宿のような造りに少しがっかりしながら、それを表には出さずにアレンはフルナゼーノの後に続く。真正面にある受付に向かうかと思われたフルナゼーノだったがそうはせず、右手にある扉へと迷いなく進んでいった。
先生とやらの部屋に行くんじゃねえのか、と訝しむアレンをよそにフルナゼーノはその扉の中へと入っていった。そしてアレンも当然ながらそれに続く。そして入った瞬間に圧を感じるほどの視線を受けて顔を引きつらせた。
6人がけの机が6つ並んだ食堂もしくは休憩室と思われるその部屋には、30人近い人々がおり、その視線が一斉にアレンへと向いたためだ。
戸惑うアレンをよそに、フルナゼーノは嬉しそうな顔で彼らに話しかける。
「皆、このアレンさんが先生のお守りをしてくれるって!」
「いや、お守りって……」
あまりの言い様にアレンが思わずツッコミをいれようとしたが、その言葉が最後まで続くことはなかった。なぜなら……
「うぉぉおおー、救世主だ。救世主が来たぞ!」
「やはり森の精霊様は私を見放してはいなかった!」
「よくやったフーノ!」
先ほどまで静かに椅子に座っていたのが嘘であったかのように快哉をあげ、中には涙を流しつつアレンに感謝の言葉を伝えてくる者までいたのだ。
その明らかに異常な様子に嫌な予感が増していくのを感じつつ、アレンはなぜか握手を求めてくる学生たちと意味がわからないながらもそれを交わしていく。一方でフルナゼーノは何人もの学生たちから偉いと褒められて嬉しそうにしていた。
しばらくしてその狂乱も落ち着きを見せ、アレンも少し冷静さを取り戻して周囲にいる学生たちを眺めてポツリと呟く。
「エルフが多いんだな」
「はい、この研究所の学生は9割くらいがエルフで残り1割が人間です。先生もエルフですしね」
普段はあまり見ることさえないエルフに囲まれるという事態に少し気後れしているアレンに、皆にくちゃくちゃに撫でられて髪をぼさぼさにしたフルナゼーノが答える。
その発言の中の先生がエルフということも驚くべきことなのかもしれなかったが、アレンは大した反応をすることなく聞き流した。なんとなくこの研究所がアレンの常識が通じない場所ではないかと思い始めていたからだ。
アレンが眺める中フルナゼーノによってアレンに依頼した経緯などが語られる。そしてそれが報酬の話にまで及ぶと、学生たちから次々と反対意見があげられた。ただそれはアレンにとって不利になるものではなく、むしろ逆の提案だった。
「いや、それだけでは少なすぎる。ドワーフたちが試作した魔道具で日々の生活に使える有用なものがあったはずだ。市販レベルより多少魔石の減りは早いだろうが性能は高い。冒険者なら魔石の補充も可能だからいいんじゃないか?」
「それよりもダンジョンなどでこんな魔道具があれば、という要望を聞いてその理論構築をするのはどうかしら。ドワーフに魔道具にしてもらってから送るの。ライラックなら定期便が出ているはずよね」
「エルフの基準で考えるな。理論構築して満足のいく魔道具のレベルまで上げるのには普通年単位かかるんだぞ」
熱く議論が交わされるアレンへの報酬の話を他人事のように聞きつつ、隣で同じく話には加わらずにその様子を眺めているフルナゼーノにアレンが問いかける。
「なぁ、フーノ」
「なんですか、お義兄さん」
「そんなにヤバイのか?」
「えーっと、中に入ったら気を抜かないでください、と忠告するくらいには」
視線をそらしつつそう答えるフルナゼーノの姿に、どういう状態なんだよそれは、と思いつつも、なんともいえない顔で答えにくそうにするフルナゼーノにそれ以上聞くのがためらわれたアレンはため息をついて肩を落とすにとどめたのだった。
結局、報酬は研究所にある魔道具の中でアレンが使えそうなものを好きなだけ選んでもらうという破格なものに落ち着いた。魔道具の値段を知っているアレンとしては本当に大丈夫なのかと思わなくもなかったが、満場一致でそう決まったのでアレンが口を出すべきことでは既になくなっている。
しかし嬉しいという気持ちはアレンにはほとんど湧いていなかった。それを大きく上回る不安が心の中で渦巻いていたからだ。
受付を通り抜け、魔道具の灯りに照らされた廊下を進み、その突き当たりにある扉へとアレンとフルナゼーノがたどり着く。
見た限りはこれまで道中で見てきた学生たちの共同研究部屋と変わりのない、ただの木製の扉であったが、その奥におどろおどろしい気配を感じるような気がアレンはしていた。
コンコンと扉をノックするフルナゼーノの後ろに立ちながら、アレンがごくりと唾を飲み込む。この先には地獄のような光景が待っているかもしれない、そんなことを考えながら。
「フーノです。入ります」
フルナゼーノが特に中からの返事を待つことなく扉を開けようとするのを見て、なんとなくその裏事情を察しながらアレンは目の前に広がっていく部屋の中の光景を真剣な表情で見つめていた。
まず目に入ったのは壁一面に並んだ本棚とそれにぎっしりと詰まった様々な厚さの本だ。隙間なく、装丁の似た本ごと分けられて並ぶその姿にその先生は几帳面な性格なのかと推察を始めたアレンの目の前でパッとなにか白いものが部屋中を舞う。
「ああっ!」
部屋の床一面に広がった紙を見て悲しげな声をあげるフルナゼーノの向こうに、その原因を作った人物をアレンが見つける。
先ほどまでアレンたちのいた部屋にあった6人がけのテーブルほどの広さの机に向かい、アレンたちの方を全く見ることもせずに何かを書き続けている男性のエルフの姿を。
「あれが先生か?」
「はい。魔法回路の権威、トラエノール先生です」
今までアレンが見てきた美しく華奢なエルフたちとは違い、まるで冒険者のように鍛え上げられた分厚い肉体をしており、さらにはエルフたちの特徴とも言える美しい髪をばっさりと切って短髪にしたトラエノールの姿に、アレンは不安が増していくのを感じていた。