作品タイトル不明
第32話 検証を終えて
朝6時から始まり、結局夜の10時近くまで計300回にも及ぶ検証が続けられた。その間明確な休憩時間などは全くなく、食事に関してもアレンは赤の魔導書を片手に持って移動しながら携帯食料をかじったぐらいだった。
本当はちゃんとした食事をジーンたちに用意してやりたかったアレンだが、完全に研究モードに入ってしまっているジーンの姿に優先順位を入れ替えたのだ。
ひたすらに同じ工程を繰り返すうちに、段々とアレンも目的が変わってきてしまい罠の再設置されるジャスト3分を狙ってみたり、掃除の魔道具のおかげで片づけが早くなったので素材が多く残るような倒し方を研究したりするようになっていた。
しかしそれもついに終わりの時を迎える。アレンの目の前で300体目の赤の魔導書がイセリアの魔法によって倒され、そしてステータスを確認したイセリアが口を開く。
「300回目です。攻撃力3、防御力2、生命力3、魔力10、知力9、素早さ7、器用さ6になります」
淡々とした口調で必要な事項のみをイセリアが告げ、そしてそれをジーンが書き留めていく。全く無駄のないその様子にアレンは苦笑いを浮かべていた。
アレンはイセリアが赤の魔導書を倒した時点で既にモンスターハウスの罠へ向かって走っていってしまっていたためこのやり取りを見るのは初めてだ。おそらく最初の頃は違ったんだろうが、300回も繰り返せばこんな感じにもなるかとそんな感想をアレンが抱く。
そしてどこか疲れを感じさせる雰囲気を変えるために、わざと声を明るくしてイセリアへと声をかけた。
「よう、お疲れ」
「いえ、アレンさんのほうこそお疲れ様でした。モンスターをここまで連れてくるのは大変だったでしょう?」
「あー、まあな」
陰のある表情でそう返してきたイセリアに、少し気まずそうにアレンが言葉を濁す。イセリアの性格からして、その発言に裏の意味があるとはアレン自身も考えてはいないのだがその表情と相まって、こんなに連れてきやがって、というような意味合いにとれなくもないよなと思いついてしまったからだ。
またモンスターを連れてくることにしても、ステータスのおかげでモンスターが脅威となることはなかったし、色々と試したりしていたためそこまで飽きがくることもなくそこまで疲れたというイメージがアレンにはなかった。
その思いをごまかすように、こほんとアレンが軽く咳払いする。
「で、検証はどんな感じだ?」
「正直なんとも言えません。魔力が10上がるのは確実でしたけれど」
「300回全部でか?」
「はい」
イセリアの言葉にアレンが少し驚いたようにしながら首を縦に振って納得する。
元々アレン自身も今までの経験としてレベルアップする前の行動によってステータスの項目の上昇する数値に違いが出るということはわかっていた。なによりアレン自身も同じようにレベルダウンの罠を踏んだ後、喜びのあまり全力で走ったあとにスライムを倒した時は素早さに特化してステータスが上がった経験があった。
だから今回、魔法でモンスターを倒しているだけのイセリアも同様に魔力に特化して上がるのだろうと考えていたのだ。さすがに300回全てが10上がるとは考えていなかったが。
「ジーンは……まあそうなるよな」
検証の結果の書かれた紙を眺めながらぶつぶつと呟いて集中しているジーンの姿を確認しアレンがふぅ、と息を吐く。そしてイセリアへと視線を戻すと、そこには少し苦笑いを浮かべる顔があった。
「研究者の方ってあんな感じなんですね。検証の間もずっとそうでしたよ」
「ああ、我が弟ながらよく集中力が続くなって感心するわ。まっ、一般人の俺たちは飯でも作りますかね。警戒よろしく」
「はい」
二人は顔を見合わせて表情を崩すと、自分のすべきことをするべく動き出したのだった。
アレンが用意した夕食は比較的柔らかい細長いパンに野菜や肉を挟んだもので、資料に目を通しながらでも食べられるようにと考えて作られたものだったのだが、手には持つもののそれを口に運ぼうとしないジーンの姿にアレンは決断した。
「疲れが残っているところ悪いんだが、予定変更していいか? イセリアが仮眠を取ったらそのまま地上へと戻ろうと思うんだ」
「それは構いませんが、アレンさんは大丈夫なのですか?」
「ああ。体力的に問題はねえよ。心配なのはこいつの方だ」
パンを片手に持ったまま、視線を資料に落としてピクリとも動かないジーンへとちらっと視線をアレンがやる。イセリアもジーンを見つめ、そしてパンから零れ落ちて膝の上に落ちている野菜を発見し、少し微笑みながらこくりとアレンにうなずいて返した。
そしてアレンが半ば無理矢理口に押し込めるようにしてジーンに食事を取らせ、イセリアが3時間ほど仮眠した後、アレンたちは賢者の塔のダンジョンから出るべく動き始める。
アレンに背負子で運ばれる最中も、ジーンがその資料から目を離すことは一度もなかったが、何事もなく無事に3人はダンジョンから帰還を果たしたのだった。
家へと戻ったジーンは、言葉短くアレンとイセリアに「ありがとう」とお礼を言い、そのまま研究部屋へとこもってしまった。その今は一瞬でも研究する時間が欲しいといわんばかりの態度にアレンが肩を落とし、そしてイセリアに向けてフォローの言葉を伝える。
「ありがとな。落ち着いたら改めてジーンからも礼をさせる」
「いえ、お礼を言ってくれただけでもすごいことなんじゃないかと、そう思いますから」
「確かにそれだけ感謝してるってことだし、イセリアの言うとおりなんだが。それでも人としてどうかと思うからな」
ジーンの心情を見抜いたイセリアに少し驚き、嬉しく思いつつもアレンがそう付け加える。
この検証はイセリアがいてこそ成り立ったものなのだ。普通に考えれば断られるような、ほとんどイセリアにメリットのない条件だったともいえる。なにせジーンの研究がどうなろうともイセリアには全く関係はないのだから。
やり遂げた達成感からか、晴れ晴れとした顔をして別れの挨拶をし、去っていこうとするイセリアへとアレンが問いかける。
「なあ、イセリア。なんでこんな依頼を引き受けてくれたんだ? だってメリットなんてなにもないだろ?」
聞いてから、もしかしてまずい質問だったか、と少し思ったアレンだったが既に口から出てしまった言葉が戻ることはなく、不思議そうに見返してくるイセリアの姿をじっと眺めて待った。
そんなアレンに見つめられながら、イセリアはしばらく考えるように首を傾げ、そしてニコリと笑った。
「だって、したいことを出来ないって辛いですから。私が協力できることならしてあげたい、そう考えただけですよ。大恩あるアレンさんの弟さんでしたしね」
パチリとウインクして少しいたずらっ子のような笑みを浮かべたイセリアがくるりと身を翻して去っていく。その足取りは軽く、とても楽しげだった。
そんなイセリアの後姿を、アレンは頭をかきながらしばらく眺めていたのだった。