軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 学術都市国家キュリオ

その翌日から、ライオネルの態度は劇的に変わった……というようなことはなかった。いや、変化していないわけでは決してなく、アレンを見ても睨みつけるようなことも、文句を言うこともなくなった。

ただ……

「よう、ライ。今後の旅程について、キュリオに行く国の使節団がやってきたら入れ替わりで出発する予定だってマシューから聞いたんだが」

「ア、アレ……、んっ、ちょっと俺は用事があるからナジーム説明頼んだ」

「用事? そんなもんあったか?」

「あるんだ!」

不思議そうに聞き返したナジームに力強くうなずいて返したライオネルが早足でその場を離れて宿から出ていく。その後姿をアレンとナジームは消えるまで眺め、そして目を見合わせて苦笑した。

「これ、いつまで続くと思う?」

「さあなぁ。ライの性格から考えてしばらくはダメだろうな」

「はぁ、昨日は素直だったのに。やっぱ失恋のショックがそれほど大きかったんだろうな」

「まあそっちをずるずると引きずるよりはよっぽどいいさ。見ている分にはおもしろいしな」

「他人事だと思いやがって。まあいいや、それでさっきの話なんだがな……」

本当に楽しそうに笑みを浮かべるナジームを軽くこづきつつ、アレンが旅程についての話を始める。

今朝からライオネルはアレンに対して先ほどのような態度をとっていた。普通に話しかけるアレンに対し、なんとか名前を呼んで返そうとし、それができずに逃走する。その繰り返しだ。

アレン自身、今までのことがあるから気恥ずかしいんだろう、とわかってはいるのだが、自分と同じ29にもなるおっさんがそんなことをしても浮かぶのは苦笑だけだった。

まあライオネルらしいという懐かしさがないわけでもなかったが、浮かぶのが苦笑いであることに変わりはなかった。

「昼に来た先触れの騎士たちには許可をもらったぞ。むしろ宿の関係などもあって俺たちには出発してほしいようだったしな。状況を説明したら不審者の死体についても引き取ってくれるそうだ。盗賊扱いの報酬になるらしいが」

「そうか。まあ俺たちの手には余りそうだったし、あっちが代わってくれるんなら預けちまった方が賢いかもな」

話し合いの最中にナジームが返してきた言葉にアレンがうなずく。

ライラック側でも同じようなことがあったのを知っているアレンとしては、これが一介の冒険者の手に負える問題ではないとひしひしと感じていたのだ。たとえそれが金級冒険者パーティの『ライオネル』だとしても。

だからその国の使節団が後始末をしてくれると言うのであれば任せてしまいたいというのが本音だったのだが……

「しかし先触れに騎士が来てるのかよ。しかも報酬を払うと自分で決められるほどの奴が」

「ああ。明らかに実力者だったぞ。関わりあいたくないだろ」

げんなりした顔をするアレンに、ナジームが首を縦に振りながらそんなことを言う。アレンは小さく苦笑し、そしてうなずいて返した。

「同感だ。じゃ、俺はイセリアに予定を伝えてくる。じいさんにはもう伝えてあるよな」

「おう。せっかく研究が乗ってきたところなのに、と言われたがな」

「ははっ、じいさんらしいな」

アレンは笑いながらナジームと別れ、そして村の外縁部で警戒についているイセリアのもとへと足を進める。

明らかに高位の騎士を先触れに使うような存在と関わらなくて済みそうだと少し安堵しながら。

翌日、森を抜け出てきた使節団の姿を確認したアレンたち一行はふもとの村を出発した。

「せっかくこれから研究の本番というところじゃったのに……」

「まっ、素材集めもそこそこにしかできなかったし、本格的な研究はちゃんと設備が整ったところでやれば良いだろ。しかしなんと言うか、今の俺たちって逃げ出すみたいに見えねえか?」

「かもしれませんね。それよりギデオンさん、カミアノールさんから聞いた話をアレンさんにも聞いてみたらどうですか?」

「おぉ、そうじゃったな」

未だに研究へと未練を残していた様子のギデオンだったが、アレンのフォローとイセリアの話題の提供にころっと態度を変え、楽しげに話し始めた。

ドゥル山脈を越える間に聞いたという、カミアノールの私見などを聞きつつアレンは少し安堵していた。

不審者たちの死体については既に騎士たちに引渡しが済んでいるため、その関係者にアレンたちが襲われる可能性は低くなったはずということや、もっと遅くなると考えていた旅程のずれが1日だけで済んだからだ。

油断するわけではないが、これ以上の面倒事は勘弁してもらいたいというのがアレンの本音だった。

そんなアレンの思いが通じたのかどうかは定かではないが、その後の旅程は非常に順調なものだった。

『ライオネル』の面々の馬車へと乗り込み、同行しているセリオノーラもアレンの忠告を守り、雑用を率先してこなすことで少しずつパーティへと受け入れられていた。

アレンはその様子を眺めながら、このままなし崩し的にパーティに残るつもりなんだろうなと予想しつつ、目を合わせると逃げるライオネルの姿に苦笑したりしながら旅は続いた。

そして当初の予定より1日遅れでアレンたちは学術都市国家キュリオへと到着した。

本来であれば国境線には砦があったり、警戒する兵士などが巡回しているものだがそういったことはまるでなく、エリアルド王国から素通りでここまで来ることができてしまうことにこの国の特異さが表れていた。

高級な馬車のおかげか、それとも学会で発表予定のギデオンがいるおかげかはわからないが、すんなりと内部に入ることができたアレンたちは馬車からその街並みを眺める。

「本当に、本に書いてあったとおりの学術の街なんですね」

「うむ。儂も来るのは三度目じゃが、この雰囲気は好きじゃな」

はぁー、とうっとりした目で外を眺めるイセリアに、ギデオンが微笑みながら言葉をかける。

アレンも窓越しにその街の様子を眺めながら、確かに普通の街じゃねえなと実感していた。

アレンたちが進んでいる大通りは真っ直ぐに延びており、それと直角に交差する道もまた真っ直ぐで奥まで見通せてしまう。つまりこのキュリオは上から見れば碁盤目状に通りが造られていた。

そして大通りであるからこそ多くの店が並んでいるのではあるが、その種類は普通の街とは大きく変わっていた。もちろん普通の街にあるような宿や食堂もあるのだが、その数はそこまで多くはなく、何かの素材を売っている店や本屋などが圧倒的に多かったのだ。

しかしアレンが気になったのはそのことではなかった。

まるで無駄を省いたかのような色味の少ない特殊な街並みも気にならないというわけではなかったのだが、それ以上にアレンが気になったのは……

(子どもがほとんどいねえな。普通なら遊びまわる姿を見かけるんだが)

通りで見かけるのは何かを議論している学生らしき人々だったり、素材を真剣な表情で眺めている研究者など大人が大半で、普通の街であれば当たり前に見かける子どもの姿がほとんどなかった。

わずかながらに見かけた子どもにしても明らかに街の様子から浮いている格好をしていたりするため、街の住人ではなさそうだったのだ。

「マジで研究するためだけの街ってことか」

そんなことを一人呟いて納得しながら、アレンたちを乗せた馬車はキュリオにある冒険者ギルドへと向かっていくのだった。

ギルドへ到着と依頼の達成報告を終えたアレンは、学会の発表者専用の宿舎へと向かうギデオンを乗せた馬車を見送った。

これにてアレンの鉄級の昇進試験の依頼は終了だ。護衛依頼という割にほとんど護衛をした覚えはなかったが、ギデオンは満足していたしイセリアも問題ないと言っていたためおそらく大丈夫だろうとアレンは気楽に考えていた。

「で、次はどこに行かれるんですか?」

「なんで当然のようについてくる気なのかはわからんが、この街にいる弟のところに行くだけだ」

「えっ、アレンさんの弟さんがこの街にいるんですか?」

「ああ、下の弟のジーンがいるんだ。たまたま縁があってここで学生をしている」

「縁って……それはすごいことですよ!」

興奮気味にくいついてくるイセリアにアレンが肩をすくめて返す。

ジーンを褒められたことが嬉しくないわけではないのだが、その縁となった出来事をすぐそばで見ていたアレンは、しょうもない争いの結果がたまたま縁に繋がっただけだと知っていた。

だからこそ褒められても手放しで喜べなかったのだ。

話を聞こうとするイセリアを適当にあしらいながらアレンは街の中央へと歩を進めていく。通常であれば領主の館など行政を司る建物などがあるそこには、この都市の心臓部とも言える賢者の塔と呼ばれる建物がそびえ立ち、その周囲には様々な分野の研究所が並んでいた。

アレンが目指すのはその研究所がある場所から少し離れた場所に建てられた寮だった。

前回、ジーンの荷物を運んだ時の記憶を頼りに進み、アレンは長屋のように横並びに家が連なる寮の一番端の家の前で歩みを止める。そこには『ジーン』と彫られたシンプルなネームプレートが貼り付けられていた。

「ここだな」

「そうなんですね。学術都市国家キュリオにスカウトされるほどの弟さん。お会いするのが楽しみです」

「そうか。じゃ、これをつけろ」

うきうきと目を輝かせているイセリアに、アレンが綺麗な布を手渡す。不思議そうに見返すイセリアの前でアレンは、自分自身も取り出した布で口と鼻を覆って縛った。

そして戸惑うイセリアに視線で早くしろと促し、よくわからないながらもイセリアが同じように口と鼻を覆ったことを確認し、アレンがその玄関の扉をノックもせずに開け放つ。

「うっ!」

その瞬間内部から漂ってきた卵の腐ったような臭いや、何かが発酵しているかのようなすっぱい臭いにイセリアが思い切り顔をしかめる。そして足の踏み場もないほどにゴミの散乱した部屋の中の状況を見て顔をさらに引きつらせた。

アレンはそんなイセリアと対照的に、冷静に内部を見回していた。そして……

「思ったよりマシだったな」

「これでですか!?」

ぼそりと呟いたアレンの言葉に、イセリアが驚愕の声をあげたのだった。