作品タイトル不明
第19話 失恋が変えたもの
机に頭を打ちつけ微動だにしなくなってしまったライオネルを驚きの表情でセリオノーラとイセリアが見つめる。一方で事情を知っているアレンやナジームたちはなんとも言えない表情で顔を見合わせていた。
「あの、どうされ……」
「あー、セリオノーラ。ちょっと付いてきてくれるか?」
「えっ、でもライオネル様が」
慌ててセリオノーラの言葉を止めて外へと連れ出そうとするアレンだったが、セリオノーラはライオネルをちらちらと見ながら迷っていた。
しかしじっと自分を見つめるアレンの姿になにかがあることを確信し、後ろ髪を引かれつつも立ち上がったアレンに続いて宿の外へと出た。そして二人は人気のあまりない村のはずれの畑の方向へと歩いていく。
そして周囲に人の気配がほとんどなくなったことを確認したアレンは、少し速度を落としてセリオノーラと横並びになると少し声を抑えて話し始めた。
「リサナノーラに旦那がいる、つまり結婚してるってマジか?」
「はい。エルフにしてはかなり早い65歳で幼馴染だった旦那さんと結婚したと聞いています。私は叔母様と会ったことが無いので、その旦那さんやお母さんから聞いただけですけれど」
当然のこととして答えるセリオノーラの言葉を聞き、アレンが苦笑する。その反応を見て思うところがあったのか、セリオノーラが少し遠慮ぎみに口を開いた。
「あの、もしかしてライオネル様って……」
「さっきのライの反応を見れば薄々気づいていると思うが、まあリサナノーラに惚れてたわけだ」
「やっぱりそうでしたか。初めてお会いした時にも驚いていらっしゃいましたし、なにかあるとは思っていたのですが」
「そういや、そうだったな」
納得顔でうなずいているセリオノーラを眺めながら、アレンが苦笑を深める。
確かにライオネルはゴブリンの集落の真ん中という危険な場所で、固まってしまっていた。セリオノーラの顔を見て、その理由を察したアレンが発破をかけることでなんとか動いたが、それがなければ下手をすれば不意打ちをくらっていた可能性さえあるほどに。
ライオネルは勇者の卵のリーダーのパーティの魔法使いであるリサナノーラにずっと恋していたのだ。
ライオネルが一目ぼれする瞬間にたまたま居合わせたアレンが、一目ぼれってマジであるんだな、と至極納得するほどそれは見事なものだった。
そしてそれ以降、なにかにつけてライオネルがリサナノーラに対してアプローチをかけてきたのもアレンは見ていた。とはいえそのアプローチは好きだと伝えるなどの直接的なものではなく、さりげない気遣いだったりとかそういう類のものだったが。
「しかしライの奴、立ち直れるか?」
そんな言葉を口にしながらアレンが考える。
ライオネルに色恋の話が全くないのは、未だにリサナノーラのことを想っているからだとアレンは知っている。
ライオネル自身全く相手にされていなかったという自覚もあるので、いつかは付き合えるなどという希望的な考えをしていた訳ではない。一目ぼれの衝撃がそれほど大きすぎ、それ以外の女性のことを考えられなくなってしまったのだ。
眉根を寄せてアレンは考え込むが、その想いの深さを知っているからこそ良い方向に進むイメージが浮かばなかった。逆にほとんど飲めない酒に溺れるライオネルの姿はありありと浮かんできたのだが。
そんなアレンに少し頬を赤らめたセリオノーラが問いかける。
「あの、そのライオネル様を立ち直らせる役、私ではダメでしょうか?」
「んっ? あぁ、ライの恋人としてっていう意味でか?」
「いや、そんな恋人なんて……」
アレンの返しにセリオノーラがさらに頬を赤く染めて恥ずかしそうにうつむく。その姿はそのリサナノーラ似の端正な容姿と相まって文句のつけようのないほど可愛らしかった。
確かに、ライオネルもセリオノーラを見て固まったりしているので可能性としてはないわけではない。しかしアレンの頭にはセリオノーラがそういうことをしようとした場合に、ライオネルがとるであろう行動が浮かんでしまっていた。
「可能性はあると思うぞ。でもすぐにアプローチをかけるのは止めた方がいいな。ライの性格からして、セリオノーラをリサナノーラの身代わりにするなんて最低だ、とか面倒な方向に考えて拒否する可能性が高いと思うんだよ」
「誠実な方なんですね、ライオネル様は」
「面倒なだけだ」
嬉しそうに微笑むセリオノーラの姿に、アレンがそっけなく返す。しかしセリオノーラの表情は全く変わらなかった。
セリオノーラがゆっくりと首を縦に振り、そして立ち止まってアレンを見つめる。そして一歩先に進んで振り返ったアレンに対して頭を下げた。
「ありがとうございました。アレンさんのアドバイスに従ってみようと思います。直接的なアプローチじゃなくて、そっとそばにいる感じで」
「おう。頑張れよ」
「はい。すぐにはダメということなので、10年くらいを目処に頑張ってみます」
「すまん。エルフの時間に対する価値観がずれてるのを忘れてた。とりあえず1年くらい様子見してくれ」
「はぁ、たった1年ですか?」
そんなに短くて大丈夫なんですか? という言葉が書いてあるようなセリオノーラの顔を眺めながら、アレンは思わず疲れたような声を出して苦笑したのだった。
その後、宿に戻ったアレンはイセリアとゴブリンの集落に関していくつかの話し合いをした。ライラック側でアレンが行ったことも含めて。
アレンから聞いた話に驚いていたイセリアだったが、自分の考えていた規模よりはるかに大きななにかが絡んでいることを察して表情を厳しくする。
明らかにこれは人為的なものであり、その狙いがなんなのかわからない現状では村の中でも警戒を怠らない方がよいだろうと結論を出した二人は、夜はアレンが、昼はイセリアが警戒を続けることに決めた。
そしてその夜。
夜の警戒をすることになったアレンは一人、宿から出て暗い村の中をある場所へ向かって歩いていた。
そこはゴブリンが来るのを警戒する見張り台から少し外れた場所。見張りの者が待機する小屋から漏れる光の届かない、そんなところにある広場へと。
アレン自身、確証があったわけではない。だが、なんとなくここに行けば会えるとそう思ったのだ。
そしてその場所にはアレンの思いのとおりライオネルが夜空を見上げて佇んでいた。
アレンもチラリと頭上に浮かぶ満天の星を見上げ、そして大きくため息をついてから歩を進めてライオネルの横へと並び立った。
「アレンか」
「ああ」
少しだけ視線をアレンに向け、再び夜空へと視線を戻したライオネルがぼそっと呟く。
いつもアレンを半端者などと呼ぶとげとげしさは全く感じられず、その上名前で呼ばれたことにアレンが内心少し驚きつつも短く返す。
そのことだけでアレンはライオネルの心情をある程度理解していた。もしかしたら自分が考えるよりもはるかに衝撃は大きかったのかもしれない、そんなことまで考えていた。
そして二人してなにも言わずにしばらく夜空を見上げ続けた。かつて二人が自然とそうしていた頃のように。
瞬く星を眺めながら、ゆっくりとした時間が過ぎていく。
しばらくしてアレンがふぅ、と息を吐き持ってきた瓶から二つのコップへと紫の液体を注ぎ、その片方をライオネルへと差し出した。
「ワインか?」
「ばーか。ただのジュースだよ。わざわざ警戒してんのに酒なんか持ってくるかよ」
半ば押し付けるようにしてライオネルにぶどうジュースを渡し、アレンがそのコップを夜空に向けて掲げる。
「お前の失恋に」
「皮肉か?」
「いや、お前がうだうだと引きずっていた初恋がダメだったとはっきりわかったんだ。少なくとも現状より一歩前に進めただろ」
「どうかな?」
失笑を漏らしながらライオネルも自身のコップを夜空に向けて掲げる。そして見えない誰かが持ったコップとぶつけるようにそれを揺らした。
アレンにはその仕草が誰に向けられたものかわかっていたが、あえてなにも言わなかった。ただゆっくりと自分のコップに注いだぶどうジュースを飲み干し、そして隣でライオネルが同じように飲み干すのを眺めた。
コップを空にしたライオネルが、視線をアレンのほうへと向ける。
その視線はいつもの憎々しげなものではなく、目尻を下げたどこか申し訳のなさを感じさせるようなもので、長年付き合いのあるアレンにとっても初めて見る表情だった。
ライオネルは一度視線を下げて大きく息を吐くと、再びアレンを見つめ口を開いた。
「なあ、アレン。今まですまなかったな」
「なんのことだ?」
「お前のことを半端者って言ったりして罵倒したことだ。他にも色々あるが」
「あぁ、確かに色々されたな」
苦笑いを浮かべながらそう返したアレンに、ライオネルの顔が歪む。明らかに自責の念を感じていることをうかがわせるその様子にアレンが思わず小さな笑い声をあげる。
そのアレンの反応が不思議だったのか、少しだけライオネルが目を見開く。
「まあ確かに色々されたが、少なくともお前は嘘を言わなかっただろ。半端者ってのも事実だし、稼ぐために他の冒険者が残した素材を回収したりもしてたから残飯拾いってのも間違ってねえし。たまに手が出るのはアレだったけどな」
「それは……本当にすまない」
「気にすんな、とは言わねえけど、実はそういう時は後でナジームとかが謝りに来てたしな。しかもおみやげつきで。それで助かった時もあったし、そこまで気にしてはねえよ。だけどお前、仲間に甘えすぎ。まああいつらが甘やかしすぎかもしれねえけど」
肩をすくめながらそう返したアレンに、ライオネルが一瞬、村の中央へと視線をやる。その先にあるのはライオネルたちも泊まっている宿だった。
そんなライオネルから視線を外し、雲一つない澄み渡った夜空を見上げてはぁー、とアレンが大きく息を吐く。
全てのわだかまりが今回で解けたとはアレンも考えていないが、少なくとも今までよりはるかにマシにはなるだろうことを内心で喜びながら。
「同じ場所にいても意味がねえし、俺は別の場所に行くわ。ライもいつまでもめそめそしてんじゃねえぞ」
「アレン、お前、俺の名前を……」
「あぁ、別にいいだろ。今日の戦いの時にも呼んだし。じゃあな」
驚きの表情をアレンへと向けるライオネルの様子に、少しだけ気恥ずかしくなったアレンがくるりと背中を向けて片手を上げて歩きだす。
それを呆然としたままライオネルはしばらく眺め、そして意を決したように口を開いた。
「アレン、俺はお前がうらやましかったんだ。家族に必要とされて、そしてそれに当たり前のように応えられるお前の生き方が。リーラさんのことにしてもそうだ。リーラさんに気に入られたお前に俺が勝手に嫉妬したんだ。だからお前の生き方に反発した。自らの安全を優先するお前のことを臆病者だと考えたんだ。それが間違っているわけじゃないって自分でもわかっていたのに」
尻すぼみになっていったライオネルの告白を聞き終え、アレンがゆっくりと振り返る。そこには手で顔を覆い、立ちつくしているライオネルの姿があった。
まるで泣いているかのようなその姿に、アレンが柔らかく微笑む。
「ライ。俺もお前がうらやましかったよ。救いを求める人に、自らの身を危険にさらしてでも助けようとするその生き方が。そんな英雄じみたこと、憧れはしても自分からは到底できなかったしな。まあ、もっとよく考えやがれ、とか人を巻き込むんじゃねえとかは思うけどな」
そう言ってアレンが再びライオネルへと背中を向ける。
「お前の生き方も間違ってねえよ。今のライラックの冒険者ギルドが良い雰囲気なのは、そんな生き方をしてきたお前がいるからだしな。だから自分の生き様を誇れよ、期待の星」
少しからかうような口調でそう言い残し、アレンが歩き去っていく。
その背後ではライオネルが頬を伝い流れ落ちる涙をそのままに夜空をじっと見上げていた。