作品タイトル不明
あの後の事
「…でも、何故私やルディルさんには前回の記憶があるんでしょう? 他の人にもあるんでしょうか?」
もしそうなら過去の私とは違いすぎる事に誰か疑問に思っていたはず…
「俺以外には…おそらくいないんじゃないか? 過去と比べて目立った人間はいなかった」
「そう…ですか。ルディルさんはいつから記憶が戻られたんですか?」
「俺は、二年になる直前に突然思い出したんだ」
「二年になる…直前…」
過去の私がルディルさんと初めて会話したのは三年になってからで、今回は二年になった時に会話したのを覚えている。
過去も今回も同じクラスになったことで会話が始まった。
過去と比べようにもクラス編成の在り方を変えてしまったことでルディルとの初の会話の時期がズレていたので違和感を覚えなかった。
なので、彼にも記憶があることに全く気が付けず。
「ニルヴァーナさんは卒業パーティーを途中で退室したので知らないと思いますが、あの後今回の令嬢の馬車襲撃事件の真相が王子によって明らかにされました」
「そうなんですか?」
王子が事件の真相を明らかにするなんて、にわかに信じられない。
「はい、ローレル嬢の馬車が襲撃されたのはローレル嬢の自作自演だったことが判明したんです」
「そう…自作自演」
過去の話を聞いた後なので、ローレルが犯人と聞いても驚きはなかった。
それよりも、ローレルが犯人だというのを王子が突き止め衆目にさらしたことの方が信じられない。
「側近を狙っていた人物との共犯が疑われ、現在も取り調べ中だ。ローレル嬢は芸術祭の事もあり今回は念入りに調査されている」
「…では、王子の婚約者と側近達の発表は…」
「まだ、公表されていない」
過去には、私の断罪と共に婚約者と側近の発表がなされた。
今回は襲撃の犯人がローレル。
それにより、王子の婚約者が決定しなかった。
「…ニルヴァーナさんは、オーガスクレメン王国に戻る事を考えた事はあったりするのか?」
「…戻る…事は考えていません。私はあの国に良い思いではありませんから…それに漸く自由を手に入れたのに再びあの男…キャステン公爵の保護下に戻るつもりはありません」
「あっ、キャステン公爵もローレル嬢の件で処罰の対象になっている。被害にあった令嬢は王子の婚約者候補になる高位貴族。彼らが今回のローレル嬢の犯行を許すつもりはなく、無事だったとは言え恐怖を与えた事には変わりなく慰謝料では済ませない動きのよう。まぁ、王子の婚約者になるための最後の悪あがきにキャステン公爵家を候補から除外するために周囲が躍起になってるってところかな」
「ローレル様が襲撃の犯人と暴かれたので婚約者になる可能性は低いのではないですか?」
「…ふっ、キャステン公爵家にはもう一人優秀な婚約者候補がいるだろう?」
ローレル以外って……
「…えっ? わ…たし…ですか?」
「あぁ」
「私は婚約者になるつもりはありません」
「ニルヴァーナさんはそう思っていても、周囲は貴方が一番の有力候補だと認識している」
「…なら、尚更あの国には帰れませんね」
「キャステン公爵家の名誉を陥れても、ニルヴァーナさんには関係ないんですけどね」
「ん? はいっ関係ありません」
私にはあの家門が落ちぶれようとどうなろうと、私には全く関係ない事だ。
「勘違いしているかもしれないが、ニルヴァーナさんは公爵家とは一切関係がなくなったんだ」
「ん? 関係がなくなった?」
「今回の事件がキャステン公爵が中心となっているのを知ったヨシュアルト侯爵がニルヴァーナさんの公爵家での様子を調査した。クリスティアナ様を『娼婦』と思い込ませている事実を知り激怒し、二人の婚姻を無効にさせニルヴァーナさんは侯爵家の養子として既に手続きが行われた」
「私は…ヨシュアルト侯爵の…」
「あぁ、今はニルヴァーナ・ヨシュアルト侯爵令嬢だ」
なんだか信じられない響き。
「ニルヴァーナ・ヨシュアルト…」
言い慣れない…
「そう…ニルヴァーナさんは『娼婦の娘』でもなければ、他家の令嬢を襲った義妹のいる公爵家でもない…なんで、ニルヴァーナさんには王子の婚約者候補に再び急浮上しちゃったって訳」
あの家門から離れられたのに、再び王子の婚約者候補に上がるなんて…
「…あの国には絶対に戻りたくありません」
あの家族に利用されるのもイヤだし、あの男と婚約するのもごめんだわ。
「ふっ、そっか。なら、もうしばらくここにいると良い」
私が決意を口にするとルディルは嬉しそうに笑う。
「それは…」
「良いんだ。俺がしたいことだから」
俺がしたいこと…
ルディルは誰にでも優しい。
私が特別なわけじゃない。
勘違いなんてしては彼に失礼。
「そこまで迷惑を…」
「迷惑なんかじゃないっ…あぁ…ほらっ…国を案内するって約束したろ?」
確かにルディルとはそんな会話をした…
私とのつまらない会話を覚えていてくれていたんだと思うと、ちょっと…嬉しい。
「良いんですか?」
「あぁ」
「…では、しばらくお世話になりたいと……」
「あぁ。ニルヴァーナさんには、この国を好きになってもらいたいからな」
「…好きに?」
「あぁ。観光できるところは沢山あって、楽しめると思う」
「楽…しむ…」
「どうした?」
「私が…楽しむ? そんなの……」
「どうした?」
「私が楽しむなんて許されない」
「許されない?」
「私はっ…お母様を…『娼婦』って何度も罵って…名誉を傷付けたのに…学園でも…沢山の人に迷惑を…掛けて…復讐した…そんな人間が…楽しむなんて…」
「ニルヴァーナさんっ…ニルヴァーナさんっ。過去、あんたは苦しまなくていいくらい苦しんだんだ。今回は幸せになって良いんだ」
「…幸せ…に…」
私なんかが幸せになって良いわけがない。
私は幸せになるためにやり直したんじゃないもの。
「過去、冤罪で追放されて一人…亡くなった…あんたはそんな人生を送るべき人じゃない。今回は過去なんかと比べ物にならないくらい幸せになるべきだ」
「なんで…私は…私は…だって沢山迷惑を掛けて、そんな私が幸せになんて…」
「もう、幸せになって良いんだよ。これからは楽しいこと沢山経験する番なんだよ」
「こんな私が幸せになる資格なんてない」
「ニルヴァーナさんは沢山頑張ったんだ、もう幸せになる番なんだよ」
「いや。違う…違う…どうして今なの? 私はっ…私はあの時、幸せになりたかったの…」
過去、私は必死に努力した。
真面目にしていれば必ず誰かに報われ認めてもらえる。
そう思っていたから誰にも迷惑掛けずに…
だけど私の行動は一切報われなかった。
だから、今回の人生は意地でも努力しないと決めていた。
誰に迷惑を掛けても関係ない。
試験だって過去の努力がもたらしたもので今回の私は努力なんてしていない。
そんな私が幸せになって良いわけがない。
「ニルヴァーナッ。泣く程苦しかったんだろ? もう報われて良いんだよ」
「やめて、今の私に優しくしないで」
こんな私に優しくしないで。
感情が昂り泣いていることにも気が付かない私をルディルが慰めてくれる。
対面に座っていたはずなのにいつの間にか隣で私を抱き締めてくれていた。
どうやって涙を止めるのか分からず、私はルディルの腕の中で泣き続け……
いつの間にか眠ってしまっていた。