作品タイトル不明
147.まずは害虫を駆除しましょうか
夜会は公爵邸の大広間で行われた。豪華な装飾品と煌びやかな人々、輝くシャンデリアに立派な絵画……文句のつけようがない会場だ。到着した者から入場した大広間は、すでに多くの貴族が 犇(ひし) めいていた。
雑談でさざめく大広間をゆったりと横断する。見せつけるように腕を絡め、互いに愛情を窺わせる視線を交わしながら……中央を抜けてライフアイゼン公爵に声を掛けた。
「晩餐会以来ですわね、ご無沙汰しました。おじい様」
実際の祖父ではないが、いつも「じぃ」と呼んで親しく振る舞ってきた。親戚ゆえの距離で穏やかに微笑む。この表情も会話もすべて罠だった。食いつく輩が何人現れるか。
「婚約なさると聞きましたぞ。ローヴァイン侯爵殿なら、何も心配いりませぬな。どうぞ、姫を幸せにしてくだされ」
「ありがとうございます。お守りできる栄誉に打ち震えております」
しばらく互いの近状などを話し、公爵令嬢であるコルネリアが合流したところでエック兄様が到着する。わざと遅れて到着したのは、これも作戦の一つだった。婚約者との間に何か起きたと勘ぐる隙を与える。わずかに挨拶を交わし、二人は微妙に距離を置いた。
べったりな私とクラウスが目の前にいるから、比較しやすいみたいね。数人の男達がこちらを凝視していた。人の視線は、当人が思うより気になるものよ。このままではコルネリアに集中してしまうため、挨拶回りを始めた。顔見知りの貴族からの挨拶を受け、婚約者だと広める。
コルネリアが扇を広げて顔を隠し、エック兄様に何かを告げる。そのまま二人は離れた。お花を摘みに行ったと思うのが一般的だけれど……コルネリアは廊下の途中で足を止めた。周囲に客間が並ぶ廊下の壁に寄り掛かり、足元を気にする。靴が合わないのだろうか。
「ご令嬢、失礼いたします。足が痛いのでしたら、こちらで休憩を」
歩み寄った若い男性が、さあとコルネリアに手を差し伸べる。随分紳士的な犯罪者だこと……親切なだけの声掛けではないとバレていた。クラウスの要注意人物リストに入っていたわ。
子爵令嬢や男爵令嬢に声をかけ、連れ込んで傷物にする。醜聞にしたくない家や令嬢は泣き寝入りしてきた。そのため事件が発覚しづらい。高位の令嬢を狙うことは少ないが、今回は思い切ったみたいね。確かに仕草もスマートだし、顔もそこそこだった。
一般レベルで考えたら、のレベルだけれど。私やコルネリアは、顔のいい男など見慣れている。比較すれば劣る男に、ときめくはずはなかった。何より、本人は洗練されていると考える仕草は、私達には及第点なのよ。美しい仕草というなら、叔父様やクラウスを見習ってほしいわ。
「トリア様、よろしいのですか」
手を借りて歩くコルネリアのことではない。こうして物陰で見守っている行為だろう。私は襲われる側だったのよ。囮になるつもりで準備もしている。足首とベルトの内側に短剣も隠してきた。戦えないコルネリアは早めに救い出し、私が囮になる予定だったのでは? と問いたいのだろう。
「大丈夫よ」
後を追えば、後ろからエック兄様が追い抜いて行った。足早にすり抜けたエック兄様が、意味ありげに視線を合わせる。コルネリアが入った客間の扉を迷いなく開いた。
「何をしているのですか!」
こんな時でも言葉は丁寧なのね。感心しながら、婚約者を助けるエック兄様を見守った。宰相であり皇族の一員でもあるエック兄様に、護衛がつかないはずはない。信頼できるライフアイゼン公爵家であろうと、騎士が必ず随行した。騎士に抜剣の許可を出したエック兄様は、淡々と言い放った。
「最愛の婚約者に手を出したのです。家の取り潰し程度で済むと思わないでください」
あらやだ、その黒い笑み……悪役みたいだわ。こういう場面で丁寧な言葉って、意外と迫力あるのね。感心しながらも、次の獲物を捕らえるためにその場を離れた。