軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信頼を取り戻すための結婚

サラサに髪を整えてもらったあたりで、ひとりの侍女が戻ってきた。

私付きの侍女となってまだ日の浅い、リリアだ。明るい金髪をハーフアップにまとめた彼女は、何か気にかかるような──そう、例えば昨晩の食事の内容を思い出すような、そんな顔をしていた。

「リリア?どうかした?」

尋ねると、彼女は私を見て、慌てて頭を下げた。

「いいえ。馬車の用意が整いました。いつでも出立は可能です」

「そう……。それじゃあ、行きましょうか」

サラサに手鏡を渡されて、鏡の中の自分を見る。

我ながら、鏡面に映る自分を見て「おお……」と言葉が零れそうになってしまった。

(思ったよりバッサリだわ……)

ちょん、と髪の先に触れてみる。

今の私の髪の長さは、顎あたりまでしかなかった。今まで腰までのロングヘアだったので、この変化は自分でも驚いてしまう。驚きのビフォーアフターだ。

これが前世なら『失恋した?』と聞かれること間違いない。

そして私の癖毛の髪質が災いして、結構あちこちにお転婆に跳ねている。メアリーがせっせとオイルで補強してくれているものの、これではものの数時間で寝起きと変わらない有様になるだろう。

私はため息を吐くと、五大属性魔法のひとつ、風の魔法と火の魔法を混合し、自身に魔法を放った。

「Ένα μείγμα ζέστης και ανέμου」

瞬間、ふわりと髪周辺に柔らかな熱を感じる。

前世の記憶を取り戻して思ったことだけど、魔法学は、数学や科学にかなり近いところにあると思う。特に魔法式の組み立てや構造なんかは、物理を理解していないと扱いが難しい。

私の魔法はほぼ独学で感覚に近いものだけど、ちゃんと一から魔法学を学んでいるひとは、描く魔法陣もとても美しいのだとか。

そんなことを考えながら、私は手鏡を覗き込んだ。そこには、ヘアアイロンを当てたかのように均一なカールを描くボブヘアの女、つまり私がいた。

前世で言う、内巻きショートだ。仕上がり具合に満足していると、斜め後ろから、感嘆したような声が聞こえてきた。

「それは王妃陛下の魔法ですね?」

サラサだ。彼女は、元々クラウゼニッツァー公爵家の侍女だった。

彼女とは私が王妃となる前からの付き合いで、さらには、私の乳姉妹でもある。一番信頼を置いている侍女だ。

私は手鏡を彼女に返すと、苦笑して、頷いた。

「ええ」

「久しぶりに見ましたわ」

そこで、オイルをしまってきたメアリーが戻ってくる。彼女は私が魔法を使ったことを知ると、目を見開いた。

「えっ。王妃陛下が魔法を使われたのですか!?私も見たかった……!!」

「王妃陛下の魔法は、奇跡みたいなものよ。 手品(イリュージョン) みたいに一瞬なの。他の方の魔法とは全く違うわ」

得意げに言うサラサに、私は無言で苦笑した。

というのも、他の人の魔法と違う理由は、単純なものだ。

私は独学で魔法を行使しているから、魔法構造をあまり理解していないのである。

(……前世でも理数系は苦手だったのよね~~!)

もしかしてその性質が今世にも引き継がれているのだろうか。

そういえば最初、陛下から政務を押し付けられた時は、数字、数字、地理、歴史、国際関係、数字、数字、の連続で気絶するかと思ったわ……。

しかも私は、苦手な数字と格闘し続けた結果、最終的に知恵熱を出して倒れたのだった……。

(嫌なことを思い出したわ)

私は、三年前の騒動を思い出しかけて、首を横に振って、それを忘れることにした。

私が城で魔法を使わない理由なんて、それこそ単純なものだ。

陛下は、魔法が不得手だから。

だから、私は遠慮して彼の前では魔法行使は疎か、魔法に関する話すら避けるようになった。

そもそも、私と陛下は紛れもない政略結婚。

この結婚は、薄れた血を、薄れた貴族の信頼を、取り戻すためのものだった。

先代王妃陛下は異国出身の方だった。

彼女は他国の後宮で長らく側妻として仕え、王が崩御したために帰国した未亡人だった。

そんな彼女は、【出戻り姫】と呼ばれ、自国では大変評判が悪かったそうな。

そもそもの話。

王が崩御したとはいえ、帰国を選ぶこと自体が特殊だったのだ。

後宮には何十という側妻がいたそうだが、彼女と同じように帰国を選んだのは片手の数ほどしかいなかったという。

(まあ、それも当然……かしら)

自国に帰ったところで待っているのは冷たい眼差しと、居心地の悪さ。

それなら、このまま後宮に居続けて安定を得たいと、ほとんどの側妻は考えたのではないだろうか。

よほど、自国に帰りたいと思うか、あるいは帰らなければならない事情がない限りは。

彼女の帰国理由は分からないが、そうして彼女は自国に帰った。

そして出戻り姫として冷遇されていたところで、我が国の王、前国王陛下と出会ったという。

彼女に一目惚れをした王はすぐさま彼女に求婚し、周りの反対を押しのけて結婚まで持っていった。

(案の定、レヴィアタンの貴族からは 大不評(ブーイング) の嵐。そもそも前代王には婚約者がいたというのに、婚約解消してまで無理に結婚したのだから、当然といえば当然かしら……)

レヴィアタンでも、彼女を見る目は厳しく、異国の地ということもあったのだろう。彼女は王妃となって数年後、儚くなってしまった。

だから、国王夫妻には子がひとりしかいなかった。

それが、今の陛下──ブライアンである。

王家の直系はブライアンしかいないのだから、早急に世継ぎが求められるのは必然といえよう。

だけど、私と彼は白い結婚だった。

彼は愛人のベロニカに、真実の愛を見ている。

私は四方八方から子を望まれながら夫のブライアンには拒否されている、そんな板挟みの立場にあった。

つい最近まで、そんな膠着状態がこの三年。

ずっと続いていたのだ。