軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呪いの人形

淡々と、お父様が感情を吐露するように言う。

しかし陛下は、尋常じゃない様子で暴れている。ここで大人しくしたら一環の終わりだと思っているようだった。

もがきにもがくその様子はあまりに見苦しく──とても、一国の王とは、思えない。

「おいクソ女!お前、いつからルーンケンとデキていた!?このっ……売女が!男なら誰でも──」

そこまで言われ、流石に堪えられなかった。

なぜ、そこまで言われなきゃならないの。

推測であれこれ思うのは良い。考えるだけなら、自由だ。

だけど──それが、あたかも真実かのように思い込み、思い込みだけで相手を攻撃するのは、どうかと思うのよ。

そもそも、どの口が言う?って話だわ。

浮気をしていたのも、私を顧みず愛人を溺愛していたのもそちらだ。私はこの三年間、異性と親密になることは無かった。それは、王の妃だから、というのも大きな理由だが、単純に忙殺されてそれどころではなかった、というのもある。

恋愛にかまけている時間なんて、私にはなかった。それすら知らない彼に、腹が立った。

(馬鹿も休み休み言えっていうのよ……!!)

私は吠える彼を黙らせるため、ガーターベルトに差している短剣を取ると、鞘付きのまま、投げた。

砲丸投げのように、勢いよく、しっかりとフォームを取り、彼の腹目掛けて投げつけると──それは見事に、彼の脇腹にヒットした。

「ぐえっ」

情けないカエルのような声を出し、陛下の体が弛緩する。今だ。

そう思い、私は姿勢を正しながら、騎士に言った。

「連れて行ってちょうだい」

騎士に指示を出すと、彼らは狼狽えた様子だったが、頷いて陛下を引きずり、部屋を出ていった。

私の短剣は鳩尾に見事にクリーンヒットしたらしい。陛下は悶えて、何も話せないようだった。

陛下に続けて、喚き散らすベルネット伯爵も連れていかれる。

場には、静寂が戻った、ものの──私は、周囲の視線がこちらに向いていることに気がつくと、コホン、と咳払いをした。

そして取り繕うように、宣言する。

「このままでは長丁場になると判断し、手荒な手段を取らせていただきました」

あくまで今のは、正当性のある行為だと示さなければならない。でなければ、ただ暴力を振るっただけの女になってしまう。

私が淡々と言うと、視界の端で、ルーンケン卿が笑いを堪えるように、手で口元を抑えるのが見えた。

「……」

若干、というかかなり、恥ずかしいので、私はまた咳払いをひとつすると、何食わぬ顔で着席する。

それを、宰相が苦笑して見ていた。

そして、議題はベロニカの件に移る。

(陛下の件が片付いたとはいえ、やるべきことは目白押しだわ……)

頭の痛い問題が多すぎる。

宰相はルーンケン卿を見て、言った。

「ここからは次期国王陛下、ルーンケン卿に場を取り仕切っていただきます」

指名されたルーンケン卿が、驚いた様子もなく、立ち上がる。

そして、彼は躊躇いなく、先程まで陛下が着席していた席──壇場に座った。

ざわめきが消え、場は静まり返った。

(一体、いつから……)

彼は、陛下を退位させ、即位すると決めたのだろう。

ニュンペーのトラブルがあったとはいえ、知らなかったのは歯がゆい思いに駆られた。

ルーンケン卿は、緊張した様子もなく、いつも通りの彼らしく、淡々とした声ですぐにベロニカの件に入った。

「……では、まず。ベロニカ・ベルネットの所在についてですが」

彼はそこで言葉を区切ると、淡々と言った。

「彼女が持ち出した国宝の中には、いわく付きの人形がありました。こういえば、ご存知の方は多いかもしれません。【 魂を(Soul) 吸う(sucking) 人形(doll) 】」

その言葉にざわめきが起きた。

(驚く、わよねぇ……)

私も、ルーンケン卿から話を聞いた時は、相当に驚いた。

彼らの困惑と驚愕に共感していると、ルーンケン卿がその反応から、知っている人間が多数いることを悟ったのだろう。

彼はひとつ頷くと、説明がてら話し出した。

「それは文字通り所有者の魂を吸い取る、という……呪いの人形です」

またしても、議会がざわめく。

そんな呪いの人形が宝物庫にあること自体に驚いた者もいたかもしれない。

「人形は、数百年前にとある資産家が、莫大な金を費やして作らせたそうです。ですが、使用人が次々と人形に魅入られ、失踪する事件が多発し、最終的に資産家も消えた。それから転々と持ち主を変えましたが、どれも似た道を辿り、紆余曲折あり、王家預かりとなった経緯があります」

ルーンケン卿はそこで言葉を切り、片手を上げた。何らかの指示を受けた従僕が扉を開き、黒布が被せられた──箱のようなものが、室内に運び込まれた。

それが何か、察したのだろう。何人かが息を呑む気配がした。

「見ただけでは魂は吸い取られません。接触が 鍵(キー) のようです」

ルーンケン卿はそう言うと、置かれた箱の上にかかる黒布を──払い取った。

以前、私も管理のため、宝物庫に足を踏み入れた際、目にしたことがある。

それは美しい人形だった。

肌以外は全て宝石で彩られていて、ひとを魅了する、危うい美しさがあった。それと同時に、同じくらいの不気味さがあった。恐ろしい、と感じた私は早々に宝物庫を立ち去ったのだけど──人形は、ブルーダイヤモンドで出来た水色の髪に、陶器の肌。

そして、レッドダイヤモンドで彩られた、赤い瞳をしていた。

ふたたび、あの人形を見ることになるなんて、と思いながらショーケースに飾られた人形を見て、息を呑んだ。

「…………うそ」

ぽつり、呟いた声は、あまりに小さすぎて、私にしか聞こえなかったようだ。

ルーンケン卿は、議会の人間が人形を見たことを確認してから、ふたたび黒布をかけた。まるで、危険物を隠すように。

「以前、確認した際。この人形の髪は水色、目の色は赤でした。ですが、今は──」

イエローダイヤモンドで飾られた髪は、金。

そして、ブルーダイヤモンドが嵌められた瞳は、青……だった。

つまり、

(ベロニカの色……だわ)

ニュンペーで聞いたルーンケン卿の言葉が、ふたたび脳裏に蘇った。

『もしかしたらもう、この世にはいないかもしれません』