軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【クレメンティーナ】に戻ったような

「急なトラブルはありましたが、午前中に出発できそうで良かったですわ」

サラサの言葉に、私も笑みを返す。

「そうね。向こうの天気はどうかしら。晴れてるといいのだけど」

今日は、出立にふさわしい快晴だ。

雲ひとつない鮮やかな青空を見上げ、私は目を細めた。

「晴れていたら、ニュンペー湖に寄りましょう。真夏のニュンペー湖は、冬とはまた違う美しさがあると有名ですもの」

サラサの言葉に、私は微笑みを返すと、頷いて答えた。

サラサとリリアが同じ馬車に乗り込み、近衛騎士が馬で並走する。

後続の馬車には、メアリーが荷物と一緒に乗った。

目立たない質素な馬車に乗り込めば、後はもう目的地に向かって進むだけだ。

向かう場所は、ニュンペー地方。

季節問わず涼しいのが特徴で、通称──【猫の街】としても有名な場所だ。

(前世で言う、猫島ってやつよね)

うんうん、と頷いて私は窓の外を見る。

前世の記憶を取り戻して、王妃をやめる決意をした後。引き継ぎを進めながらも、まず私は、長期休暇を取得しようと思っていた。

物理的に城を離れたかったし、恐らく離縁手続きの際、陛下が横槍を入れてくるだろうと予想したためだ。

そして──何より、私が。

たくさんの猫ちゃんたちに囲まれて、猫成分を摂取したいのだった。

(前世は猫アレルギーで一匹しか飼えなかったけど……!!)

幸い、今世は猫アレルギーもなさそうだ。

城では王妃という立場上、猫を吸うことは出来なかった。

だけど、ニュンペー地方で、素性を隠せば──

(思う存分、堪能できると思うのよね……!!)

猫に囲まれたい。吸いたい。嗅ぎたい。

そんな強い思いで、長期休暇先として決めたのが、 ニュンペー地方(ねこのまち) だった。

表情は取り繕いながらもワクワクして窓の外を見ていると、対面に座ったリリアが楽しそうに言った。

「ニュンペー地方では、猫を象ったグッズがたくさんあるそうですよ。髪飾りとか、ハンカチとか」

「楽しみですわね、王妃陛下」

サラサに呼びかけられ、「そうね」と答えた私は、続けて、ふと気になったことを口にした。

「もう、そう呼ばなくて結構よ」

「ですが──」

困惑した様子のサラサに、私は笑みを見せる。

「離縁するのだもの」

これは、決定だ。覆ることはない。

そう確信を抱けるくらいには、この半年間、準備と根回しをしてきた。

だから、私は笑って彼女たちに言った。

「私のことは、以前のようにクレメンティーナ、で構わないわ」

サラサが、驚いたように目を見開いた。

彼女は、私の三つ年上だ。幼い頃は、彼女を姉のように慕ったものだった。

私は、公爵邸で過ごした時間に思いを馳せながらも、続けて言った。

「……それに、今から行くニュンペー地方では、身分を隠さなければならないわ。【王妃陛下】なんて呼んだら、私が誰かすぐわかってしまうもの」

そう言えば、ふたりともも納得したようだ。

サラサが、恐る恐る……というように、私の名を呼んだ。

「では、クレメンティーナ様」

「…………ええ」

随分久しぶりに、サラサに名を呼ばれた。

それが懐かしくもあり──嬉しくも、ある。

王妃という重荷を下ろした証のように、思えて。

返事をすると、彼女の隣に座るリリアも続けて、私の名を呼んだ。

「クッ……クレメンティーナ様……!」

「ええ。今後はそう呼んでちょうだい」

リリアにそう返事をしながら、私は──

ようやく、自分が【王妃】から【クレメンティーナ】に戻ったような、そんな、気がしていた。