作品タイトル不明
王妃なんてやめてやる
ベロニカがウィルに乱暴しようとした時。
瞬間的に、私の頭に様々な光景が走馬灯のように流れた。
雨の日に猫を拾った。子猫だった。
最初は走る毛玉のような子猫が半年後には成猫と変わらない大きさになり、そして──
「──」
それは、私の前世の記憶だった。
私が最初で最後に飼った猫は、二十歳まで生きた。大往生だった。
私はその子を看取った後、看取った、後──
(お、思い出せない……!!)
記憶は朧気で、ところどころ思い出せない部分もあるけど。彼女との思い出だけはしっかり覚えていた。
私はウィルをしっかりと抱きしめながらも、顔を上げてベロニカを見た。
ベロニカは、私の厳しい雰囲気に狼狽えた様子だったが、私はそれに構わず彼女に告げた。
「猫たちは、私が貰います」
「え……」
「構わないでしょう?だってあなた、この子達の面倒見てないじゃない」
「それは──」
「反論する気?できるの?証人も証言も山ほど用意出来るけれど。それに、あなたが何と言おうと、これは決定事項です。私は王妃として、あなたからこの子達を取り上げます。ロイヤルガーデンに好き放題に放っていたんですもの。ロイヤルガーデンは 王族(わたし) の庭。決定権は私にあります」
「な……何言ってるんですか!?猫は庭に入れちゃいけないんですか?酷いわ。こんなに可愛いのに!」
ベロニカと話しても徒労に終わることを知っていた私は、彼女の言葉を無視して踵を返した。
「話は終わりです。陛下にもこの件は報告しておきます」
「待って!!」
悲鳴のような声を上げて、ベロニカは私の肩を掴んできた。
それに、思わず眉を寄せる。
ベロニカは、切実な声で叫んだ。
「私からこの子を奪わないで!!」
(???)
さっき、汚いって振り払おうとしなかった?
なのに、手元に置いておこうとするの??
「猫や犬は、アクセサリーではないわよ」
「知ってますそんなこと!」
「あらそうなの。ご存知ないかと思ったわ。手を離してくださる?」
「この子を返して!!」
ベロニカは、ウィルを【この子】としか呼ばなかった。
名前を覚えていないのか、見分けがついていないのか。どちらにせよ、もうベロニカの元に置いておく気はなかった。
彼女の大声に、ウィルは可哀想に怯えてしまっている。
怖がる彼をしっかりと抱きしめ、彼の顔を隠すようにしながら、私は声を張り上げた。
「誰か!!来てちょうだい!!」
そして、駆けつけた近衛騎士によってベロニカは引き剥がされ、その間に私は城に戻った。
後日、ベロニカに泣きつかれたのだろう陛下からは嫌味交じりの抗議を受けることになった。
だけどそんなこと、もう既にどうでも良かった。
陛下には、彼には、確かに淡い恋心を抱いていた。
それは悔しいことに事実だ。黒歴史に違いないけれど、事実なのだ。
婚約中、彼の誠実(に見えた)態度と振る舞い。見せかけの優しさに、私は確かに、恋心を育んでいた。
だけど、結婚してから彼の打って変わった言動に苦しんだ。悩みながらも、それでも私は恋心を捨てきれずにいた。
──でも、今は。
(ばっかみたいだわ)
ベロニカのような女に引っかかってる時点で、あの男に魅力などない。
あんな 女性(ひと) を愛する彼に、捧げる想いなどない。
彼の人間性には失望した。
その時、私は決めたのだ。
王妃なんてやめてやる、と。
都合よく使われる歯車であることをやめよう。私は私として、私の人生を歩もう、と。
そして、ベロニカの猫事件だけど。
実は、この件。後日談がふたつほどある。
まずひとつめは、あの時、ベロニカを抑えた近衛騎士──名前をルークと言う。
彼は、陛下から罰を受けることになった。
陛下の愛人であり高貴な身分の女性に乱暴を働いたとして、自宅謹慎を命じられたのだ。
それを知った私は、王妃の権限で陛下の命を取り消した。
もちろん、この時も陛下とは一悶着どころかふた悶着ぐらいあったけれど、それは瑣末事だ。
そういう訳もあって、私はそれ以来、ベロニカに絡まれても、私の指示があるまでは動かないよう、自身の近衛騎士や侍女には言い含めるようにしている。
また、ベロニカがふたたび動物を拾ってきて放置、なんてことが起きないよう私は【原則、城内に生き物を持ち込むのは禁止】と新たに法案を通した。完全に職権乱用だけど、使える手は使わないと、ああいう人間はまた繰り返す。
だから、法を制定したのだ(そもそも、城に生き物を持ち込むひと自体が今までいなかったからこそなかった法律である)
そして、ふたつめ。
猫たちは、城では飼えないので(ひとの出入りが激しいのと、ベロニカが何をしてくるか分からないため)お父様に相談し、クラウゼニッツァーの邸で引き取ってもらうことになった。
お母様は、動物があまり得意ではないので最初警戒していたらしいが、今では誰よりも猫たちにメロメロだという。
そして猫たちは、あまり家にいないというのにお兄様にべったりだそうだ。お兄様が家にいると、後を追いかける程なのだとか。う、羨ましい。
お父様も、猫を可愛がってくれているようで手紙からそれが伝わってくる。
(本当は、私も猫ちゃんと一緒に生活したい……)
城では無理だけど、王妃をやめて──つまり離縁してしまえば、クラウゼニッツァーの邸に戻れる。
貴族の娘であることには変わりないのでいずれ私も再婚するだろうが、再婚相手は猫好きだといい。犬好きでもいい。
猫ちゃんもわんちゃんも可愛いことには変わりない。
王太后陛下と別れると、私は侍女と共に馬車留めへと向かった。