軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第108話 モーモスとパキス。

エルストラ嬢に話を通した以上、孤児院にすぐに戻っても良かった。―――だが、風の使い手としてまだ出来ることがある。

風の属性は他の属性の人間には『卑怯』と言われることがある。風は声を集め、届けることも出来る。そして本気で移動する風の魔法使いは同じ風の魔法使いにしか捕まえることは出来ない。

他の貴族に「卑怯者」と罵られる風魔法は直接戦闘は火に負けるがそれでもやれることは断然火よりも多い。

まだ、時間に余裕はあるはずだ。

俺が感知できないほどの監視がいるのならそこまでだがそんな気配はない。

だから孤児院の近くで音を聞いている……雨はそれだけで音がするし音が集めにくくなる。空から孤児院の壁を越え、建物の外、壁の内側から孤児院の音を聞いていた。

俺は風魔法使いとしては戦闘と祀りが専門であって諜報向きではない。

慣れてない魔法はなかなかに難しい―――それでも、敵の数や位置が把握できれば役に立つはずだ。

しかし、そもそも人の多いこの建物。しかも大雨の中、外から有益な情報を得るのは難しい。

中では常に人は動いているし、彼らも静かにしているわけではない。しかも扉があればその先の音は聞き取りづらくなる。

孤児もどうやら脅されている人もいるようで誰が敵かもわからない。

動きがあったのでよく耳を澄ます。

エルストラ嬢の策……か?マーキアー殿が………なんだ?タオルを取りに来たようだ。足音、位置から敵の数が割り出しやすい。

荷車に近付いたのは……痩せガキか。あいつ、本当に裏切ってないだろうな?裏切ってしまえばあいつは死んでしまうかも知れない。

隷属系の魔法は逆らえば死ぬこともある。以前パキスと一緒にいたテミアレもパキスを襲おうとして心臓を痛めたらしい。

素行が不良すぎる貴族師弟は学園で矯正される。自分もそれに近かったが下には下がいるもので……奴らはとんでもなかった。俺はまだ領民は護るべきものだと思っているが奴らは殴り合わせて遊ぶようなこともしていたそうだ。

制約や隷属は条件も難しいが基本的に上位者に有利なようにかけられる。毒を飲ませるか体を痛めつけた後に抵抗力を無くすなどしてから術をかける。

抵抗力があれば隷属は跳ね除けることも出来る。しかし一度深くかけられた隷属は最初こそ抵抗できるが、時間をかけて抵抗できなくなる。

術者の力が強すぎればあっさり死んでしまうこともあるし、奴隷の抵抗力が強すぎれば隷属の効果は薄い場合もある。

術者も少ないし、日に何度も出来るということもないからそもそもかけられることも少ないのだが……流石は学園とでも言うべきか。

おそらく痩せガキはよくある主従や上位者への裏切りの防止、そして明確な武器や魔法の使用禁止をかけられていたのだ。

その中で小柄な痩せガキが拳による戦いで勝てたのは戦闘における勘がいいのと、身体強化を杖なしで自然と行えている点が大きかっただろう。

体格で勝り、戦闘訓練を受けてきた俺が引き分けるのだから相当のはずだ。

―――しかし、痩せガキは馬鹿だった。

敵をどうにかするため、おそらく自前の身体強化で隷属系の魔法に抵抗していた。顔色の悪さですぐにわかった。

そして、敵のもとに居て……一体何にかは分からないが「裏切り」と認識する行為をしたからこそ隷属魔法に逆らって体を明確に痛めていた。

「おい、肉団子、聞いてるか?」

咳き込んで個室に離れた痩せガキ。

こちらから声をかけようと思ったら先に声をかけられた。

「聞こえてる。なんだ?」

「……中の敵は14人、強そうなのはオルゴってやつだ。………地下に色黒の魔導具が、多分ある」

危険を犯しただろうにそこまで調べることが出来たのか。

人数、首魁、魔導具の位置。俺の欲しい大事な情報を、頭の悪い痩せガキから言ってくるなんて本当に驚いた。

「わかった。もう裏切らずにそこにいろ。痩せガキ」

「うるせー、肉団子が」

咳が出ていたということは相当にきついはずだ。

布団に倒れ込んだような音と、痩せガキのいる部屋の外からする足音、乱暴にドアが開けられた。

「よぉ、パキス……今誰かと話してなかったか?」

痩せガキの情報のお陰で、増援が来た場合にどうにか対処できそうだった。

しかし痩せガキは、兄と話していたと思ったが急に暴れるような音がした。

「クソがァァアアア!!!」

レルケフが何の魔法使いかはわからなかった。もしかしたら他に人がついているかもしれなかった。

風の魔法使いであればお互いに風を感知できることがある。用心のために少し風を離していて何が起きたか分からなかった。

大声とともに大きな何か、もしかしたらレルケフを強く殴り飛ばしたような音がして、痩せガキは倒れたようだ。

「なかなか るじゃ パキ !死にぞ いのくせによぉ!!」

ドアの向こうまで吹き飛ばされたらしい。ドアは閉まったのかあまり聞こえない。

「 、ド 壊れ ったか……まぁ良 、 こで一人寂しくくたばっちまえ!」

兄弟なのに争ったのか?俺は異母兄弟達とは喧嘩もしたことがないから分からないが、貴族で兄弟では良く喧嘩をしたり時には殺し合いに発展することもある。

状況は分からないが……足音が離れたし何があったか聞いてみる。音は聞けても見ることが出来ないのがもどかしいな。

「痩せガキ、何があった?」

「ドジッちまった………クソ」

「怪我しているのか?」

「…………まぁちょっとな」

嘘だな。奴らは人が騒がないようにしてきたのに、痩せガキを黙らせるためだったら兄弟とはいえ殺したほうがいいはず。

レルケフの言葉からも致命傷を受けたかもしれない。

「―――……そうか、よく聞け。この騒動、お前は充分な働きをした。お前の情報のお陰でフレーミス様の意に沿う働きができるだろう」

「……そう、か?」

嘘だ。俺は死にかけているかも知れない男に嘘をついている。

フレーミス様はすでに死んでいるかも知れない。この情報に価値なんてないのかもしれない。

それでも言わずにはいられない。

「あぁ、パキス、お前は素晴らしい働きをした。誇りに思うが良い。―――俺は別の場所を探る」

雨の音に負けないよう、しっかり伝える。

「……さっさと………いけ」

「またな」

「……あぁ」

風魔法使いの仕事は前に出て戦うようなものじゃない、火のように勇敢ではなく、土のように建物を作り、水のように生きていくのに必要な水を作れるわけではない。だから「汚れ仕事」と言われるものも多い。

現に今だって雨の中、泥にまみれて音を聞いている。中の人間を助けることもなく、だ。

こうやって諜報をして……何も出来ず、何も残せず殺されていくものも居る。

しかし、教練を受けたときには分からなかったが……情報一つ何十人もの命を救ったり、姫君や幼き主君を救えるだけの価値はあるのかも知れない。

フレーミス様は無事だろうか?

しかし、お優しいフレーミス様なら確実にここの子供たちを救おうとするはずだ。

あの人は自身が幼き身でありながら自分より大きな子に薬師にまで気にかけるような仁君だ。敵であったこの身にすら慈愛をかける素晴らしき人物だ。

彼女の役に立てるのなら泥にまみれようとも名誉に思える。以前は土埃一つで汚いと苛ついていたのにな……。

しかし……今やっていることは間違ってないだろうか?エルストラ嬢は本当にご助力いただけるのだろうか?フレーミス様の元に駆けつけたほうが良いのではないだろうか?

冷静な自分はこうやって「敵の情報を集めたほうがよりフレーミス様のお役に立てるはずだ」と確信しているが……同時に「今すぐにフレーミス様の元に行かねば」と強く思ってしまう。

パキスが無事かは心配ではある。だが、本人が何も言わないのなら俺は俺のやるべきことを全うするまでだ。もしも行ってみて怪我が浅かったり俺が敵と遭遇してしまえば……情報は持ち帰らないと無駄になってしまう。

建物の壁際から振り返り、雨の中高い壁を見てどうするか考える。

今すぐ鹿のように情報を持ち帰るべきかも知れない。

だが……しかし、そうだな。もう少しだけやることをしてからここを出ることにしよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

腹から短刀の柄を生やし、真っ赤に染まったフレーミス君。

水に浮いた彼女は扉が開くと部屋から勢いよく流れてしまった。

「何だこの水の量は!?相打ちか?流れちまったぞ!!?おい!インフー!!」

「………く、薬はないか?」

大きな氷の柱に貫かれ、血に濡れた自分。

監視の男に薬がないか問う。

「くそっ!?死んでやがれ!おい!死体が水で流れちまったぞ!追え!」

「こいつはどうする?薬はあるが」

「ほっとけ!もう用はない!!ルカリムの首がないと俺らの首が落ちるぞ!!追うんだ!!」