軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187

◆九白真緒

とうとうこの日が来た。

今日は、入学式当日。

目を閉じれば、様々な思い出が蘇ってくる。

もうすぐ、マンガの一ページ目のシーンが始まる。

ここまで長いようで、短い日々だった。

一応、今日までにやれることはやった。

これまでの行動にやり残したことはないし、後悔はない。

思いつく限りの事は試した。万全の態勢と言えるだろう。

制服に袖を通し、姿見を見る。

そこには、マンガの登場人物と同じ服装となった自分が映っていた。

とうとう本編が始まるのか。

今日までに起きた様々なことが頭をよぎり、万感の思いがこみ上げてくる。

私は両手で頬を叩き、気を引き締めた。

鏡を見て「よし」と、気合いを入れる。

それにしても、やっぱり似ていない。というか、全く似ていない。

自分の顔は、マンガの九白真緒とは似ても似つかない。全くの別人。

マンガの九白真緒の方が身長が高く、シルエットもまるで違う。

マンガの方は多分一八〇センチオーバーでガリガリ。今の私は一七〇センチちょっとでガッシリ。

随分と体形が違う。

顔に至っては類似するパーツが存在しない。

それ以前に、顔の作りが全く違うのだ。

ここまで別物だと、体重の増減や、生活環境の違いで変化したという説明が成立しない。

幼少期は、成長過程で変化するものだと思っていたのだが、そんなことはなかった。

そのことで、自分が両親の本当の子ではないのではないか、と一瞬考えたこともあった。

が、自分の顔が母の顔とあまりに似すぎているため、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

むしろ、マンガの九白真緒の方が、両親と似ている要素がない。

「もしかして……」

と、ここまで考えて、思いつくことがあった。

マンガでは、悪役令嬢の取り巻きという脇役の立ち位置の九白真緒。

そんな端役であるキャラクターの両親が、マンガに登場することはなかった。

そのせいもあって、私は、この世界とマンガの世界の両親は同一人物だろうと思っていた。

――が、もしかすると、この世界とマンガでは、両親が別人なのかもしれない。

同姓同名の違う人物と、まるっと入れ替わっているのだとすれば、納得がいく。

「もしかして、そういうことなのかな?」

それならそれで、九白家だけ人が入れ替わっている理由に説明がつかない。

「他の家は、みんな同じなんだよねぇ」

メインヒーローである鷹羽家、その友人である雪代家も家族は皆マンガと同じ顔ぶれ。

違うと言えば、ナナちゃんくらい。

でも、ナナちゃんの親が違う理由は、はっきり分かっているし……。

彼女の親が兎与田先生に変わったのは、霊気が発現するタイミングが早まったため。

そのせいで、本来ではありえない出会いがあり、その後の人生にも影響が出た。

私自身に関して言えば、霊術に傾倒したせいで色々変化したとは思う。

だけど、それは私が生まれた後の話。

両親がマンガと別人物になっているのだとすれば、直接関係ない気がする。

「まあ、いいか」

と、考えを中断し、すっぱり諦める。

これ以上考え込んでも、答えにたどり着くことはないだろうと思ったからだ。

そもそも、自分の顔がマンガと違っていても、ストーリー展開に支障はない。

なんせ自分は脇役なのだ。多少変化があっても、本編とは関係ない。

なにより、自分が九白真緒であることは間違いないのだから。

「マオちゃん、行きますわよ」

そんな事を考えていると、レイちゃんの呼ぶ声が聞こえた。

うう、今になって緊張してきたよ。

というわけで、後藤さんが運転する車に乗って煌爛学園に到着。

ドキドキしながら校門の前まで歩く。

私は素早く周囲に視線を走らせた。

どうやら、まだ何事も起きてはいないようだ……。

「大丈夫ですか? 先ほどから、動きがぎこちないですが」

私が挙動不審過ぎるせいで、レイちゃんに心配されてしまう。

「うん、平気。入学式で緊張してるみたい」

と、誤魔化しておく。

しかし、不安定になるのも許してほしい。

ここは、マンガのプロローグが起きる場所。

本来なら、ここでヒロインが校門を潜るのがマンガの第一話の第一ページ。

ここが全ての始まりであり、ヒロインとヒーローの邂逅が次に待ち構えているわけである。

そんな場所に、イベントが発生する時間帯に、自分が居合わせているのだ。

つい、アイドルの出待ちや、聖地に来たような気分になって高揚してしまうのも仕方ないのである。

だけど、ヒロインとヒーローであるナナちゃんとアキラ君は、すでに対面を果たしている。

それどころか、仲も深まりラブラブである。

つまり、現実では、ここで何かが起きることはないだろう。

そう思うと残念ではある。

私は目を閉じ、マンガのワンシーンを思い出す。

マンガでは、校門到着前にヒロインがヒーローの乗る車の前に飛び出して猫を救う。

そして、校門でヒーローとすれ違い、クラスが表示されている掲示板へ向かう。

そこには、入試の成績順位表も掲示されており、ヒロインが堂々の一位。

そのことを近くにいた教師に褒められ、周囲がざわつく。

そこにヒーローが登場し、猫を救い、テストの点数で上をいかれたヒロインを面白い女認定する。

その一部始終を目撃していた悪役令嬢である雲上院礼香に、ヒロインが絡まれるという展開だった。

――改めて詳細に思い出すと、懐かしさを覚える。

私もこの世界に生まれて十五年。随分と月日が経過したものだ。

ストーリー展開や、イベントの詳細についてメモを取っていなければ、細かい部分を忘れていたことだろう。

そんな事を考えていると、ナナちゃんがアキラ君の車に同乗して登校してきた。

「こんなところで何してるの?」

と、アキラ君と手つなぎ距離で登校してきたナナちゃんに聞かれる。

「いえ、特には……」

「思い出に浸っていたところだよ」

レイちゃんが首を振り、私がワインの香りを楽しむような顔で答える。

「これから入学式なのに、なんで思い出があるんだ……」

私の言葉を聞き、アキラ君が疑問顔でこちらを見てくる。

その顔は、きら☆スピのヒーローそのまま。

実業家、霊術師共にトップに位置する鷹羽家の長男である鷹羽アキラそのものである。

そんな彼とも、ナナちゃんを通じて仲良くさせてもらっている。

当初こそ鷹羽君、アキラ様呼びだったが、「ナナのダチのお前らが他人行儀にするな」と言われ、そこから紆余曲折あって、アキラ君呼びになったのだ。

一時期は、会うたびにアキラと呼べと言われ、恐縮したものだ……。

しかも、アキラ君自身は私たちの事を九白、雲上院と呼ぶ。

名前で呼ぶ女は七海だけだ、とかいうよく分からない自分ルールを課しているらしい。

と、思考が逸れた。早く返事をしないと……。

「アハハ……、物の例えだから、あんまり深刻に捉えないで」

と、私は早口で誤魔化した。

そうだ、このタイミングで聞いておこう……。

「ねえ、ナナちゃん。登校途中で猫を助けたりした?」

「猫? 何の話?」

と、話が通じない。

「ごめん、勘違いだったみたい」

私は、すぐに話を打ち切った。

どうやら、ナナちゃんは猫を助けていないようだ。

マンガの展開では、轢かれそうになった猫を車の前に飛び出して助けるのだが……。

そもそも、ナナちゃんは徒歩で登校していない。

アキラ君の車に同乗していた。そうなると、猫を助ける展開に発展のしようがない。

二人の仲が進展しているから、イベントがスキップされちゃったのかな?

そうなると、この後の展開も大きく変化しそうだ。

マンガならテストの順位で、おもしれー女判定されるわけだけど、ナナちゃんとアキラ君は最早そんな低い関係値ではない。

だから、そんなイベントも起きない。

そして、二人の接近に苛立ちを覚えてレイちゃんが絡むというイベントも発生しようがない。

今や、レイちゃんとナナちゃんは親友。

アキラ君との仲を祝福することはあっても、嫉妬することなどありえないのだ。

つまり、イベント発生の封殺に成功しているといえる。

これならトラブルなんて起きようがない。

――ククク、計画通り。

最早、マンガのストーリーなど恐るるに足りない。

脱獄犯襲撃時の銃撃イベントは、仲の良さに左右されないので警戒しなくてはならないが、いじめ関係のイベントは発生しないと見てよさそうだ。

現状に満足した私は、自然と緩む口元を引き締めながら、皆とテスト結果と所属クラスが張り出されている掲示板へ向かった。