作品タイトル不明
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――そして、イベント当日。
私は、炊き出し場所として使用許可を取った広場へ到着した。
現場にはすでに警備員の方たちが到着済みで、こちらを迎えてくれた。
そんな中、一人の女の子が私に話しかけてくる。
「暮舞さん、今回のイベントの概要を聞き、感心致しました。とても素晴らしい催しだと思いますわ。沢山の方が来て下さると良いですね」
「え、もしかしてレイカ様?」
その声を聞き、目の前の女子がレイカ様だと気づく。
顔立ちも髪も全く違う。完全に別人なのに、声だけがレイカ様。
まるで、映画の吹き替えでも見ているような錯覚に陥ってしまう。
なんとも不思議な気分だ。
「ふふ、どうです? 中々のものでしょう」
レイカ様が得意げに、その場で一回転して見せる。
うう、確かにすごい。全く気が付くことができなかった。
これなら護衛も問題ないだろう。
「はい。全く分かりませんでした。凄いですね」
素直に感想を述べると、レイカ様が微笑する。
「それは腕によりをかけた甲斐がありますね。次はもっと不自然さを消失させてみたいですわ」
「え、その変装はレイカ様がご自分でなされたのですか?」
「もちろんです。そういう訓練ですからね」
当然だと言わんばかりに、不思議そうに首を傾げるレイカ様。
そんなお姿を見て、私は困惑していた。
――全く分からない。レイカ様は一体どこを目指されているのでしょう……。
「さあ、それでは参りましょうか」
「あ、はい」
私はレイカ様に連れられる形で、炊き出しの準備に向かった。
ちなみに、今回の護衛は二種に分かれる。
散開して周囲を監視する班と、参加者に紛れて突発的事態に備える班だ。
レイカ様は後者に当たり、私と一緒にスタッフとして炊き出しの準備を行うというわけである。
私は炊き出しの参加は今回が初めてではない。
そのため、こういった大人数相手の料理準備も慣れている。
今でこそ何をやればいいかを把握し、自発的に行動できているが、初めての頃は何もできないままに右往左往したものだ。
そんなわけで、今の準備で自分に適した作業は野菜の皮むきと判断し、そちらに参加している。
当然、レイカ様も一緒だ。
二人で大量の野菜と格闘中である。
大人数向けに作るとなると、下準備も一大作業となってしまう。
たかが、皮むきと侮るわけにはいかない。とにかく、こういった作業は時間との勝負だ。
初めの準備が遅れると、全ての工程に影響が出る。
開始時刻は決まっているので、遅れた分だけ時間に追われることになってしまうのだ。
私は無心で野菜の皮むきを続けた。
そんな中、レイカ様の手が止まってしまう。
ジャガイモを手に取り、あらゆる角度から凝視し始めたのだ。
そして、作業を再開したと思ったら、異常にゆっくりと皮をむき始める。
一連の流れを見て、私はハッとなる。
きっと包丁の扱いに慣れていないのだ。
私も初めて挑戦したときは、手を切ってしまうのが怖くて慎重になりすぎてしまったものだ。
それにしても、ゆっくりだ。
一つのジャガイモを仕上げるのに、繊細な彫刻を行っているかのような状態になってしまっている。
ここは、ピーラーを使ってもらった方がいいかもしれない。
そう考えていたら、別作業をしていたおばさまがレイカ様に口を出してきた。
「あんた、そんなやり方じゃ、日が暮れちまうよ。多少皮が残っていてもいいから、さっさとやっておくれ」
レイカ様に対して何という物言い! これは抗議しないと。
あ……、駄目だ。
今のレイカ様は変装中。
雲上院家の人間ということは明かせないのだった。
何ともどかしい。などと苦悩していると、レイカ様が声を上げた。
「申し訳ございません。少しイメージの補強を行っていたのですわ。ここからは、うまくできると思いますの」
そう仰ったレイカ様はジャガイモを一つ取ると、あっという間に皮をむいて見せた。
しかし、そこで留まらない。
「よし。これで誤差を修正しましたわ」
と、今度は三つのジャガイモを握りこみ、一つずつを凄まじい速度でむいていく。
的確かつ正確な包丁さばきで、ジャガイモが高速で丸裸にされる。
まるで、ジャグリングでも見ているかのような安定した動きだ。
「初日ではこれが限界ですわね。これ以上は回数をこなさないと」
そう呟くと、黙々と皮むきをやっていくレイカ様。もちろん高速で。
そんなレイカ様の包丁さばきを見て、作業をしていた全員の手が止まり、注目の的となってしまう。
護衛なのに、そんなに目立っていいのだろうか。
そもそも、そのテクニックはなんなのだ。
一体どこを目指しているんだ、と疑問は尽きないが手を止めるわけにはいかない。
このままでは大半の野菜をレイカ様が処理してしまう。
つまり、自分の負担が軽くなってしまうということだ。それだけは何としても阻止しないと。
レイカ様だけに皮むきをさせるわけにはいかない。
私は負けじと手を動かし、皮むきに励んだ。
――そんな感じで、下ごしらえが予定より早く済んだため、後の作業は余裕をもってやることができた。
ただ、私自身は普段とは違うペースで行動したため、炊き出しの準備が整う頃には少し疲労がたまっていた。
とはいえ、自分たちが取り組んだ成果が目の前にあるので、心地よい疲労感ではある。
そして、炊き出しが開始された。
始まる前から列ができていたが、準備をしっかりやっていたお陰で、問題は発生していない。
非常にスムーズに待機列が解消されていく。
私とレイカ様も料理の配膳に協力し、並んでいる人の減少に努めた。
開始時こそ混乱の恐れがあるほどの盛況ぶりだったが、時間が経つほど人が減っていく。
一時間も経てば、穏やかな雰囲気にシフトしていた。
どうやら、料理も行き渡ったようだ。
途中で在庫が無くなることもなかったし、上手くやれたのではないだろうか。
「どうやら、ひと段落付いたようですね」
人が閑散とし始めた状態を見たレイカ様の言葉に、私も「はい」と応じる。
そろそろ規模を縮小しつつ、片づけを始めてもいいかもしれない。
「護衛、ありがとうございました。お陰様で何事もなくイベントを終了できそうです」
という私の言葉に、レイカ様からの返答がない。
どうしたのだろうと様子を窺えば、耳に手を当てて真剣な表情をされている。
どうやらレイカ様は耳に装備した小型のインカムに集中しているようで、こちらの言葉が聞こえていなかったようだ。
「今入った情報によると、警察が潜伏中の銀行強盗犯を発見し、追跡中の様です。その進路に、ここも含まれるようなので一旦避難しましょう」
「わ、わかりました」
まさか本当に銀行強盗が逃げずに隠れていたなんて。
両親の助言通りに護衛を増やしておいて良かったと安堵する。
こちらは万全の状態だし、炊き出しに参加した人たちは大半が帰った後。
今の状態であれば強盗がこちらに来ても、参加者が巻き込まれることは回避できる。
「全体の誘導は別の班が担当します。わたくしは当初の予定通り、暮舞さんのみを護衛します。それでは移動を開始しましょうか」
そういった次の瞬間、レイカ様の顔が険しくなる。