軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73:双子の姉は出征式に臨む

国境に兵を送る為の、出征式。

戦場に向かう兵士達を鼓舞する為の式典だ。

本来なら、小競り合い程度で催されるような式典ではない。

だが、今の王都はあまりに政情が不安定だった。

エルドレッド公爵家の謀反が明るみとなり、当主が投獄された。

この報せは、王国中の貴族達を驚愕させた。

それもそのはず、エルドレッド家は王太子ローレンスの婚約者を擁した家だ。

今後、王太子の婚約者はどうなるのか。

エルドレッド家の領地、そして財産はどのように扱われるのか。

王家がどのような処分を下すのか、誰もが固唾をのんで見守っていた。

そんな中で開催された、出征式。

有力貴族達には、例外なく招待状が送られていた。

情勢が不安定な今だからこそ、王家の求心力を見せつける狙いがあるのだろう。

ガザード公爵家にも、当然招待状は届いていた。

当主のウェズリーだけでなく、婿であるアラン、身重なディアナの名まで連なっていた。

「大丈夫か、ディアナ」

「ええ」

煌びやかなシャンデリアの下、ディアナが弱々しい笑みを浮かべる。

隣に立つアランは勿論、ウェズリーもまた、不安そうにディアナを見つめていた。

式典に参加する為に、朝から念入りに身支度を調えてきたのだ。

女性の式典支度には、どうしても時間が掛かる。

身重の身体でそれに臨む負担がどれほどか、男二人には想像することしか出来なかった。

謀反人として捕らえられたエルドレッド公爵クライドは、直近まで何度かガザード公爵家と往来をしていた。

それ全てエルドレッド家とフィデス商会の間に発生した揉め事に端を発したこととはいえ、ガザード家に対する疑念は拭い切れるものではない。

だからこそ、後ろ暗いことなど何もないと示す為にも、表舞台には出なくてはならないのだ。

「二人とも、心配しすぎです。もう安定期に入っているのだから、大丈夫だと何度も申し上げているでしょう」

「だからと言ってなぁ……」

アランの声を遮るように、ファンファーレの音がホール中に響き渡る。

「王太子ローレンス・ラトリッジ殿下のご入場です!」

荘厳な扉が開き、その向こうからシャンデリアに勝るとも劣らぬ煌びやかな衣装を纏ったローレンスが姿を現す。

その隣にいつも佇んでいたケイリー・エルドレッドの姿は、今はない。

「今日も、王太子殿下だけか……」

会場中が割れるような歓声に包まれる中、誰かが漏らした小さな声が、ディアナの耳に届いた。

「陛下の容態は、そこまで思わしくないのだろうか」

「しっ、殿下の耳に入ったら、大変だぞ!」

「しかし、心配にもなるだろう」

ざわざわと、囁き合う声。

ここ最近、公式行事や謁見の場には、常にローレンスが姿を見せていた。

国王オスニエルが公式の場に姿を見せたのは、もはやいつのことであったか。

公爵家の謀反に、国境への出兵。

不安定な情勢に加え、国の要である国王は姿を見せず。

これでは貴族達が不安がるのも、無理はない。

憂色に満ちた視線が集まる中、ローレンスは端正に笑みを浮かべた。

「突然のことにも関わらず、皆の参列に感謝する」

そうして大きく靴音を響かせながら、ゆっくりとホールを歩く。

向かう先は、今では臣籍に下った叔父──王弟アランの元。

「身重な奥方を伴ってのご出席、感謝します」

ローレンスの声を受け、アランが深々と頭を垂れる。

ここは、公式の場。

向こうから「叔父上」と声を掛けてきたならばともかく、そうでない場合は、アランは臣下として振る舞わなければならない。

「どうぞごゆっくり」

一言だけ言い残し、ローレンスがその場を去る。

ディアナをいたわる言葉をかけるでなし、早々に席を外す許可を出すでなし。

あくまで臣下として扱うことで、両者の立場を周囲に見せつけていた。

(……如何にも殿下が考えそうなことだわ)

ディアナが、内心でため息を吐く。

ローレンスの権威を示す為に自分達が使われるのは面白くないが、いちいち目くじらを立てても始まらない。

王家が、アランをどのように扱ってきたか。

果たして、彼等に一国を治めるほどの度量があるのか。

それら全てを貴族達の目に晒せるのなら、この程度の扱いは安いものだ。

パーティーが始まってすぐに、アランはディアナを連れてホールの端へと移動した。

楽団が音楽を奏で、人々が優雅に踊る中央からは離れた場所で、係に声を掛けて椅子を準備させる。

「さぁ、こちらへ」

「ありがとうございます」

ようやく座って休むことが出来て、ディアナは安堵の笑みを浮かべた。

美しい顔には、僅かばかりの疲労が滲んでいる。

安定期に入って体調は良好とはいえ、長い準備の後に立ちっぱなしの時間があったのだ、当然と言えよう。

交流のある貴族達と談笑する父ウェズリーを残し、二人は休憩を兼ねて、人の少ない一角へと足を運んでいた。

「何か飲み物でも持ってこようか?」

「いえ、大丈夫です」

今は何より、ようやく腰を落ち着けられたことに安堵していた。

傍らに立つアランの服をぎゅっと掴めば、甘えるようにその身体にもたれ掛かった。

「これだけ人が多いと、肉体的な疲れよりも、精神的な疲れの方が大きい気がします」

「そうだな」

ただ人が多いばかりではない。

品定めするような目。

警戒と猜疑の入り混じった視線。

そのただ中で、毅然と立ち続けなければならないのだ。

そっと、アランの指がディアナの髪を撫でた。

くすぐったそうに微笑んだディアナが、静かに目を閉じる。

ホールの片隅、皆の視線から外れた場所。

今だけは、社交場の喧騒から切り離されることが出来た。

「──ディアナ!」

そこへ、快活な声が掛かる。

声を上げた当人は、二人の様子に気付くと、ばつが悪そうに口元を手で覆った。

「ごめんなさい、邪魔をしてしまったかしら」

「あら、いいのよ。気にしないで、ミリアム」

ディアナのアカデミー同期であり、港町アンガスで親しくなった男爵令嬢ミリアム・クィルターだ。

既知の相手を前に、それまでディアナに近付く者達に警戒の視線を向けていたアランも、表情を和らげる。

「改めて、懐妊おめでとうございます」

「ありがとう」

ミリアムを前に、二人の顔に自然と笑みが浮かぶ。

「実は、マクブライド海軍提督に誘われて、私も船旅に出ることにしたの」

「そう……」

ディアナの知る前世で、ミリアムはカーティスの腹心となり、腕の良い海図作成師として名を馳せていた。

(私が関わったことで二人の関係が前世とは変わってしまったと思っていたのだけれど、この分なら心配は要らなさそうね)

「素敵だわ。船旅の土産話が、とても楽しみ」

「お腹の子が男の子か女の子か分かれば、色々とお土産を買ってこれるのに」

ミリアムとディアナが和やかに談笑する傍ら、アランにも声を掛ける者達が居た。

「王弟殿下!」

「アラン様、お久しぶりです」

「お前達……」

アランの古巣、第三騎士団の騎士達だ。

アランが騎士団を退団してガザード家に来てからは、ほとんど会う機会もなかった。

かつての部下達に、自然とアランの顔が綻ぶ。

「堅苦しい式ですが、殿下が来てくださるんなら、参加した甲斐があるってもんです」

「こら、そんなこと言ってるとまた怒られるぞ」

軽口をたたき合えるのも、昔馴染みだからこそだろう。

そんな姿に、自然とディアナの表情も緩んでくる。

「奥様、少し旦那さんをお借りします」

「ええ、どうぞごゆっくり」

「お、おい、お前達……」

騎士達がアランの手を引いて、アルコールが並んだエリアへと促す。

「私が一緒に居りますので、大丈夫ですよ」

「そ、そうか……何かあったら、すぐに呼んでくれ」

「はい」

ミリアムの頼もしい言葉を受けて、アランが騎士達に連行されていく。

「相変わらず仲の良いご夫婦で、羨ましい限りだわ」

「あら、そういう貴女の方はどうなの?」

「私? 相手の候補すら居やしないわ」

ディアナの言葉に、ミリアムが肩を竦める。

その自然な仕草に、ディアナは思わず紫色の瞳を瞬かせた。

「海軍提督と一緒に船旅に出るほど親しい仲になったのではなくて?」

「それとこれとは、全っ然別よ!!」

ミリアムの上擦った声に、一瞬だけ周囲の視線が集まる。

ただの世間話と分かると、自然と視線が解けていく。

ミリアムは自らを落ち着かせるように小さく咳払いをして、呼吸を整えた。

「まったく、どうしてそんな誤解をされてしまったのかしら……あのね、ディアナ。彼には、想いを寄せる相手が居るの」

「……ええぇ?」

今度は、ディアナが驚愕する番だった。

前世と今世では、様々な事柄が違っている。

今となっては、もう未来を予測することさえ難しいくらいだ。

それでも──結ばれるはずだった二人が、いまだ恋仲になっていないなどと、そんなことがあるのだろうか。

(これから、そういう仲に進展していくのかもしれないけれど……)

ふと、ディアナの脳裏にカーティスと共に漂流した時の記憶が過る。

何か言いたげな態度。

熱を帯びた、潤んだ視線。

それはまるで、“想いを寄せる相手”が誰なのかを示しているようで──。

(……まさか、ね)

浮かんだ考えを、首を振って追い払う。

(商会で会った時だって、意味ありげな態度ばかりだったもの。元々、彼はそういう人──プレイボーイなんだわ)

そうと結論付いたなら、今度心配になるのは、親友のミリアムのことだ。

「悪い人ではないと思うけれど、海の男は気が多いと聞くから、気をつけてね」

「ディ、ディアナ……?」

突然自分の手を掴んで、何を語り出すのか──と、ミリアムが目を白黒とさせる。

「えぇと、だから私と提督は、そういう仲じゃないと何度も……」

「あら、これからどうなるかは分からないじゃない?」

互いに平行線で、すれ違ったままの会話。

どこか噛み合わぬながらに、和やかなやりとりが続いていた、そんな空気を──ホール中央から聞こえてきた怒声が切り裂いた。