軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68:王弟は命を受ける

白い大理石の上に敷かれた、毛足の長い絨毯。

深紅の布に膝を突き、頭を垂れる男が一人。

「お久しぶりですね、叔父上」

豪奢な椅子に腰掛けた王太子ローレンスは、膝を突く男――王弟アランを見下ろし、口元に静かな笑みを湛えていた。

本来なら、同じ王族であるアランがローレンスに膝を突く必要はない。

にもかかわらず対等の席は用意されず、臣下にするように跪かされる。

――自分の立場をわきまえろ。

そんな意図が、あまりにも露骨に透けて見えた。

「顔を上げてください」

ローレンスの言葉に、膝を突いたままで、アランが顔を上げる。

臣籍に下った時から、こうなることは覚悟していた──が、あまりに露骨な振る舞いに、もはや苦笑すら浮かばない。

(己の優位を見せつけなければ、気が済まないのだろうな……)

アランにとって、ローレンスは実の甥だ。

だが、二人の心の距離は、あまりに遠い。

現国王オスニエルにとって、アランは実弟でありながら、自分の命を狙った大罪人の一味だ。

王太子であるローレンスも、オスニエルの言葉を聞いて育ってきた。

父譲りの碧眼には、叔父に向けるものとは思えぬ侮蔑の色が滲んでいた。

「ガザードには何度か書状を出しているのだが、反応してくれたのが叔父上だけとは、何とも薄情なものだ」

「生憎と、立て込んでおりまして」

棘のある言葉を、さらりと 躱(かわ) す。

「今は妻をいたわるのが一番と、大事をとっております」

各貴族家の動向を 備(つぶさ) に探っているローレンスならば、ディアナ懐妊の報せも既に聞いているであろう。

アランの答えに、ローレンスが僅かに目を細める。

「……まぁ、良い。叔父上に来ていただいたのは、他でもない」

ため息交じりに、ローレンスが言葉を紡ぐ。

「叔父上には兵を率いて、エルドレッド家に向かっていただきたい」

「エルドレッド公爵家に──?」

アランの眉間に、皺が寄る。

“兵を率いて”とは、ただ事ではない。

エルドレッド公爵家に謀反の疑いありとは聞いていたが、疑いだけで兵を動かすのか──それとも、確証があってのことなのか。

「そうするだけの根拠が?」

「公爵就任の祝いに紛れて、多額の金銭が動いている。その多くが、軍備に回されていると来た」

エルドレッド公爵家は、戦に備えている──それが王家の見方らしい。

兵を動かす判断としては、あまりに弱い。

それ以上の根拠を掴みながらも、アランには伏せていると考えるべきだろう。

「エルドレッド家に対抗出来るのは、同じ公爵家であるガザード家のみ。歴戦の叔父上ならば、造作もなかろう」

──いや、違う。

ローレンスは、試しているのだ。

ここ最近、エルドレッド家とガザード家の間に、何度か出入りがあった。

それ故に、両家がどこまで密接に関わっているのかを探っているのだ。

「承った」

ローレンスの真意を知りながら、アランは頷いた。

じっとアランを見据えていた碧眼が、ふと細まる。

「叔父上が引き受けてくれるなら、これほど心強いことはない」

仮にエルドレッド家が戦を仕掛けるつもりなら、ローレンスはガザード家の兵をぶつけ、両家の戦力を削る腹だろう。

もしガザード家が王家ではなくエルドレッド家側に付いた場合は──大義名分をもって、両家を取り潰しにかかるに違いない。

「エルドレッド家は、我が婚約者の家でもある。このような命を下すのは心苦しいが……」

ローレンスが立ち上がり、靴音もなく静かにアランの元へと歩み寄ってくる。

叔父の肩に手を置いて、その耳元で、小さく囁いた。

「全ては、国家の安寧の為──よろしくお願いしますよ、叔父上」

王子然とした口元は、微かに歪んでいた。

王太子ローレンスの命を受け、アランはガザード公爵家の騎士を率いて、エルドレッド公爵邸に向かった。

街道を進む騎馬の一団に、人々は何事かと身を竦ませ、囁き合った。

先頭を走るアランは、エルドレッド邸の前で馬を止めた。

守衛がアランの姿を確認すると、閉じられていた門が、ゆっくり開く。

「お待ち申し上げておりました、王弟殿下」

その向こうで、エルドレッド公爵クライドが恭しく頭を下げた。

「……まさか、出迎えられるとは思わなかったが」

「殿下の目的は、私を捕らえることでしょう?」

クライドがにこやかな笑みを浮かべる。

騎馬の一団を前に、臆した様子は微塵もない。

「抵抗するつもりはありません。どうか、私を王城へとお連れください」

クライドが武器も持たぬままに、アランの前に立つ。

「むしろ、それこそが我が望みですので──」

その瞳には、静かな決意が滲んでいた。