軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35:双子の姉は舌戦を制する

「ご令嬢の望みと来たか」

ディアナの言葉に、カーティスの片眉がピクリと上がる。

王弟アランならばいざ知らず、一介の公爵令嬢が、何を……と、その表情が雄弁に物語っていた。

「こちらは港を借りて拠点を築き、交易の足がかりとする──ただそれだけだ。頷いたところで、そちらに損は無いと思うが?」

「海の覇権を握られれば、そうは言っていられなくなるでしょう。私はラトリッジ王国に籍を置く身、自国の損失を黙って見過ごす訳には参りません」

燃え盛る赤毛の下、カーティスの瞳が細く眇められた。

それまでどこか相手を見下すようだった視線が、初めて真っ直ぐにディアナを捉える。

「港町アンガスでの拠点設立は、認めても構いません。ただし──新航路の海図作成は、当国主導で行います」

「海図だと……?」

ディアナの言葉に、カーティスが声を震わせる。

その揺らぎは、己より格下と決めつけていた相手に、不意を突かれたかのようだった。

「このような言葉を聞いたことがあります。“海図を制する者は、海を制する”と──さて、何方の言葉だったかしら?」

「どうして、令嬢がそれを……」

「船は真似できても、航路は奪えませんわ。道を知らぬ者は、どれほどの艦隊を持とうとも、沈むだけですもの」

カーティスの瞳が、驚きに見開かれる。

何方の言も何もない、これは前世で聞いた──海軍提督カーティス・マクブライド自身の言葉だ。

彼はこの主義の元、優れた空間把握能力を持つミリアム・クィルター男爵令嬢を重用した。

彼女と共に沿岸諸国の主要港を回り、ラトリッジ王国だけではない、安全に航海出来る航路を築き上げたのだ。

安定した航路は、それ即ち、安定した交易に結びつく。

「さらには、この港町アンガスに、貴国と共同での造船所の設立を求めます。継続的な往来を可能にする為には、必要なことでしょう」

「こちらから、技術を提供をしろと? 随分と虫の良い話だが……」

カーティスの声は穏やかだが、その奥底では誰かの喉元を値踏みする猛獣のような熱が潜んでいた。

向こうにとっては、そうだろう。

だが、ここを認めさせなくては、ラトリッジ王国に未来は無い。

「それなくして国交を持てば、我がラトリッジ王国は、交易の為の販路を全て握られて、一方的に搾取されるだけの関係と成り下がるでしょう。その未来は、看過出来ません」

カーティスの口元が、小さく弧を描いた。

小娘が、何を生意気な……と、言われることも覚悟していた。

だが、彼はそうではない。

前世でミリアムの才能を見出したように、見所のある相手に対しては、相応の敬意を払ってくれるのだ。

「其方が港を望むならば、港はお貸しいたします。ただ、こちらにも海に出る道を切り開いていただきたい」

フィーラン王国の狙いは、ラトリッジ王国一国ではない。

この港を重要な拠点として、近隣諸国にもその手を広げていくことが出来るはずだ。

「陸の販路は、我がガザード家にお任せください」

「よく言う。そちらに損は無いではないか」

カーティスが、目を細めて笑う。

その瞳に宿る光は、最初にディアナと見た時とは、大きく異なっていた。

「勿論、交渉とはお互いに利があるところで纏めるのが最善……そのように考えております」

「気に入った」

カーティスが、膝を叩く。

端正な顔には、快闊な笑みが浮かんでいた。

「いいだろう、其方の提案を呑んでやる。ただ、その為にも色々と片付けなければならないことがあるのだが──」

「外洋を根城とした、海賊一味の討伐ですわね?」

「あぁ」

彼がどれほど海賊達を忌々しく思っているかは、その表情から見て取ることが出来た。

「その討伐、私にも協力させてくださいませ」

「ディアナ!?」

ディアナの提案に腰を浮かしたのは、夫のアランだ。

「ほう、令嬢は腕に覚えもあると?」

「船の上で戦った経験はありませんが──氷の魔法を得意としておりますので」

ディアナを見るカーティスの瞳には、好奇の光が宿っていた。

「あぁ、一つだけ」

「なんだ?」

どこか澄ましたようなディアナの態度に、カーティスが興味深げに視線を送る。

「“令嬢”は、おやめください。こう見えても、既に既婚の身ですから」

「は……?」

ディアナの言葉に、一瞬カーティスの瞳が見開かれた。

その緑色が、ゆっくりと隣に座すアランへと向けられる。

「なるほど……ご夫人と呼ぶべきか」

「ええ、今後はそのようにお願いします」

満足げに頷くディアナは、カーティスとアランの間に行き交う好戦的な視線に、気付くことはなかった。

話し合いによりフィーラン王国の軍船は入港を許され、港町は彼等を招いての宴が繰り広げられていた。

ディアナとアランは変わらずクィルター男爵家に滞在しているものの、町の喧騒は丘の上の屋敷にまで聞こえてくる。

「随分と気に入られたものだな」

そんな中、アランは妻を前に一人唇を尖らせていた。

「気に入られたって、何の話でしょう?」

「あの男にだよ」

ディアナがぱちくりと瞳を瞬かせる。

「気に入るというか、あれは……小娘がよくもまぁと言った風に感じておりましたが」

「同じことだろう」

ディアナにとっては、最初侮っていた小娘が予想以上の提案をしてきた──それ以上でもそれ以下でも無いと感じていた。

見くびっていた小娘から、対等に話をする価値のある相手だと認められた……そう思っていたというのに。

「そうでしょうか?」

どこかふて腐れた様子のアランは、それ以上の何かを見出したのだろうか……と、首を傾げる。

前世のカーティス・マクブライドは、その豪腕でラトリッジ王国の経済を手中に収めたと言っても過言ではない。

彼の機嫌を取ろうとする女性は、数知れず。

彼もまた決まった相手を定めず、見目の良い女性を片っ端からつまみ食いしていたと聞いている。

ディアナにとっては、カーティス・マクブライドとはそういう男なのだ。

交渉相手、協力相手としては問題無くとも、私生活で付き合う気にはなれない。

「海の男というのは、港ごとに女が居るなどと聞きますからね。そのような方であれば、きっと女性への好奇心も強いのかもしれません」

きっとアランが嗅ぎ取ったのは、その類の匂いなのだろう──そう、自らを納得させる。

「だと良いのだが」

一方のアランは、いまだ得心がいかぬ様子だ。

ディアナを見つめる、カーティスの瞳。

それを思い出す度に、心の奥がざわりと揺れる。

(我が妻は自分がどれほど魅力的な女性か、気付いていないから困る……)

あの男は、搾取ではなく“手に入れようとする”類の男だ。

妻の鈍さに、アランはほとほと頭を抱えていた。

「私はアラン様以外の男性に、微塵も興味が持てませんもの。気にする必要なんてありませんわ」

「……可愛いことを言ってくれる」

苦笑しながらディアナの肩を抱くアランの胸には、いまだ拭えぬ不安がこびり付いていた。