軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17:王弟は想いを持て余す

真っ正面からマイルズに射竦められたディアナは、まるで猛禽類に睨まれた小動物のようだった。

恐ろしい。そして悍ましい。

そう思うのに、目を逸らすことが出来ない。

離した瞬間、喉元に食いつかれるのではないかと思うほどの恐怖。

ギシリとソファーが鳴って、マイルズが腰を浮かせる。

自分の方に手を伸ばしているのだと気付いた瞬間、ディアナが身を強張らせた。

その怯えた表情に、マイルズが伸ばしかけた手を握りしめる。

「ディアナ、どうして──」

マイルズが声を振り絞った、その時だった。

「──失礼する」

ガチャリと扉が開いて、頼もしい姿が応接室に歩み入ってくる。

その姿──アランを目にした瞬間、ディアナの顔に安堵の表情が広がった。

「な……」

その表情に、そしてアランの登場に、マイルズが声を震わせた。

客人が来ているところに無断で客人を通すなど、普通の屋敷では考えられない話だ。

「申し訳ございません、じきにお嬢様のご家族となるアラン様でしたので、お通しさせていただきました」

「そう、ありがとうシェリー」

不穏な気配を感じ取って気を使ってくれたのだろう侍女に、ディアナが笑顔を見せる。

ちゃんと分かってくれた。

自分の危機を察して、動いてくれる味方がいた。

そのことだけで、じんと胸が熱くなる気がした。

「随分と話に熱が入っていたようだが、オドノヒュー侯爵令息は我が婚約者に何の話があったのかな?」

アランがにこやかに声を掛ける。

しかし、マイルズに向けられたブルーグレーの瞳は、決して笑ってはいない。

じっと相手を見据え、その意を図ろうとしている目だ。

「っ、王弟、殿下……」

流石のマイルズも、当人を前にして今までのように“あの男”と呼ぶ訳にはいかないようだ。

姿勢を正し、アランに一礼する。

「は、長年の親友であるディアナに、少々アドバイスを行っておりました」

「ほほう、アドバイスを」

珍しく皮肉げな声を上げて、アランの目が細まる。

ディアナにとって、アランはいつも優しい人だった。

大人で、落ち着いていて、自分を甘やかしてくれる存在。それがアランだ。

そのアランが今、冷ややかな視線でマイルズを見下ろしている。

「今後はアドバイスなど、一切不要。彼女の傍には、俺が居る」

カァァと、身体が熱くなる。

アランの言葉を聞いた瞬間、ディアナは頬が一気に赤らむのを感じた。

自分の言葉を真っ向から否定されたマイルズは、しかし王弟であるアランに直接抗議することは憚られたのだろう、ディアナに向けて鋭い視線を投げかける。

「いつか後悔するぞ、ディアナ」

「結構よ」

苦々しく言い放つマイルズに、ディアナはキッパリと答えた。

(後悔ならば、死ぬほどしたもの……ううん、実際に死んでしまったんだけどね)

前世を思い出せば、苦笑いさえ浮かばない。

マイルズは心無い言葉を残して自分の元を去り、コーデリアには刺し殺された。

あんな哀れで惨めな人生を、誰がもう一度歩みたいと思うものか。

(それでも、今は違う──)

アランは生きているし、死病も大きな流行には至らなかった。

父ウェズリーも、病に倒れることなくいまだ公爵の座にある。

(確実に、前とは異なる人生を歩んでいるはず)

そんな手応えが、確かにあった。

「すまない、邪魔をしてしまったか……?」

マイルズに対応した時とは打って変わった態度で、アランがディアナに向き直る。

どこか所在なげな態度からは、優しさと人の好さが滲み出ているようだ。

「いえ、助かりました」

「そうか、ならば良かったが……」

ふぅ、と息を吐くアランの姿は、どこか緊張が解けたようにも見えた。

「我ながら、大人げ無いものだな……」

「どういう意味ですか?」

自嘲気味に呟くアランを見上げ、ディアナが尋ねる。

アランは一瞬ディアナに視線を向けた後、ふいと顔を逸らしてしまった。

その首元が、ほんのりと赤く染まっている。

「アラン様?」

訳が分からず、ディアナがキョトンとしたあどけない表情で首を傾げる。

その仕草を目の当たりにして、アランが大きな掌で自らの顔を覆った。

前世では恋愛感情を抱くこともなく政治的な繋がりでマイルズと結婚したディアナには、恋愛の機微など分かる訳もない。

一方のアランも、これまで恋心らしい恋心を育てることを自ら戒めてきた。

「あの男は、君と同じ年頃だろう? 年が近い分、釣り合いが取れるのではないかと思ったら──どうも、不快感を隠せなくなってしまってな……」

アランの呟きに、ディアナが瞳を瞬かせる。

アランの言葉が、布地に落ちた染みのように、ディアナの心にじんわりと広がっていく。

「そ、それって……」

(アラン様が、マイルズに嫉妬した──ということ?)

脳裏に浮かんだ答えが、信じられなかった。

だが、現にアランは今も赤らんだ顔を覆って、ディアナの目から隠そうとしている。

「情けない男と思うか?」

どこか悄気たようなアランの声に、咄嗟にぶんぶんと首を振る。

「いいえ、決して。そんなことは思いません!」

ディアナ自身、女騎士モニークとアランのことを夢に見たばかりだった。

目が覚めた後は、自分はアランのことを信用出来ていないのかと、落ち込んだりもした。

アランはそんな人ではないと分かっているのに、狭量な自分に嫌気が差した。

でも、違う。

自分だけではなかった。

アランもまた、ディアナのことで心揺さぶられていたのだ。

「貴方がそれだけ私のことを考えてくれて……嬉しいです、アラン様」

「ディアナ殿……」

顔を覆う大きな手を、ディアナの細い指が包み込む。

自然と掌が顔から離れて、互いの視線が交差する。

「ディアナ──」

名を呼ばれたと思った瞬間、アランの逞しい身体に包み込まれ、ディアナが瞳を瞬かせる。

彼の腕に抱かれたのだと理解した瞬間、幸せそうに目を細め、その胸にもたれかかった。

「ここのところ、情けない姿ばかり見せているな……」

「そんなことはありませんわ」

どことなく落ち込んだ様子のアランに、ディアナが笑いかける。

「アラン様は、いつだって私の憧れの方ですもの」

アランの瞳が、腕の中のディアナを見下ろす。

大きな掌が、白い頬を撫でる。

「そう言ってくれるのは、ディアナ殿くらいなものだ」

「そんなことはありませんのに」

「そうだとも」

アラン自身、自分の魅力に気付いていないのかもしれない。

年若い婚約者に情けない姿を見せてしまったと落ち込んでいる思い人に、荒んでいた心が温かくなるのを感じる。

「でしたら、こう言い換えましょう」

ディアナの白い指をアランの頬に伸ばして、そっと背伸びをする。

二人の顔が少しだけ近付いて、互いの吐息が感じられるほどの距離になった。

「そんなアラン様が、誰よりも大好きです」

「────っっ」

堪らず、アランがディアナの細い身体をぐいと抱きしめ、唇を寄せる。

感じていた不安も、焦燥も、今だけは溶けていく。

唇が離れた後も愛おしい人の胸に顔を埋め、目を閉じる。

(この人となら──大丈夫、今度こそ幸せになれる。ううん、なってみせる)

そう改めて決意し、自分を包み込む逞しい胸に甘えるように、ディアナもまたアランの身体を強く抱きしめた。

甘えられる側のアランはといえば、自らの理性と必死に戦っていた。

ディアナを大事にしたい。

そう思えば思うほどに、美しく成長した彼女のあどけない表情に、その仕草に、魅入られてしまう。

「あまり長居は出来ないな……」

「まだお忙しいのですか?」

「あ、あぁ」

未だ王都は混乱の中にあるのだろうかと心配するディアナの顔を、まともに見ることも出来ない。

(若く美しい婚約者を持つと、大変なんだな……)

贅沢な悩みだと内心で苦笑しながら、アランは抱きしめたディアナの背を撫でた。

(せめて、式を挙げるまでは我慢だ……)

自分の中にこんな感情が芽生えるだなんて、思ってもみなかった。

騎士として常に平静を保ち、感情をコントロールする術を身に付けてきた。

だというのに、戦地を離れた今、幼い頃からよく知った少女に翻弄され続けている。

王族として望まれぬ身であれば、誰かと所帯を持つことも、ましてや子を成すことも、ないと考えていた。

そんな自分に、こんなにも若くて愛らしい婚約者が出来た。

しかも、相手は幼い頃から可愛くて仕方がなかったディアナその人だ。

これが幸せと気付かぬままに、ただディアナを離したくなくて、ディアナの身体を両腕にかき抱く。

あまりに強すぎる想いが、彼女を壊してしまわぬようにと、願いながら──。