軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十四話 告白

すっかり日も暮れて、夜の闇に包まれた住宅街。

静寂に包まれた路地を晴翔は息を切らして走る。

彼は幼少の頃から空手道場に通い体を鍛えている為、そう簡単には息など上がらないはずだった。

しかし、綾香の待っている公園に向かっている今。

まるで高地トレーニングをしているかのように、晴翔は息を切らし呼吸が浅くなる。

彼女との距離が近付けば近づくほど、彼の心臓は激しく胸を打つ。

これから、自分が吐いた嘘について、彼女に誠心誠意の謝罪する。

そして、その後に胸の内の感情をそのまま伝える。

君の事が好きだ。

その言葉を。

気持ちを伝える。

その時の事を考えると、晴翔の心には恐怖が広がり逃げ出したくなるような衝動が押し寄せる。

日中に激しい雨が降ったせいなのか、真夏の夜はいつも以上に蒸し暑い。

駆ける晴翔の額にはジワリと汗が滲み、シャツが体に纏わりついてくる。

晴翔は心に 蔓延(はびこ) る恐怖を払拭する様に、わざと大きな悪態を吐いた。

「あぁ! くそ!」

これから綾香に告白をするというのに、こんな汗まみれで、髪もぺちゃんこで、なんとみっともない事か。

出来る事なら身なりを整えたいと思う晴翔。しかし、一旦立ち止まってしまうと、恐怖で動けなくなってしまいそうで、それが怖くて彼は走り続ける。

そうやって、自分の弱さと格闘しながら走り続ける晴翔の目に、街灯の明かりで照らされた公園が映る。

そこでようやく晴翔は歩調を緩めて、乱れた呼吸を整えた。

「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅー……よし」

一つ大きく息を吐いて気合いを入れた晴翔は、子供の姿が無く静まり返っている夜の公園に踏み出す。

そこまで広い公園ではない為、晴翔は綾香の姿を直ぐに見つける。

彼女は公園に設置された東屋の隣で一人佇んでいた。

すぐ近くの街灯が、まるでスポットライトの様に彼女を頭上から照らしている。

「……あ」

俯き加減で立っていた綾香は、晴翔の姿を捉えると小さな声と共に顔を上げる。

その表情は不安で揺らぎながらも、瞳には確固たる決意が宿っている様な強さがあった。

「ごめん。待たせちゃったね」

晴翔は駆け足で彼女のもとに近付く。

「ううん。晴翔君の方こそ、凄く速かったね」

「走って来たからね。お陰で汗びしょびしょ」

軽く会話を交わす二人。

晴翔と綾香はお互いの目を見詰めると、一旦口を噤み、そして同時に言葉を発する。

「あのさ……」

「あのね……」

お互いの言葉が重なり、二人は再び口を閉ざして見つめ合う。

そこで晴翔は祖母の言葉を思い出す。

綾香には、しっかりと謝罪をしなくてはいけない。でも、独り善がりの謝罪では駄目だ。しっかりと彼女の話も聞くことが大切だと。

電話で話をした時、綾香は晴翔に伝えたい事があると言っていた。ならば、その話はしっかりと聞く必要がある。

だが、晴翔は何よりも先に綾香に対して謝りたかった。

それは、祖母への嘘に付き合せてしまった事もそうだが、彼はそれに加えもう一つ謝りたい事があった。

それは今日、自分が逃げ出してしまった事。

そして、その後彼女を避けてしまった事。

その結果、綾香に不安な表情をさせてしまった。

彼女の笑顔に惚れている晴翔にとって、その笑顔を奪ってしまったことに大きな罪悪感を感じた。

綾香にはずっと笑顔でいて欲しい。

晴翔は心の底から、そう思っている。

二人の間に流れる沈黙を破り、彼はおもむろに口を開く。

「その、最初に俺から話をしてもいいかな?」

「……うん。分かった」

そう返事をする綾香は、何かにおびえる様な、そしてそれに必死に耐えるかのような表情を見せる。

そんな彼女の表情に、晴翔は胸の苦しさを覚えながら、心を落ち着かせるようにゆっくりと話し始める。

「まずは、ごめんなさい」

晴翔はその言葉と共に深々と頭を下げる。

「今日、綾香から逃げ出して、その後……君を避ける様な行動を取っちゃって」

「ぜ、全然大丈夫だよ! 晴翔君がそんなに気に病む事じゃないよ。あれは私も悪かったし……だから頭上げて? ね?」

綾香は晴翔を気遣う様な優しい声音で、頭を上げる様に催促してくる。

それに対して、晴翔はその後も数秒頭を下げた後に、おもむろに頭を上げて彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「それと、嘘に付き合せちゃって、ごめん。偽の恋人なんてやらせてしまって、本当にごめんなさい」

「それも気にしないで。偽の恋人は、私からのお願いでもあったし、晴翔君だけが悪い訳じゃないよ」

晴翔の謝罪に、綾香は首を振りながら言葉を紡ぐ。

その様子はどこか、必死さが滲む様な声だった。

「だけど、俺は……恋人の練習に甘えて、綾香の感情を悪戯に弄んだ」

「違う……違うよ……そんなんじゃ……ない……そんなことない……」

綾香は先程から、小さく首を横に振り続ける。

その表情は今にも崩れてしまいそうなほど儚く、瞳は潤んでいた。

そんな彼女に、晴翔は意を決して言葉を発する。

「今日、ばあちゃんに本当の事を全て話した」

「……え?」

晴翔の告白に、綾香は綺麗な二重の瞳を大きく見開いた。

「俺、もう耐えられなくて。綾香とはもう……」

「まって……い……ぃゃ……」

小さく震える、細く弱々しい綾香の声。

しかし、晴翔は最後までしっかりと自分の気持ちを伝えると決意している為、止まる事無く言葉を口にする。

「偽の恋人じゃいられない」

晴翔が言った瞬間、綾香の瞳から涙が溢れ出した。

「は、晴翔君……わ、わたし……わたし……」

「君の事が好きだから」

「………………え?」

「もう偽の関係じゃいられないくらいに、君が好きなんだ。心の底から、もうどうしようもない程に、君に……綾香に夢中になってしまったんだ」

胸の内に秘めていた感情を、晴翔は言葉にして伝える。

途端、彼の全身は熱くなり、心臓が口から飛び出そうになる。

しかし、それと同時に、どこか清々しい様な感覚も混在しており、胸につかえていたものが取れた様に、晴翔の口から言葉が溢れ出してくる。

「君の笑顔が好きだ。楽しそうに無邪気に笑うところも、優しく柔らかく笑うところも、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔も、全てが俺には魅力的に映る。それと、綾香の優しい所も好きだ。涼太君の面倒を見て、お姉ちゃんをやってるところが。ちょっと天然なところも好きだ。あと、意外と乙女チックなところも好きだよ。学校とは全然違って、普通の女の子なんだなってところが、とても可愛く思える」

ここまで一気に話した晴翔は、一呼吸おいた後に綾香の目をしっかりと見る。

家事代行のアルバイトを始めて、晴翔は出会った。

太陽のように明るく笑う。

楽しく賑やかな家族に囲まれた、無邪気で、天然で。

意外と乙女な一面があって、そんな普通の女の子に。

晴翔はどうしようもないくらいに心奪われ、魅了されてしまった。

「君の全てが、好きです」

晴翔は、人生初の告白をする。

まるで自分の声が、遠くから聞こえてくるような感覚に陥る程の緊張を感じながらも、晴翔は必死に言葉を続ける。

「もう……偽の恋人なんてやりたくない。だから……」

口の中がカラカラに乾いてくる。

それでも晴翔は、この告白の最後の言葉を振り絞る。

「俺と、本物の恋人になってください」

告白の言葉を最後まで言い切った晴翔は、いまだに壊れそうなほど、激しく脈打つ心臓を感じながら、綾香の反応を窺う。

そこで晴翔は気付く。

綾香が、その大きな瞳一杯に涙を浮かべて、頬にはその涙が次から次へと流れている事に。

「あ、あの……ごめん……その……」

彼女の涙に、晴翔は動揺してアタフタする。

祖母に『独り善がりの謝罪はするな』と言われていたのに、気付けば自分ばかりが一方的に話してしまっていた事に、晴翔は内心で『やってしまった!』と激しく後悔をする。

今までに経験した事が無い程の緊張に、彼は頭が真っ白になってしまって、勢いのまま告白までしてしまった。

どうしたら良いのか、意味もなく視線をあちこちに忙しなく漂わせる晴翔の耳に、小さな声が聞こえる。

「……ば……か……」

「え?」

「……ばか……」

今にも消え入りそうな儚い声。

しかし、しっかりとその言葉は晴翔の耳に届く。それと同時に彼の胸の中に、絶望が広がった。

確かに『馬鹿』と言われた、という事はこの告白は失敗という事だろう。

晴翔は、肩を落とし視線を俯かせる。

やはり、学園のアイドルは誰からの告白も受け入れないという事か……。

晴翔の脳裏にそんな考えが浮ぶ。

そこに、続く綾香の言葉が飛び込んでくる。

「……ばか……そんな……紛らわしい事……しないでよ……」

「え? 紛らわしい?」

「私、てっきり……晴翔君に……嫌われ……ちゃったと、思っちゃった」

「嫌うなんてそんな事無いよ! 俺は本当に、心の底から綾香の事が好きなんだから!」

綾香の言葉に、晴翔は声を大きくして必死に自分の気持ちを届ける。

それに対して、いままで大粒の涙を流していた彼女の頬がすっと赤くなる。

「……私も……好き」

夏の熱い夜風と共に、囁く様な綾香の言葉が晴翔を包む。

「好き……。私も晴翔君の事が、誰よりも……大好きです!」

そう言う彼女の表情に、晴翔は言葉を失う。

夜の公園に輝く太陽の様に、明るく眩しい笑顔。

その瞳は涙で潤んで、まるで宝石の様に輝いている。

頬を涙で濡らしながら、湧き上がる喜びを抑えきれないような弾ける表情。

様々な感情を含んだ綾香の笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも魅力的で、幻想的で、神秘的にすら思えた。

この先の人生。

どんな事があったとしても、この瞬間の綾香の表情は、一生忘れる事が無いだろう。

完全に見惚れてしまった晴翔は、心の片隅でそう確信した。

そんな彼の耳に、澄んだように心地良く、それでいて熱もこもった綾香の言葉が届く。

「晴翔君、私も伝えたい事があるの。いいかな?」

「うん、もちろん」

魅力的な彼女に、半分思考を停止させながら晴翔は頷く。

綾香は顔を真っ赤に染めながら、しかし潤んだ瞳だけはしっかりと晴翔を捉えて、 今までの儚い声音から一変し、柔らかくも強い意志の籠った言葉を発する。

「私をあなたの本当の恋人にしてください」