軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十五話 デートに誘おう

綾香と『恋人の練習』をした翌日。

まだ空はほぼ夜の状態だったが、晴翔は目を覚ましてしまう。

枕元の時計に目を向け、さすがにこの時間に起きるのは早すぎると、彼は再び瞼を下ろし二度寝を試みる。

しかし、頭は完全に覚醒してしまった様で、一向に眠れる気がしない。

仕方がなく、かなり早い時間に目を覚ました晴翔は、日課である早朝勉強をする為に、机の前に鎮座して一心不乱にシャープペンをノートに走らせる。

しかし、いつもなら続くはずの集中力が、今日はやけに切れるのが早い。

「くそ……集中できん……」

そう呟く晴翔の脳内には昨日の出来事が、目を覚ました時からずっと繰り返されている。

満面の笑みと共に紡がれた綾香の言葉。

『私も、晴翔君のこと大好きだよ!』

思い出しただけで、晴翔の表情は勝手にニヤけてしまう。

「くそぉ……可愛すぎだろ……」

晴翔は、高鳴る鼓動を鎮めようと胸に手を当てる。

お互いに2回づつ『好きだよ』と言い合った昨日の『恋人の練習』を思い返し、晴翔は思う。

あれは絶対に普通ではないと。

綾香は普通の恋人同士なら平然と愛を伝え合うものだと言っていたが、そんなことが出来るのは、半世紀以上を連れ添った熟年おしどり夫婦か、もしくは空想上のフィクションカップルくらいだろう。

仮に昨日の様な練習を1年間毎日繰り返したとしても、晴翔は絶対にニヤけてしまう自信がある。

「東條さんのあの普通じゃない普通基準は一体どこからきてるんだ?」

彼女に対して俺様口調で話し、当たり前の様に愛を囁き合う。

そんな恋人が普通だとしたら、この世に実在するカップルの殆どが、よそよそしく冷え切った関係になってしまうではないか。

「そういえば、東條さんの部屋にあった本棚……」

晴翔は彼女の部屋の壁際に置かれていた本棚、そこに並べられた書籍の陳列を思い出す。

どんな本が並べられているのかじっくりと見たわけではないが、その背表紙は赤やピンク、そして淡い色合いが多かった様な気がする。

「もしかしてあれ……全部、恋愛小説と少女漫画だったりして……」

そこで晴翔は、今まで彼氏がいたことが無いと綾香が言っていた事を思い出す。

恋愛経験があるかどうかは分からない。

しかし、彼氏が今まで居なかったのならば、どうやって恋人同士の普通を判断しているのか。

「もしかして、恋愛小説や恋愛漫画を基準にしてるんじゃ?」

あり得る。

これまでの付き合いで、彼女はどこか天然の様なところがあるのと同時に、かなり乙女チックでもあると感じている晴翔。

そんな綾香ならば、創作物を基準にして恋人の普通を考えている可能性が大いにある。

「だとすると、この先『恋人の練習』の主導権を東條さんに握られるのは良くないのかもしれない……」

このままでは、そのうち壁ドンやら顎クイやらを要求される可能性が高い。しまいにはバックハグをしようとか言い始めるかもしれない。

この『恋人の練習』は、綾香が晴翔の嘘に付き合う為に彼女から提案してくれたものだ。

自分の嘘のために、ここまでしてくれるのはとても有難いし、感謝もしている。

一生懸命に晴翔の彼女役を演じようとしてくれている綾香に、あれこれ指図するのは申し訳ない気持ちもある。

しかし、フィクションを基準にした恋人関係を前提にした練習は、とてもじゃないが晴翔の心臓が持ちそうにない。

「そもそも、本当の恋人でもない相手に、そこまでして貰うのは申し訳ないしな。好きでもない男相手に、恋人の練習なんて苦痛だろうし……」

そこで晴翔は、昨日の綾香の満面の笑みを思い浮かべる。

女性というのは好きでもない男に、あんな笑顔を浮かべるものなのだろうか?

ふと湧き上がる疑問。

恋人の練習をしている時、綾香は恥ずかしそうにしながらも、嫌そうな雰囲気は全然無かった。むしろ、積極的に練習に取り組もうとしていた。

「好きでもない相手にあそこまでやるものなのか……いや、東條さんなら……」

学校での綾香は、男子こそ寄せ付けてはいないが、女子からの人気はかなり高い。

彼女は常に女子の友達に囲まれていることから、その性格の良さが伺える。

「東條さんって頼まれたら断れない性格っぽいし」

晴翔の嘘に、真剣に付き合おうとしてくれているだけかもしれない。

その為に、自分なりに色々と考えて『恋人の練習』に取り組もうとしてくれているのかもしれない。

そう思うと、晴翔は自分がついてしまった嘘に胸が痛む。

「やっぱり、正直にばあちゃんに話して、こんな嘘すぐに止めた方がいいよな」

口でそう言う晴翔。

しかし、心のどこかで今の綾香との関係を変えたくないと思っている事も自覚してしまう。

今の嘘がなくなってしまったら、綾香は自分の彼女ではなくなってしまう……。

「あぁ〜もう! 俺、最低すぎるだろマジで!」

嘘の恋人関係について、このままではダメだと分かっていながらも、現状を変えたくない自分の愚かさに自己嫌悪に陥る晴翔は、両手で頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。

色々と考えすぎて、逆に思考がまとまらなくなった晴翔は、椅子の背もたれに背中を深く預け、ボーッと窓の外に視線を向ける。

起きた時は暗かった空が、気がつけばだいぶ明るくなってきていた。

「はぁ、朝飯の準備するか……」

そろそろ祖母も起きる時間だ。

晴翔はあまり進まなかった参考書を閉じ、椅子から立ち上がって伸びをすると、自室を後にした。

―…―…―…―…―…―…―…―

祖母との朝食を終えた晴翔は再び自室に戻り、朝に進まなかった勉強の続きをしようと机と向かい合う。

しかし、相変わらず晴翔の部屋のエアコンは調子が悪く、日が上り気温が上昇した中では、なかなか勉強に集中することができなかった。

もともと綾香の事で悶々としていた晴翔は、早々に勉強を切り上げる。

「しょうがない、友哉の所でも行くか」

空調の効いた快適な部屋を求め、晴翔は親友の部屋にお邪魔することにした。

最近は東條家の家事代行や、綾香と映画に行ったりどうぶつの森公園に行ったりしてた為、友哉の部屋にお邪魔するのは少し間隔が空いてしまっていた。

その親友の部屋は、晴翔が来るのを待ってましたとばかりに、なかなか掃除のしがいのある状態となっていた。

「よっすハル! そろそろ来てくれないかなぁって思ってたんだよな」

「お前なぁ……少しは自分で片付けたらどうなんだ?」

「いやぁ、ハルの仕事を奪うのは申し訳なくて」

ギターを担いだまま、椅子の上でヘラヘラと笑みを浮かべている親友に、取り敢えず晴翔は足元に落ちているたピックを投げつける。

しかし、投げつけたピックは友哉に上手い事キャッチされてしまい、そのまま彼はギターを弾き始める。

「バンドの練習は順調なのか?」

「あったりめぇーよ! と、言いたいけど、なぁハルちょっと聞いてくれよ〜」

困り顔で言ってくる友哉に、晴翔は「これは面倒なやつだ」と察して、目を逸らし早速部屋の掃除を始める。

「ちょい! 無視すんなや! 親友が困ってるんだぞ!」

「すまん友哉。俺じゃあ力になれない。悪かったな」

「いや、俺まだ何も言っとらんがな!」

抗議の声を上げる親友を無視し、晴翔は散らばっている音楽雑誌や漫画なんかを本棚に戻していく。

そんな晴翔に対し、友哉は無駄にギターを掻き鳴らし「俺の! 俺の話を聞いてぇ〜!」と全力アピールを続ける。

「わかった! わかったから! 何に困ってるんだよ」

暫く友哉の即興構ってくれソングを聞き流していた晴翔であったが、やがては根負けをして一旦掃除の手を止める。

「俺さ、他校の奴らとバンド組んでんじゃん?」

「あぁ」

「んで、うちのボーカルやってる奴がさ、なんかすんごい所の私立に通ってるみたいで、でもそこ凄く校則が厳しいらしんだよ」

「ふーん。それが何か問題なのか?」

「問題ありあり、大問題。その学校、俺らみたいなバンド活動を禁止してるんだよ」

友哉は「はぁ〜」と肩を落としながら言う。

「もしそのボーカルやってる奴が学校にバレたら、最悪退学になるらしい」

「マジで? バンド活動やってるだけで退学って厳しすぎね?」

少し驚いた様な表情を浮かべる晴翔に、友哉は再度「はぁ〜」と溜息をつく。

「俺らみたいなバンドってさ、お堅い人達からしたら煙たい存在なんだよ。ギャンギャンうるさい音出して、煙草吸って酒飲んで暴れてるってイメージを持ってるんだよ」

「いや、今の時代そんなイメージ持ってる人はいないだろ」

「意外とそうでもないぜ?」

そう言いながら友哉は切なげにギターを弾きながら「俺達の音はいつの時代も弾圧されてきたのさ」などとキザな台詞を吐く。

「まぁ、なんか大変そうだけど頑張れ」

適当に励ましの言葉を投げかける晴翔に、友哉はキッと視線を向ける。

「この夏、俺たちのバンドは学園祭の演奏に向けて一生懸命練習してきました!」

「お、おう」

急に熱を帯びて話しかけてくる友哉に、晴翔は勢いに押される感じで返事を返す。

「それなのに! 学園祭当日にボーカル不在で演奏出来なくなったら可哀想だと思いませんか!」

「そ、それは、まぁ……」

「と、いう事で、もしボーカルがいなくなったら、そん時はハル、宜しくな」

ニカッと明るい笑みを浮かべて、晴翔に対して親指を立てる友哉。

そんな親友に晴翔はゲンナリとした表情をする。

「……本当に、最終手段で、他にどうしようもなくなったら、そん時は、考えてやる」

「ふふん、やっぱハルは優しいなぁ〜」

ニッコリと笑みを浮かべる友哉に、晴翔は「うるせ」と短く返してから掃除を再開する。

晴翔は本を棚に戻しながら、おもむろに親友に話しかける。

「なぁ、友哉」

「ん?」

「俺も一つ相談していいか?」

「お? なになに?」

目を輝かせ、身を乗り出してくる友哉に、晴翔は少し考えてからゆっくりと話し出す。

「その……お前が彼女いた時って、2人きりの時とかどうしてた?」

「へ? 何それ? どゆこと?」

晴翔の質問にキョトンとする友哉。

「いや、だから。前に友哉、彼女いただろ?」

「うん」

「そんときって、彼女とどういうふうに接してた?」

「どういう風にって言われても……普通にデートしたりとか?」

晴翔の質問の意図を汲み取れず、戸惑いがちに答える友哉。

その親友の言葉を聞いて、晴翔は「そっか」と小さく頷く。

「なるほど、デートか……」

確かに恋人といえばデートだ。

このまま、綾香の部屋で『恋人の練習』を続けていけば、間違いなくバカップル一直線であると危惧する晴翔は、次は綾香をデートに誘おうと決意する。

綾香の部屋という閉じられた空間で『恋人の練習』をするから危険なのだ。

しかし、デートで『恋人の練習』をするなら、外に行く為周りの目もあることから、そこまで大胆なとこはできないはず。

清く正しい、奥ゆかしい恋人関係の練習ができるはずだ。

「ありがとう友哉。とても良い参考になった」

「お、おう……どういたしまして?」

よく理解していない親友は、首を傾げ頭上に盛大に疑問符を浮かべていた。