軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十四話 恋人の練習(初級編)

隣同士、床に敷いたクッションの上に座る綾香と晴翔。

「じゃあ、次なんだけど……」

「はい……」

家事代行のシフトが入っている日は、昼過ぎから綾香の部屋で勉強をする。という体で『恋人の練習』をする事になった2人。

晴翔は、初っ端から「俺様口調で接してほしい」とかなりぶっ込んだ綾香の次の発言に、僅かながらに警戒心を抱く。

「私達って、もともとクラスメイトとして出会ってはいたけど、ちゃんと話す様になってからはまだ日が浅いでしょ?」

「そうですね」

「だからね、まずはお互いのことをもっと知るべきかなって」

思いの外まともな提案をする彼女に、晴翔はほっと胸を撫で下ろす。

確かに、恋人同士であるのならば、お互いの事をよく知っていて当然である。

「確かに、綾香の言う通りだね」

「でしょ? じゃあ早速、晴翔君はどういう女の子が好みなの?」

興味津々といった様子で、少し身を乗り出してくる綾香に、晴翔は僅かに上体を逸らす。

「じょ、女性の好みですか?」

「うん。たとえフリだったとしても、少しは理想に近い彼女の方が、晴翔君も演技しやすいでしょ?」

「いえ、そこまでして頂かなくても、前も言いましたけど、綾香はもう充分に魅力的ですし」

晴翔がそう言うと、綾香は少し彼に顔を近づけ囁く様に言う。

「じゃあ、私は晴翔君にとって理想の女の子、って事で良いのかな?」

「あ、いや……それは、えーと」

潤んだ瞳で積極的な表情を見せる綾香に、晴翔はタジタジとなり視線を泳がす。

「え、笑顔が素敵な女性は、魅力的だと思います」

彼女の視線から逃れながら、苦し紛れに言う晴翔の言葉に、綾香は「ふふ」と小さく笑みを浮かべる。

「そういえば、晴翔君のお婆ちゃんから聞いたけど、晴翔君は私の笑顔が好き、なんだっけ?」

「なっ!? それは、まぁ……綾香の笑顔は、別に俺じゃなくても、男なら誰でも魅力的に見えると思うのですが……」

「ふふ、ありがと」

嬉しそうにニコニコとしている綾香に晴翔は顔を赤くしながらも、なんとか言葉を返す。

「あ、綾香はどんな男子が好みなんでしょうか?」

「え? 私? 私は……」

綾香は少し考え込んだ後、そっと晴翔を見つめながら言う。

「家事を完璧にこなしたり、料理を美味しく作れたりする人は、結構ポイント高いかな」

「……な、なるほど、参考にします……」

「うん。あと、さっきから晴翔君、全然口調が直ってないんだけど」

そう言って少し不満そうに頬を膨らませる綾香。

「すみません、じゃなくて……ごめん。なかなか急に変えるのは難しくって」

「このままだとお婆ちゃんに嘘がバレちゃうよ?」

「すみません……早急に改善するよう努力します」

「あ、また敬語」

綾香の指摘に、晴翔は口を一旦閉じ、軽く息を吐いてから話し出す。

「わかった。これからはちゃんと砕けた口調で話すように心がけるよ」

そう言ったあと、晴翔はパッと人差し指を立て「だけど」と言葉を続ける。

「家事代行の間は仕事だから、今まで通りの話し方で接するけど、いいかな?」

「うん。それは仕事だからしょうがないよね」

綾香は頷いた後に、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。

そんな彼女に晴翔が素直に尋ねる。

「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「え? だって、普通に話してくれる晴翔君がなんか新鮮で」

無意識のうちに笑っていたのか、綾香は少し驚いたように自分の頬を掌で撫でる。

そんな可愛らしい反応を見せる綾香に、思わず晴翔も頬を染める。

「俺が話す度に綾香がそんなにニヤニヤしてたら、ばあちゃんに怪しまれちゃうよ」

「私、そんなにニヤついちゃってる?」

綾香はペタペタと両手で自分の頬っぺたを触りながら言う。

と、そこでふと思い出したかのように綾香は晴翔を見る。

「やっぱり普通の恋人同士って、サラッと愛を囁き合うものだよね?」

「へ? いや……それはどうだろう? それは普通、ではないような……?」

再び、普通ではないような綾香基準の普通を持ち出す彼女に、晴翔はやんわりと否定してみる。

しかし、綾香は晴翔の否定を華麗にスルーして話を進める。

「恋人同士で『好きだよ』とか言った時に、恥ずかしがったり顔を赤くしてたら変だよね?」

「いや、そこは全然変では無いような……」

「でもでも! どんなシチュエーションがあるかわからないから、練習しておいた方がいいよね?」

人前で愛を囁き合う。

そんな羞恥プレイのようなシチュエーションは是非とも全力で回避したいと思う晴翔であったが、綾香はすでに練習する気満々になっている。

「そ、それじゃあ。私が晴翔君に『好きだよ』って言うから、晴翔君は『俺も、好きだよ』って返してね。この時に恥ずかしがったりしたらダメだよ? サラッと普通の恋人同士の日常会話の感じでね?」

自分の気持ちをちゃんと言葉にして、相手に伝える事は大事だと思う。

その事については晴翔も異論は無い。

しかし、それを日常会話の感覚で言うというのは、それはもはや、普通の恋人同士ではなくて唯のバカップルではないだろうか。

そんな考えが晴翔の思考を埋め尽くしていたが、それを綾香に伝える前に、彼女は練習を始めてしまった。

「そ、それじゃあ……い、言うよ?」

そう言う綾香は、恥ずかしさからか、潤んだ瞳で晴翔を見つめる。

そして、少し唇を噛んでからおもむろに口を開く。

「晴翔君……好きだよ」

「ッ! ゥ…………」

上気した頬。

潤んだ瞳。

手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。

そんな至近距離で、瞳を真っ直ぐに向けて見つめられる。

まるで神が造形したのではないかと疑ってしまいそうなほど、美しく可愛らしい綾香の表情。その唇から紡がれた、告白かの様な言葉。

そのあまりの破壊力に、晴翔は一瞬心臓が止まったのでないかと錯覚してしまう。

「あ、ダメだよ晴翔君! 恥ずかしがっちゃ!」

「いやいやいや! それは無理だって!」

綾香の抗議を全力で否定する晴翔。

あれで恥ずかしがらない方がおかしい。

先程の綾香の言葉は、まるで魔法の様に晴翔の口角をグイグイと強制的に上に押し上げようとしている。

「それに綾香だって顔真っ赤になってるじゃん」

「そ、それはだって……は、初めてなんだもん。男の人に『好き』って言うの……」

「ぐふッ……」

俯き、恥じらいながら言う綾香の可愛さに、晴翔は堪らずに変な笑みが溢れてしまった。

「こ、今度は晴翔君の番だよ!」

必死に真顔に戻ろうと奮闘している晴翔に、綾香が催促してくる。

「やらないと駄目?」

「だ、駄目だよ! ちゃんと練習しないと嘘がバレちゃうよ!」

晴翔は一縷の望みに賭けて言うが、速攻で綾香に否定される。

この練習をやらなかったとしても、きっと恋人関係が嘘だとバレる事はまず無いだろう。

それどころか、この練習を極めてしまったら変なカップル、具体的にはバカップルが爆誕してしまう気がしてならない。

晴翔は未だ通常の位置に戻ってきてくれない口角を掌で押さえつけながら、チラッと綾香の表情を伺う。

先程の発言は、彼女にとってもかなり恥ずかしいものだった様で、今まで見たことがないくらいに顔を赤くしている。

そこまでして言ってくれたのに、自分だけ言わない訳にはいかないか。

そう腹を括った晴翔は、綾香にバレない様に小さな深呼吸を何回かしてから、グッと表情筋に力を入れて無理やり真顔を作る。

ニヤけそうになっている顔を全力で押さえ込んでいるせいか、目にも自然と力が入ってしまう。

「……綾香」

名前を呼ぶと、彼女はハッとした表情で晴翔の瞳をじっと見つめてくる。

「俺も綾香が好きだ」

言った瞬間、晴翔は自分の体温が一気に上昇したのを感じ取れた。

恐らく顔から火が出そうというのは、このような状態を言うのだろう。

今ならおでこで目玉焼きを作れそうだ。

そんな羞恥に悶えている晴翔は、綾香からの反応が全くない事に不安を感じる。

綾香は晴翔の言葉を聞いた瞬間、目を見開いたまま完全にフリーズしてしまっていた。

「綾香? お〜い、綾香? 綾香さーん?」

晴翔は何度か彼女の名前を呼びかけてみる。

「――っ! な、なに晴翔君?」

晴翔の呼びかけに、綾香はハッと我に帰った様に目をパチクリと瞬かせる。

「え〜と、どうだったかな? 今のは綾香の思う普通の恋人ぽかった?」

「あ……えと……ごめん、ちょっと記憶が飛んじゃってたかも」

「えッ!? ……マジで?」

晴翔の人生史上最大級の羞恥に耐えていった言葉が、まさか記憶に無いと言われて、彼は愕然とする。

「ご、ごめんね……だから、その……もう一回言ってくれるかな?」

「いや無理無理無理! そんな事したら恥ずかしさで死んでしまうよ!」

両手を振って拒否する晴翔に、綾香は手を合わせて懇願してくる。

「お願い! 後もう一回だけ! ね?」

合わせた手を少し傾け、そこから顔を覗かせて上目遣いでお願いしてくる綾香。

「ゔ…………」

可愛らしい彼女の仕草に、晴翔は思わず頷きそうになってしまうが、なんとか堪える。

なかなか首を縦に振らない晴翔に、綾香は一つ提案してくる。

「わかった。晴翔君がもう一回言ってくれたら、私も、もう一回『好きだよ』って言う。晴翔君が2回言って、私が1回しか言ってないのは不公平だもんね」

「いや、そういう問題じゃ……」

「ダメ?」

「……わかったよ……じゃあもう1回だけ言うけど、今度はちゃんと聞いててよ?」

「うん、ちゃんと聞いてる」

何度も首を縦に振る綾香に、晴翔はもう一度深呼吸をした後に、意を決して言葉を発する。

「綾香、好きだよ」

「はぅ……」

晴翔の言葉を聞いた瞬間、綾香の口から溜息の様な吐息の様な、そんな声が聞こえてくる。

彼女は真っ赤な顔で俯いた後、暫くしてから顔を上げ、恥ずかしがる様な笑みと共に晴翔に言う。

「私も、晴翔君のこと大好きだよ!」

はにかんだ表情で放たれた綾香の発言に、晴翔の思考回路は一瞬で吹き飛んでしまった。

脳が正常に働かなくなった頭の片隅で、晴翔は少し思ってしまった。

バカップルも悪くないかもしれない、と。